第6話 青春、肩舐めショット

「へえ。こんな風に創るんだ」

 加恋がぴったりとくっついて和也の隣に座っている。


 ファミレスの休憩室では、和也が大学ノートをテーブルに広げていた。

 加恋に取材させてもらったお陰で、こんな感じの絵コンテをつくることが出来たと見せていた。加恋は、役に立てて嬉しいと言いながら、絵コンテを覗いている。


「お陰様で、いい感じにはまとまっては来たんだけど・・・」

 和也は、絵コンテを見つめながらも、浮かない顔をしている。

「まだダメなの?」

 加恋は、和也の顔と絵コンテを交互に見た。


「今一つ物足らなくて」

「そうなんだ」

「料理がうまくいかなくてイライラすることって、他にないかな?」


「イライラか・・・もういろんな失敗が出てるもんね。焦がしたり、指切ったり。とか」

 加恋は上を見てしばらく考えた。

「恥ずかしいけど、白状しちゃえば。料理がっていうより、お母さんがね・・・」

「なになに?」

「イライラさせてくるの」

「お母さんが?」

「私が失敗しているてしょ。何回も玉子焼き作り直したりして。そしたらね、お母さんが見かねて、手伝おうか? って言ってくるの」

「ふんふん」


「そりゃ、お母さんだって、見てられないのはわかるわ。玉子焼きやハンバーグの失敗作はどんどん増えていくし、流し台にはお鍋やフライパンが積まれていくし、台所が汚れていく様は、まるで自分の聖地が侵されていく感覚だったんだと思う」

「ふんふん」


「だからと言って、手伝おうかは、ないでしょ。手伝おうか。は」

「なんで? 手伝ってもらった方が、よくない?」

 合理主義者の和也は、迷わずそう言う。

「はあ? カズ君。なに言ってんの」

「だって、その方が早く出来るでしょ」

 加恋は、呆れ顔をした。いつの間にか、カズ君と呼んでいる。


「自分で作らないと、意味ないの」

「ああ、そう言うことか!」

 和也はやっと気づいた。

「女子高生が、彼氏に初めてお弁当を作るんだ。そりゃ、そうだよね」


「でしょ。そこへ、お母さんがね・・・もう、イライラして、ほっといてって、怒ったりして。生意気にも。今考えれば悪いことしたなって」

「それだ!」

「ん?」

「それ使える。ありがとう。また、助かった」

 和也の顔がキラキラしている。


「役にたった? 嬉しい」

 そう言って、加恋は和也の肩に、そっと頭を預けた。

 和也は少し照れながらも、頭を加恋の方へ寄せた。

 その時だった。


「お疲れ様でーす」

 の声と共に、倉本が休憩室に入ってきた。

 ――あっ!

 ドアに手を掛けたまま凍る倉本。


 和也と加恋はすぐさま、ぱっと離れた。


「おいおい。どういうこと? どういうこと?」

 倉本はなんの報告も受けてなかったので、驚天動地のごとく驚いた。

 和也と加恋は、お互い真っ赤な顔して、背中を向けて座っている。


「そういうことか。いいよ。いいよ」

 倉本は、パンと鳴らせて手を叩いた。

「いいに決まってんじゃん」

 和也と加恋は、真っ赤な顔して動かない。


「いいけど。言ってくれよな~。こういうことは~」

 喜びながらも、悲しげな表情で訴える倉本。

「いいかい。君たちのお陰で俺はミポリンと結ばれた。あの時背中を押してくれたのが良かったんだ」

 いつの間にか、美穂のことを「ミポリン」と呼んでいる。

「今度は俺達が君らを祝福する番だろ。なんで黙ってるんだよ~」

 倉本は半べそをかいた。


「どうも。すいましぇ~ん」

 和也と加恋は同時に頭を下げた。


 *   *   *


 Zoom オンライン画面。

 パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。

 恭一郎が呟く。

「なるほど。お母さんか・・・」

 感心した様子で顎を擦っている。


 和也が答える。

「もうワンリアクション欲しくてね。料理の失敗ではない切り口で」

「それで、お母さんがウザくて、余計イライラするってか」

「これも、追加取材したら、出て来たんだけど」

「でも、そうだよな。自分で作ったお弁当じゃなきゃな」

「健気だよね。俺、最初気付かなかった。手伝って貰えば早くできるのにって思って」

 和也はペロっと舌を出した。


 恭一郎は、ハハっと笑った。

「お前は、そういう女心を理解するのは苦手かもな。自分の拘りは滅法強いくせに」

「そうかな?」

 和也が素っ頓狂に言った。


「お前、夏休みの自由研究覚えてないか?」

 恭一郎が聞いた。

「なんだっけ?」

「小一か、小二の時の。段ボールで作ったロボット軍団」

「ああ、あったね。そんなの」

「もう夏休みも終わるからって、俺とお父さんで手伝って、ロボット軍団10体。10体だぞ。みんなで作ったよな」

「あれ。10体もつくたっけ?」

「そうだよ。お前が譲らなかったんだぞ。10体揃わないと、完全合体しないって」

「ははは。そうだ、そうだ。完全合体だ」

 和也は、手を叩いて笑った。


「たまったもんじゃないよ。あんなのに突き合わされて。しかも、10体揃ったところで、完全合体しないしな」

「設計ミスだったんだよね。俺のね」

「ひどいのは、そのあとだよ。和也、覚えているか? お前が何をしたか」

「なんだっけ?」

 和也は首をすくめた。


「うわ。信じられない。覚えてないよコイツ。完全合体しないからって、お前はぶんむくれて、ロボット踏んづけて、ぶん投げて、破壊のかぎりをつくしただろうが」

「ええ! ひどいガキだな。で、どうなった?」

「俺もお父さんも、20時間以上かかりっきりでやってたから、クタクタで怒る気にもなれなくて、もう知らねって言って、そのまま寝たんだよ」

「それはゴメン。悪いことしたね。ククク」

 和也は笑いが込み上げて止まらない。


 恭一郎が話を戻す。

「まあでも、お前のその拘りが、功を奏した。今回いい追加取材だぞ。これは」

「え? あ、お母さんの話」

「ああ、絶品だ。そりゃ、お母さんも、手伝おうか?って、言いたくなるよな」


 和也も我に返って、大きく頷いた。

「うん。だから、余計イライラして、母親にあたったんだって」

「そして女子高生はこう言う。――もう、お母さんは黙っててよ」

「自分で作らないと、意味ないの。だって」

 和也は加恋の言葉を、オウム返しした。


 恭一郎は腕組みをした。

「いいな。それで行こう。和也、お前才能あるぞ」

「そうかな・・・」

 少し照れる和也。


 恭一郎が聞く。

「で、彼氏にお弁当を渡して、ラストに商品カットを入れて終わりか」

「いや、商品カットは一つ前に入れて、ラストでお弁当を渡そうと思う」

「最後に商品カットじゃなくていいのか?」

「うん。それはどこかに入れる。ってのが条件だからね」

 和也は、指示書の内容を確認した。


 恭一郎が身を乗り出した。

「だったらその方がいいな。オチがつく」

「うん!」

「見てる方にも余韻が残る」

「ああ、なるほど。そういうことだったんだ。と思わせたい」

 和也の目がきらっと光った。


 恭一郎が改めて聞く。

「よ~し。ラストはどんな画がいいと思う? 場所は?」

「う~ん、やっぱり学校の校庭かな」

「演出はどうする? どんな感じでお弁当を渡す?」

「お弁当を渡す女子高生は、モジモジしながら、あの~、これ。って差し出す」

 和也は、差し出す真似をした。

「いいね。告白するためのお弁当だったのかもな。青春だっ」

「あ、だったら、その娘の友達の女子が背中を押しだす。っていうのはどうかな?」

「ほう、どんな風に?」

「ほら、早く渡しなよ。って」

 今度は、押し出す真似をする和也。


「なるほど~。じゃれあってる感じもいいな」

 恭一郎がワクワクしてきた。

「背中を押され、男子の前に突き出されて、モジモジしながらお弁当を差し出す」

 和也はモジモジしているところを、やってみた。


 恭一郎が聞く。

「男子はどんな反応する?」

「照れて、頭を掻きながら、ペコっと会釈する」

「甘酸っぱいなあ。いいぞ」

「ラストカットにしてはちょっと長いかな・・・」

 和也が首傾げた。


「そんなことはない。男子の肩舐めショット一発で行ける」

「そうか。肩舐めなら、全部の動きが撮れる」

「セリフもいらないな。動きだけで表現できる」

「男子は運動部がいいかもね。ユニフォーム着てるとか」

「腹減った。って言ってたヤツな。いいぞ。取材が生きてるじゃないか」

「うん。これで絵コンテ仕上げてみるよ」

「なんとか間に合ったな」

「面接終わったら、そっちに行くから。ありがとう」

「おお、待ってるぞ」

 恭一郎は力強く親指を立てていた。


 *   *   *


 恭一郎がウォーキングをしながら遊歩道を歩いている。

 糖尿病で足に神経障害が起こり、しびれが続いていた。

 足がしびれるようでは、車の運転は危険だ。

 タクシー運転手だった恭一郎は仕事を辞め、今は失業保険に頼って暮らしている。だが、その金額は雀の涙ほどで、貯金も底をつきかけていた。


 とにかく何か仕事を見つけなければならない。


 車を運転する仕事に戻るなら、まずは足のしびれを何とかしなくては不安だし、採用もされないだろう。


 医者に言われたのは、薬の服用と運動、それに食事制限だった。

 言われた通り、この二か月続けてみた。

 すると、足のしびれは半分ほどまで治まってきた。

 中野区と杉並区を結ぶ遊歩道、桃園川緑道。

 恭一郎は毎朝、一時間かけてそこを歩く。


 朝の桃園川緑道は、まだ日差しもやわらかい。クスノキやケヤキが頭上を覆い、風が吹くたび葉がさらさらと鳴る。蝉の声が途切れることなく響き、花壇ではオレンジ色のカンナが夏の日差しを受けて揺れていた。


 恭一郎は、ふと足を止めた。

 ――ここに花壇なんて、あったんだ。

 今まで気づきもしなかった。


 病気になってからは、自分の足元を見るだけで精一杯だった。今日は少しだけ、周りを見る余裕があった。

 小さく笑って、また歩き出した。


 *   *   *


 スマホが鳴った。見ると、桐野陽子とある。

 恭一郎が耳に当てて出てみると、陽子ちゃんが興奮した声で喋りだした。

「菅原さん。凄いです。私、あのセリフ、勘違いしてました」

 はあ? なんのこと。

「陽子ちゃん、落ち着いて。話が見えないよ」


 陽子ちゃんが言うには、こうだ。

 以前教えてもらった、Webドラマを見て、その感想をLINEで送った。

 その際に、あのセリフいいね。本音を言ってないところが憎い。と講釈を垂れた。


 陽子ちゃんに言わせると、あれは本音のつもりで書いた。なにを的外れなことを言ってるのかしら。と、当初は思ったらしい。

 しかし、今日になって、ハッと気づいた。

 あれは、本音じゃない方がいい。その方が、後々の展開がドライブする。


 そこに気づいて、早速電話を掛けてきたらしい。

「自分で書いたセリフなのに、深掘り足りませんでした」

「そんな、俺なんかが言ったこと、まともにとらなくても」

「いえ。そんなことありません。菅原さん、ちょっとご相談が・・・」

 といい、今書いているWebドラマの脚本をチェックしてくれ。と言ってきた。


 まあ、時間はあるので、読んでもいいけど、役に立てるかどうかは自信がなかった。

 なにせ、脚本を書かなくなって、10年近くは経ってる。

 和也には偉そうなことを言ってはいるが、俺はとっくにオワコンだ。


「読むのはいいけど。そんなに期待しないでね」

 と言って、電話を切った。

 すると、すぐに脚本が送られてきた。


 気になったセリフに赤を入れ始めると止まらなかった。

 ページをめくるたびに、「ここはこうじゃないか」「この方が響く」と打ち込んだ。

 気がつけば時計は深夜を回っていた。

「あれ?」

 久しぶりだった。こんなに夢中で脚本を読んだのは、何年振りかな。


 翌日、陽子ちゃんからまた電話だ。

「菅原さん!」

「どうした?」

「昨日いただいた直し、そのまま入れて出したんです」

「うん」

「プロデューサーから、『このセリフ、すごく良くなった』って褒められました」

「ああ、よかったね」

「菅原さん。お願いがあります。しばらく、私の脚本監修して貰えませんか?」

「俺が?」

「当然、ギャラはお支払いします。今回の直し、二万円でいかがでしょう」

「え? いいの」


 恭一郎は、素っ頓狂な声を出して驚いた。



 第6話 終

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