第38話『別離』

ゼンたちの修行が始まる前日にさかのぼる。


首都セレメントでは、解雇を通達されたロータスが政務室で退職に伴う書類の整理を朝からしていた。


「ふっ、瞬きのように短い期間だったな……」


事務的な手続きを済ませると内務局の仲間たちや、ロータスの指揮下だった警備局員が駆けつけていた。


一人一人握手を交わし、労いの言葉をかけてやった。特にロータスになついていた新人の警備局員は涙まで流してしまった。


「辞めないでください!」


新人の声をきっかけに、集まったロータスの束の間の部下たちが口々に慰留を嘆願した。


これにはロータスもどうしていいかわからなくなったが、当然悪い気持ちではない。


(気持ちのいい人たちだった)


「諸君と仕事が出来たことは私の一生の誇りだ」


頭を下げ、一礼して政務室を後にした。


最後に向かった先はルミシスの個室だった。

ノックをするもタイミングが悪く不在だった。


「やぁ、なにか嫌味でも言いに来たのか?」


「……」


振り返るとルミシスが好物のオレンジジュースの瓶を右手で持っていた。


「多分だけど来ると思っていたよ」


「あ……」


左手はロータスの愛飲していた売店のコーヒーを掴んでいて、それを差し出した。


「どうだ?用意がいいだろ?」


「仕方ない、付き合うか」


「ふふふ」


ロータスも釣られて笑ってしまった。





アイスコーヒーの容器に汗が出てきた頃、ルミシスは仕事から別の話題に変えた。


「わかってると思うけど私にタメ口を聞けるのはこの王宮には数える程度しかいない。しかも部下から敬語がないのは初めてだった」


「……」


「噂通り変な奴だと思ったよ」


「そうか、普通だと思ってた……」


「言っとくけど私結構怖がられてるんだからね?」


「そうだったのか、嫌われてるだけかと思っていた」


ルミシスがオレンジジュースを吹き出しそうになる。


「まったく、お前ってやつは……それに……こんなんだから……」


ルミシスは言いかけたことをやめた。

それを言えばロータスも困ると思った。

代わりにロータスから切り出してくれた。


「ところで、これは君への餞別せんべつだ」


カバンから紙のファイルをルミシスに渡した。


「これは?」


「ルミシスが追っていた王宮の金を不正流用させていた奴の正体だ、忙しいだろうからついでに調べておいた」


「へぇ……つぐつぐ君を手放したくなくなるね。犯人はやっぱりあのお坊ちゃんかな?」


「予想はついていたのか?」


「あぁ、ただ証拠まではわからなかった。さすがだ」


「そうか、それはいい退職の手土産になったな」


「………」


「……では、俺はそろそろ行く」


まるで近くに出かけるかのような、あっさりとした言い方のため、ルミシスは一瞬これが別れのようには思えなかった。

しかし、この扉が閉まれば永遠の別れになる。


「うん……」


ルミシスは少しそれが寂しかった。

ロータスは子供のように下を俯く上司に、或いは束の間を愛し合った者に言うように微笑んた。


「ルミシス、頑張るのはいいが、体に気をつけろよ。目頭を抑えて15分は何も考えない時間だけは作れ。寝ないよりはマシになる」


「……」


「じゃあな」


パタンと扉が閉まった。


「バイバイ……」


しーんとした部屋にロータスが飲み残したアイスコーヒーを一口飲んでみた。

生まれて初めて飲むコーヒーの味は苦くてすぐにストローから唇から離した。


「よくこんな苦いのを飲めるなあいつ……」


ふぅ……と息を吐いた後、1人掛けのソファをくるっと回転させ、ドアに背を向けた。


ルミシスは目頭を押さえると下を向き、小さな肩をやや震わせていた。

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