第4話 絵コンテをつくれ
六月の風が大学のキャンパスを抜けていった。
緩やかな坂道の両脇にはクスノキやケヤキが並び、葉擦れの音が心地よく耳に届く。
自転車が何台も追い抜いていき、芝生では学生たちが昼寝をしていた。
遠くに見える山の緑まで含めて、この大学は一つの公園みたいだった。
和也と倉本がキャンパス内を歩いている。
彼等にとって、そんな景色は見慣れたものであった。
「なあ、スガ。思い切って聞くけど・・・」
倉本が真剣な面持ちだ。
「なんだ?」
和也が答える。
「お前、西沢さんと美穂さん、どっち派だ?」
「なんだよ。いきなり」
「じゃあ、はっきり言うよ。俺、山口日々新聞の内定とれたら、美穂さんに思い切って、告白しようと思う。いいか?」
「クラ。お前は懲りないヤツだな~」
「だ・か・ら、いいのかよ」
「いいも悪いもないよ」
「どっちだ?」
「いいに決まってるだろ」
なにを今更。っと、和也は思った。
倉本は、自分に言い聞かせるかのように、
「よし。そうか。そうか。いいのか。いいのか」
「俺に聞くことかよ」
和也は、じーと視線を送った。
「いや、なんとなく、今、俺達4人で仲良くやってるから・・・」
「変な気を遣うな。大体、内定なしでも行っていいんだぞ」
「いや、それは俺のけじめとして、貫きたい」
「そうか。だったら何としても、内定もぎ取ろうぜ」
そう言って、和也が倉本の肩を叩くと、
倉本は、「おう!」と両手を握って気合を入れた。
* * *
ファミレスの休憩室。
和也と加恋が椅子に座ってスマホを見ている。
加恋が顔をあげて聞いた。
「ねえ、菅原君のお勧め映画って何かな?」
「いっぱいありますよ。好きなジャンルは何ですか?」
和也も、むっくりと顔をあげて答えた。
「私、結構幅広いかも。アクション、ホラー、ラブストーリー、いろんなの好きよ」
「ラブストーリー。古いけど、名作中の名作だったら、ローマの休日」
「ローマの休日か。噂に聞くけど、観たことないな」
「絶対、お勧めです」
「そう。じゃあ・・・」
と、加恋が言いかけたところで、
休憩室の扉がバンっと開いて、倉本が飛び込んできた。
「はあはあはあ・・・」と、息を切らしている倉本。
「どうした。クラ」
「倉本君。今日シフト入ってたっけ?」
スマホを付き出して、画面を見せる倉本。
「とった。山口日々新聞」
内定通知だ。
和也と加恋、一瞬呆気にとられる。
「ヤッター!」
「おめでとう」
和也は拳を突き上げ、加恋は立ち上がって、拍手した。
倉本は、「ありがとうございます!」と勢いよくお辞儀をして、すぐにまた、頭をあげて大きな声で加恋を呼んだ。
「西沢さん!」
「は、はい」
加恋はビクッとなった。
「俺、美穂さんにこれ見せて、告白していいですか?」
「いいです。なんで私に聞くの?」
「わかんないですけど。スガにも聞いたので・・・」
和也は見かねて、
「お前さ、外堀ばっかり埋めてないで、本丸に行け!」
「今からか?」
「ああ、今からだ」
「美穂の職場は駅前の銀明堂だよ、知ってるよね」
「知ってます。和菓子屋さんの・・・今からですか?」
「今からよ」
と加恋も促す。
「今からか。そうか。よし、今からだ。行くぞ。行くぞ。行くぞ」
気合いばかりを無駄に入れてる倉本。
「早く行け。行きなさい」
和也と加恋が倉本の背中を押して、休憩室から送り出す。
「行ってきます」と叫びながら、倉本は走り出した。
「やった。やった。やった」
和也と加恋はハイタッチ気味に両手を叩き合わせて喜ぶ。
勢いあまって、和也がロッカーに加恋を押し付ける格好になった。
「あ、ごめん」
「ううん」
二人は思わず顔を見合わせた。
顔ちか!
その瞬間だった。
「お疲れ様でーす」
と、アルバイトの声がして、人が入ってくる気配に慌てて離れる二人。
休憩室の中に漂う空気感に、ぎこちなさだけが残った。
* * *
夜。窓から灯かりが漏れている。
古くて平屋建ての借家住宅が和也の自宅だ。
部屋の中では、和也が浮かない顔でスマホをスクロールしていた。
和也はため息を吐き、スマホを操作して耳にあてた。
「あ、おじさん。和也だけど・・・」
「おう、どうした?」
中野に住む、恭一郎だ。
「ゲット、一次通った」
「そうか。やったな」
「うん。二次があるから、また世話になるけど、いいかな?」
「ああ、いいぞ。二次はいつだ?」
和也は少し暗い声で言った。
「うん・・・7月12日だって・・・」
「十日後か。どうした? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいけど。二次に企画課題が出て、チョー難しくて」
「どんな課題だ?」
「絵コンテをつくれ。だって」
「ほう」
「やっぱり東京の企業は違うね。壁が高いや」
いくら映画好きとは言え、絵コンテなんて創ったことはない。
和也は途方に暮れる思いだった。
「おい、弱音を吐くな。まだ時間がある。創れるようになればいいだろう」
「そんな簡単じゃないよ」
「お前、今、家か?」
「うん」
「ちょっと、パソコンに切り替えろ。Zoomにしよう」
和也はスマホを切り、ノートパソコンの電源を入れた。
× × ×
Zoom オンライン画面。
パソコン画面が二分割されて、和也と恭一郎が映っている。
恭一郎が聞く。
「ちょっと、課題内容を読んでみ」
「とあるたまご生産農家が、割ると必ず黄身が二つ入っている『ふたごたまご』の生産に成功しました。このたまご生産農家さんがクライアントです。苦労して開発された『ふたごたまご』の特性をアピールするTVCMを企画してください。CM秒数は30秒。企画を絵コンテにまとめてください。当日、絵コンテを元に10分以内のプレゼンテーションを行ってください。だって」
「なるほど。模擬CMの絵コンテを切って、プレゼンしてくれ。ってことだな。CMは30秒。プレゼンは10分以内ってか」
恭一郎は、顎を触りながら考えている。
「おじさん。CM創ったことあるの?」
「ないよ」
「そうだよね」
「絵コンテだったらあるぞ。昔は映画創りに燃えてたからな」
「そっか」
和也は意気消沈している。
「ま、やってみようぜ」
「出来るかなぁ」
「まず、商品のアピールポイントだな。どう思う?」
「黄身が二つあるってこと」
「それを、自分の目で確認できるのは、いつだ?」
「たまごを割ったとき」
そんなのは当たり前だ。と和也は思った。
「そうか。割った瞬間だ。でも、かき混ぜちゃうともうダメだ。玉子焼きつくるときはカシャカシャ掻き混ぜちゃうもんな」
「うん・・・目玉焼きは? かき混ぜないから、黄身が二個そのままだ」
「なるほど・・・ちょっと待て。たまご二個、焼いたかもしれないぞ」
「あ、そうか」
「じゃあ、こういうのもダメか?」
「どういうの?」
「たまごを割って、黄身が二つ出てきました。誰かに見せたいです」
「ふんふん」
「和也、ちょっと来てくれ、卵割ったら黄身が二つ入っていた。と言ったら」
「ウソだ。二個割ったんだろ。と疑う」
「でも、二個割ったにしては、白身の分量が少ない。と言ったら」
「白身をちょっとすくって捨てた。かもね」
和也は顎をあげて、ふん。という顔をした。
恭一郎は首を傾げた。
「やっぱりダメか」
「割った瞬間を見せてくれなくちゃ」
「なるほど」
「説得力がないよ」
「割った瞬間に、ふたごたまごは存在力を発揮するんだな」
「それしかないね」
「だったらそれが、この商品のアピールポイントじゃないか?」
「あ、そうかも」
「いいぞ。一回メモっとこ」
和也はメモ帳をめくって書き込んだ。
「アピールポイントは、割った瞬間。と」
恭一郎が呟く。
「次にコンセプトか・・・」
「コンセプトって?」
「どういう価値を提供するか。ってことだ」
「価値か・・・」
和也が首をひねると、恭一郎も考えながら口にした。
「割った瞬間に、ふたごたまごは、どういった効果を人にもたらすのか?」
「どういった効果?」
「自分だったらどんな反応する?」
「驚く・・・」
「まあな。でも、そんな、ドヒャーっとは驚かないよな」
「そんな大袈裟ではないね」
「想像してみ」
和也はエアで卵を割る仕草をしてみた。
「コンコン、パカッ。割った。出てきた。黄身二つ。・・・『あっ』となって、ふふっと笑う。笑顔になる」
和也は、ふふっと笑った。
画面の恭一郎が、親指を立てた。
「いいね。笑顔だよ」
「驚くというより、笑顔になる。ちょっと得した気分。かな」
「大抵の人はそうだろうな」
「ふたごたまごは、笑顔をもたらす」
「それ、いいな。コンセプトっぽいぞ」
「メモっとこ」
和也はもう一度メモった。
「和也。その、アピールポイントとコンセプトを繋げて読んでみ」
「割った瞬間、ふたごたまごは笑顔をもたらす」
「うん。なんとなくCMコンセプトっぽくなって来たが、どうだ?」
和也はまじまじとメモを見た。
「なるほど。笑顔を提供する商品だ」
「じゃあ、そのコンセプトでCM考えてみろよ」
「卵を割って、黄身が二つ出てきて、笑顔になる女子高生。こんなんでいいの?」
「悪くないけど。5秒で終わっちゃうぞ。30秒つくらないと」
「どうやって?」
「まずは自分で考えろ。お前の課題だぞ」
「難しいなぁ」
「でも、ちょっと前進した。コンセプトが決まった」
「ホントだ・・・」
「いつでも相談に乗るから、なんか考えたら、連絡して来いよ」
「わかった。ありがとう」
「じゃあな・・・」
画面の恭一郎が軽く手をあげると、和也もサッと手をあげた。
「ああ、おじさん。ちょっと質問」
「なんだ?」
「価値って、笑顔をもたらす。ってことだけかな?」
「お、いいね。お前の本来のノリが戻ってきたな」
「なに?」
「ほら、昔よく映画談議しただろ。あの感じ」
「どの感じ?」
「いろんな角度から検証する姿勢だ」
「そうだっけ?」
「まあいいよ。他に何の価値がある?」
和也は、うん。と頷いた。
「食べ物だから、美味しい。うまい。っていうのが本来の価値では?」
「うん、確かにそうだ。いろんなCMでも、美味しい。うまい。って、ストレートに言ってるのがあるよな。お前は、ああいうCMを見て、どう思う?」
「う~ん。なんか押し付けがましい」
「俺もそう思う。お洒落じゃないよな」
「確かに・・・」
「どっちのコンセプトで行くかだ。例を出してみるから、自分で選べ」
「うん」
恭一郎は拳を握ってアクションをつけた。
「一つは、『うまい。うまいんです。この、ふたごたまご。と、太ったお笑い芸人が叫んでいるCM』。もう一つは、『たまごを割ると、黄身が二つ出てきて、笑顔になる女子高生のCM』」
「なんかバイアス掛かっているなあ」
「バレたか。すまんすまん」
「太ったお笑い芸人と女子高生じゃ、勝負にならないよ」
「じゃ、バイアスは省いてな」
和也が冷静に言う。
「うん。それでも・・・『うまい。』って主観的だから、押し付けがましいし、説得力ないか。その点、笑顔は客観的だし、イメージもいい。やっぱり笑顔だね」
「OK。お前は飲み込みが早いよ」
「おじさんも詳しいなぁ」
「俺はど素人だよ。アマチュア映画の経験しかないよ。ただ、二時間の映像作品か、30秒の映像作品か。の違いだろうと思って、言ってるだけだ」
「そういうもんなの?」
「知らん。結構適当に言ってるから、拾えるところだけ拾ってくれ」
「うん。そうする。ありがとう」
「じゃあな・・・」
パソコン画面から、恭一郎の顔が消えた。
大学ノートを取り出した和也。
机の上のノートパソコンをずらして、大学ノートを広げる。
絵コンテの枠を大学ノートに描いて、それだけでペンが止まった。
上を向いて、考え始めた。
* * *
「ミートソース。5番テーブルです」
厨房とホールの間にあるパントリー(配膳スペース)に料理が次々に上がってくる。
「はいよ。チーズインハンバーグ。お待ち!」
等の掛け声が飛び交う。
ホール担当の和也と加恋は忙しく料理を運んだり、注文を入れたりしている。
狭いパントリーの中で、和也と加恋は接触しそうになりながら行き交う。
すれ違いながらも、お互い目を合わさないようにしていて、どこかぎこちない。
先日の、顔ちか事件以来、二人は妙に意識している。
「サイコロステーキ。早めにお願いします」
加恋が注文を入れて振り返ると、和也の胸に接触した。
「あ、ごめんなさい」
「こ、こちらこそ」
和也も所在なく謝る。
加恋は小走りに物陰に隠れ、手に持ったトレイで顔を隠した。
「落ち着け。落ち着け。落ち着け」
赤く火照った頬を、もう片方の手で急いで仰いだ。
第4話 終
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