第5話 逆張りでいこう

 Zoom オンライン画面。

 パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。


 恭一郎が聞く。

「考えたか?」

 和也が答える。

「うん。女子高生がケーキを作っているのはどうかなと思って。たまご使うから」


「どういう流れだ?」

「材料を買ってきて、小麦粉に水を混ぜて、よく掻きまわして、たまごを割る」

「お前、それはレシピだろ。30秒のドラマがないと、面白くないよ」

「そっか・・・」

 和也の顔が曇る。


 恭一郎が問う。

「コンセプトは何だった?」

 和也はメモをめくって見た。

「割った瞬間、ふたごたまごは笑顔をもたらす」

「うん。では、誰が、いつ、どこで、何を、なんの目的で、それをやっているか?だ」

「あ、なんか聞いたことある。5W1Hじゃない?」

「うん。そうとも言うな。シナリオには必要な要素なんだよ」

「そうか。シナリオか」

 和也は、シナリオ、5W1H、とメモった。


「まず、誰が、は女子高生でいいよな。可愛くて、清潔な、女子高生」

「イメージいいよね」

「いつ、どこで、何を、なんていうのは大抵決まっているよな。卵を割るんだから」

「夜、キッチンで、料理している。とか」

「大体、そんな感じだな。なんの目的で? これが重要だ」

 恭一郎が乗り出して、画面の顔が大きくなった。


 和也は、う~ん。としばらく考えて、

「家族の晩御飯かな?」

「なんで女子高生が作ってるの? お母さんは?」

「お母さんは、死んじゃって、いないから」

「わ、浪花節だな。苦労人の女子高生かッ」

 恭一郎が突っ込む。

「暗いイメージになっちゃうか。CMだもんね」

 和也はポリポリと頭を掻いた。


 恭一郎が体を起こした。画面の顔の大きさが元に戻った。

「目的変えてみるか。家族の為じゃなくて」

「彼氏の為とか・・・あ、お弁当だ!」

 和也の目が輝いた。

「お弁当。いいね」

 恭一郎も食いつく。


「おじさん。俺、この間、女子にお弁当作って貰ったんだ。こっちで内定貰ったときに。佐波川の芝生のところで、みんなで食った」

「天神山の裏の、本橋のところの、芝生か?」

「うん。空は抜けるように青かったし、芝生にブルーシート広げて、三段重ねのお重で、豪華なヤツ作ってくれてさ。うまかった~」

「懐かしいな。あそこは景色がいいからな。右田ヶ岳を、横目で見ながらだな」

 恭一郎は腕組みをして、しみじみと言った。


「うん。俺、あんな美味しい玉子焼き食べたの始めてだよ。なんか、マヨネーズとか牛乳とか入れているんだって。でも、ただ入れればいいんじゃないんだ。分量が決め手らしい。料理って奥が深いよ」

「お前、青春してるな。つくってくれた女子は何歳だ?」

「俺の二個上だから、24」

「女子高生の時はどうだったんだろうな?」

「どうって?」

「お弁当をつくったことあるか、どうかだ」

「聞いてない」

「和也。取材してみろ。その女子に」

「取材?」

「高校生の時に、彼氏の為に、お弁当作ったことありますかって。経験談聞けたらいいぞ。仮になくても、どんな感じだと思いますかって聞く。俺達みたいな男だけでは、見えないものがあるからな~」

 恭一郎はニコニコ笑っている。


「そっか。そうだね。聞いてみようか・・・」

 和也は、加恋の顔を思い出し、少し照れ臭そうに返事をした。


 *   *   *


 パントリーとホールを慌ただしく行き来するホールスタッフたち。

 加恋が人の流れをくぐるようにしてやって来て、オーダーを確認する。


「エビグラタンまだですか?」

「もうすぐだよ」

 オーダーを確認した後に振り返ると、和也が立っていた。

 加恋はドキッとして、まごついた。

 和也が声を掛ける。

「西沢さん」

「はい」

「今日仕事が終わったら、時間ありますか?」

「な、なんでしょう?」

「ちょっと話がありまして」

「時間。あります」

「じゃあ、あとで・・・」

 和也はその場を立ち去った。


 加恋はパントリーの隅に駆け寄って、壁に向かって顔を隠した。

 どんどん顔が赤くなっていくのが自分でわかる。

「熱い。熱い。熱い」

 トレイを持っていなかったので、両手で顔を仰いだ。

 すう~。すう~。すう~。

 唇をすぼめて何度も深呼吸を繰り返す。


「エビグラタン上がったよ。西沢さ~ん」

 加恋を呼ぶ声が、響いた。


 *   *   *


 外灯の周りには蛾が数匹、飛んでいた。

 バイトが終わり、和也と加恋は夜の公園にきてベンチに座って話をすることにした。

 夜の公園には二人しかいない。先程、猫が横切ったぐらいだ。

 星がキラキラと輝いていた。


 加恋が答える。

「お弁当を作る女子高生の気持ちか・・・」

「この間のお弁当があまりに美味しかったので、そういうアイデアが浮かんで」

 和也は、缶コーヒーを、手のひらの両方で挟んで転がした。


「嬉しいな。そういう風に言ってもらうと」

「女子高生の時に、そういった経験ありますか?」

「お弁当を作って、渡したこと?・・・あるよ」


 和也はピクッと顔をあげた。


「彼氏にですか?」

「うん・・・」

「どんな彼でした?」

「バスケ部で、背が高くて、案外シャイなヤツ」

「バスケ部かッ」


 加恋はクスッと笑った。


「早弁しては、いつも『腹減ったぁ』って言ってるから。それで、お弁当作ったの」

「あれは高校生には贅沢ですよ」

「あんなのは作れなかったわ。お料理なんて初めてだったから、玉子焼きも何回も失敗してね」


 夜空を見上げる加恋。


「渡す日も緊張して、結局、その日は渡せなくて」

「そんなに?」

「うん。朝からずっとドキドキしてた」


 和也は、缶コーヒーを両手で包んだまま聞いていた。


「うまいって言ってくれました?」

「うん。おいしい、おいしいって」


 少しだけ間があいた。


「でもね」と、加恋は和也を見た。

「菅原君の方が、ずっと美味しそうに食べてくれた」

 和也は思わず笑った。

「それ、本当ですか?」

「うん。本当。」

「・・・バスケ部より?」

 加恋は吹き出した。

「なに、それ」


「気になっただけです」

 和也が下を向く。

「嬉しいなぁ。ヤキモチ焼いてくれたの?」

 加恋はいたずらっぽく笑った。


「違いますよ」

「ちゃんとこっち見て」


 和也は観念したように加恋を見た。

 二人の目が合う。

 笑っていた加恋の表情が、少しずつ静かになった。


 風が吹く。木の葉がさらさらと鳴った。


「ねえ」

「はい?」

「また、お弁当作ったら、食べてくれる?」

「もちろん」

「約束?」

「約束です」


 加恋は小さく頷いた。

「よかった」


 その笑顔を見た瞬間、和也の鼓動が一気に速くなった。

 気づけば、ほんの少しだけ体が前へ出ていた。


 加恋は驚かなかった。

 逃げもしなかった。

 ただ、ゆっくりと目を閉じた。


 和也は息を止める。

 そっと唇が重なった。

 ほんの一瞬。

 長いようで短い時間だった。


 二人は同時に少しだけ離れた。


 言葉が出ない。

 目だけが笑っていた。


 足元に置いた缶コーヒーが、ころりと転がる。

 缶の飲み口から残ったコーヒーが静かに流れ出した。


 *   *   *


 Zoom オンライン画面。

 パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。


 恭一郎が聞く。

「いい話聞けたか?」

 和也が答える。

「いい話ではないけど、彼氏にお弁当作ったことあるって」

「ほう。何だって?」

「そいつはバスケ部で、背が高くて、生意気で嫌なヤツなんだけど、いつも腹減った。って、言ってるから、お弁当を作ってあげようと思ったんだってさ」


 恭一郎は頷いた。

「なるほど。なるほど」

「まだ料理なんてしたことなかったから、何回も失敗して、作り直したって言ってた」

「おう、来たな」

「その娘は、今はすごく料理が上手になってるけどね」


「いい素材拾えたなあ。お前」

「そうかな」

「今度はその素材をお前がどう料理するか?だ。」


 和也は大学ノートを開いた。

「うん。それでちょっと考えたんだけど」

「はいはい」

「やっぱりきっかけは、バスケ部の腹減った。の一言から始まるかなって」

「うん?」

「それを聞いた女子高生が、彼氏を健気に思い、一念発起してお弁当を作ろうと、決意する。よし、頑張るぞ。って気合を入れる・・・」

 和也は両手を握って、ポーズをとった。


「待て待て」

 恭一郎が制した。

「なに?」

「それは、30分ドラマが始まるぞ」

「そうなの?」

「30秒しかないからな。彼氏は削ぎ落そう」


 和也は「えっ」という顔をして、

「学校のシーンから始めようと思ったんだけど」

「そんな時間ないと思うな。キッチンで料理しているのが精いっぱいじゃないかな。なんたって30秒しかないからな」

「そっか・・・」

 和也が納得する。


 恭一郎が確認する。

「女子高生の目的は、彼氏、もしくは好きな男子の為にお弁当を作る。でいいな」

「うん、いいと思う」

「それは裏設定で持っておこう」

「ふんふん、裏設定ね」

「もうあまり時間がない。ポイント絞って考えてみようか」

「うん」


 恭一郎が仕切り直した。

「コンセプトは?」

 和也はメモを見て言う。

「割った瞬間、ふたごたまごは笑顔をもたらす」


「割った瞬間に、その女子高生の笑顔が生えるには、どういう流れがいい?」

「どういう流れ?」

「ドラマというのは、人間の変化を描くのが重要な要素なんだ」

「変化? 最初普通の顔をしていて、ふふっと、笑顔になれば変化するけど」


 和也は一旦、真顔になり、ふふっと口角を上げ、笑顔に変えた。


「変化の振り幅は大きい方がいいんだ」

「振り幅を大きくする?」

「どうすればいいと思う」

 恭一郎が聞く。


 和也はしばらく考えた。が、わからない。

「う~ん・・・どうすればいいの?」


「逆張りするんだ―――。」

 恭一郎が、画面に顔を近づけた。

「笑顔の前は、笑顔とは逆のほうがいい。と思わないか?」


 和也は一瞬考え、

「なるほど・・・」


 恭一郎が続ける。

「そこに、ふたごたまごの出現で、女子高生が一気に笑顔になる」

「じゃあ、最初は泣いているってこと?」

「他にも、悩んだり、困ったり、むくれたり、あるよな。笑顔とは逆のパターン」

「あるね」

「お前が取材してきた話を思い出してみ」


 和也の顎がピクッと上がった。

「あ、そうか。初めてお弁当つくるからって、何回も失敗してた」

 恭一郎がニタっと笑う。

「それが、今回拾ってきた、お前のお宝だよ」


「初めてだから、うまくいかなくて、苦労してるんだ。その女子高生は」

「飲み込み早いぞ」

「失敗、失敗、失敗で、悩んで困っている時に、たまごを割って、笑顔になる」

 和也のテンションが上がった。


 恭一郎が聞く。

「料理の失敗って、どういうのがあったっけ?」

「焦がす。ハンバーグなんか焼き過ぎて真っ黒になった。とか」

「あるな。お鍋を噴きこぼす。ってのもよく見るな」

「それ、インスタントラーメンでよくやっちゃう」

「俺もだよ」


「おじさん。あれは?」

「なんだ」

「トントントン、痛って、指を切っちゃうヤツ」

 包丁で切る真似をする和也。

「そっか。包丁に慣れてないからな」

 恭一郎は人差し指をさした。


「料理の失敗と言えばこれだね」

「忘れちゃいかんヤツだ」

「基本中の基本だ」

「失敗の基本。なんか、名言っぽくて、いいなぁ」

 さした指を、グルグルと回す恭一郎。


 和也がいきなり前のめりになった。

「おじさん。俺、ど頭、エプロンの紐を締めるアップから始めたい」

「ほほう」

「キュッと締めて、よしっと、気合を入れて、料理に取り掛かる女子高生」

「うん。画が見えて来たぞ」


「で、いざ料理に取り掛かると、痛っとか。焦がしちゃったとか、お鍋の蓋を開けたら、ブクブクいってて、アチチってなる。耳たぶ触っちゃうんだよ」

「いいね。いいね。失敗に次ぐ失敗が彼女を襲うってわけだ」

「笑顔の前の、逆張りってヤツだね」

「そう言うことだ」


「で、困った顔した女子高生がたまごを割ったその瞬間、黄身が二つ出てきて、思わず笑顔になる」

「ふたごたまごが笑顔をもたらす。ってわけだ」

 恭一郎が、パンと手を鳴らした。


「なるほどね~、そういうことか~」

 和也は、ふんふんふんと頷きながら、しみじみと納得した。

「芯は見えたな」

 恭一郎が親指を立てた。


「絵コンテ描いてみる!」

「頑張れ」

「ありがとう」


 パソコン画面から、二人の顔が消えた。



 第5話 終

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