第39話『回廊』

翌日の夕方、真っ赤に染まった太陽が容赦なく王宮の窓を突き刺す。


赤く照らされた廊下を一人の男がカツカツと歩く。


「ユラソル伯爵」


男の足が止まり振り返った。


「ルミシス局長……東の塔にお越しとは。なにか?」


セレメントの宮廷は鎮座する玉の間を中心に東西に別れた建物がある。

西の塔は役人たち立法司法行政が集まり、東は軍事施設の塔となっている。


「少しお話したいことが、廊下の先にある会議室でいかがでしょう?」


ルミシスが指定した会議室は東西の建物の中で一番大きい。

もし下僚官に部屋に誰かと入っていくところに見られても、


「なにか秘密の話をしているのか?」


と、思われたところで、部屋が広すぎるため廊下から聞き耳を立てられていても、何を話しているかわからず、密談に向いていてよく使われた。


ユラソルはルミシスに連れられ長い廊下を歩く。


「そう言えば、あの田舎から来た役人をクビにしたそうですね?禍学事件(ゼンとフィーナが校長を殺害逃亡した事件)は解決と言うことなんですか?」


「……」


「……っ」


(ちっ……無視しやがって、このチビ女が)


ユラソルはこの皇帝に次ぐ実質No.2のルミシスに頭が上がらない。


いつものこの屈辱に受ける時、内心は家臣風情かしんふぜいに何故ここまで舐められないといけないのか?と、腹立だしくなる。それは当然だった。


ユラソルは先帝の第一王子、つまり現皇帝ネオマの兄である。


もしユラソルが皇位を継いでいれば、ルミシスはユラソルと同列で歩くことを許されないどころか、この無礼だけでも首と胴が離されてもおかしくはない。


(あれさえなければ……)


ユラソルが思い出すたびに唇を噛む事件があった。


━━━━━━━━━━━━━━━


先帝が生きていた時代、ユラソルは20代半ばを謳歌おうかしていた。


ユラソルは欲しいものがあると、それを手に入れなけれ気が済まない。


この聞かん気のない貴族に老臣は


「血は争えないな」


と呟いたらしい。

それは祖父アドヴァンが狂気の刀剣コレクターで、いい刀があれば西へも東へも行幸ぎょうこうした。

ユラソルは広範囲の嗜好において、そのDNAを完全に引き継いでいた。


それが訪れたのは婚約していたロスナイ国の幼き王女が成人したため、セレメントで成婚パーティーが行われることなになった時だった。


ユラソルが婚約した時は王姫はまだあどけない5歳だったため、その後どんな美人に成長したか気が気ではなかった。


宮廷に王姫が到着するや、宮廷からこっそりと馬車から降りた貴婦人たちを悪友たちと望遠鏡で覗いた。


「ユラソル様、あれではないですか?」


家臣が指さしたのは、顔は能面のようにのっぺりしていて身長も大きく、理想としていた妻とは程遠い醜女しこめだった。


「どこに目や鼻があるかわからん顔だな……」


ユラソルは絶望したように悪友に望遠鏡を放り投げた。


(どうせならあの後ろにいた従者の女の方が良かったな)


ユラソルの心に小火ぼや程度の火がついた。


ユラソルはパーティーそっちのけでその従女に接近して話してわかったが、気品があり、出てくる言葉は知的であった。


(この女こそ俺の妻にふさわしい)


その時にはもう欲しくてたまらなくなった。

そして思いついたことを先ほどの悪友にを命令をした。


「独身最後の花火をあげたい」


仲間たちは一を聞いて十を知るように、手慣れたやり方で従女を眠らせ、ユラソルのベッドに運ぶと、ユラソルは無理やりにその従者を犯した。


従女は朦朧もうろうとした意識の中でみさおを守るため抵抗を続けたが虚しく、事が終わると天井の一点だけを見つめていた。


「感じすぎて声も出せんのか?」


茶化して語りかけても反応がないため、ユラソルは遊んだ玩具を片付けない子供のように、従女をそのままにして自室から出て再びパーティーに参加した。


事件はその2時間後だった。

その従女は受けた恥辱に耐えきれずに、事後の姿のままユラソルの部屋で自害をした。


従女の最後の抵抗だったのかもしれない。


裸でユラソルの部屋で死んでいた、このことで何が理由でで、誰が原因かはハッキリしているし、遺書もあった。


ユラソルの成婚パーティーは血塗られた痛ましい事件に発展してしまった。


幼き頃から姉のように慕っていた従女の死は、王姫の心をひどく痛ませ、従女の亡骸と共に無言の帰国をしてしまった。


やや滑稽でやや複雑だったのは、この死んだ従女は実はロスナイ国王の愛人だった。


愛人の死を知ったロスナイ国王は怒り狂い、自身はさておき、愛娘と不潔な男との婚約を即刻破棄させ、セレメントと絶縁まで口にした。

つまりは世界14ヵ国からの独立宣言である。


「これは戦争……戦争になるか!?」


ウッドはただ狼狽してまわり、周囲と愚息をなじるばかりで役に立たない。

見かねた重臣がロスナイに派遣したのが皇太子ネオマとルミシスだった。


ルミシスはまだこの時14歳だったが、既に飛び級でセレメント国立大学の四年生に通っていて、法知識に関しては国内で唯一無二と噂になったいた。


ネオマはあの手この手で和平交渉を行い、愚兄の非行を詫びるた。詫びただけでなくある提案をした。


「ロスナイ王姫を私の妻に」


ロスナイの王は初めは席を蹴って出て行ってしまったが、何度かの交渉をしているうちにネオマは兄と違い、知的で、清潔で、人当たりの良さに感心した。


(あのバカ親子と違って、次男坊は見どころがある)


ロスナイ王は和平の条件の一つにネオマを次期後継者とすることをウッドに申し出た。


ウッドとしてもこの件で長男が皇帝の器ではないことがわかり、むしろ望んでそうしたい程だったから異論はなかった。


その後は補償や事後処理についてはルミシスが法や得意の交渉術を用いてきめ細かく解決することとなる。


エレメントとロスナイの緊張はネオマとルミシスの粘りある交渉で1ヶ月ほどで収束した。


余談だが、その3年後に本当にロスナイ王姫はネオマと結婚をし、今も仲睦まじくエレメントの王宮でネオマと暮らしている。


そしてウッドの死後、ネオマは皇帝を継承したことでユラソルはより立場がなくなった。

無能でも先帝の血が混じる以上は無冠というわけにもいかず、お飾りの伯爵にはさせた。


ただ、侯爵にすらしないのはネオマの性格のキツさをよく表している。


以降、ユラソルは毒にも薬にもならない仕事をしながら王宮をうろついているだけの存在となった。


━━━━━━━━━━━━━━━


そんな事情を思い出していると、ようやく長すぎる廊下の先にある会議室が見えてきた。


そのルミシスがドアを開けろと言う。


(クソ、なんで俺が開けないといけないんだ?)


しかし逆らえないユラソルはゆっくりと扉を開く。


ユラソルに血の気が失せたのは、その視界に入りきらないほどの警備局員数十名、王家騎士団、そして騎士団の団長であるブレア将軍までもが待ち構えていた。


「これは……なんだ?」


冷たい目でルミシスを見下ろすと、ルミシスは長すぎる髪から覗かせた更に冷たい目で言い放った。


「国営費の使途不明金について、私的流用の容疑によりユラソル伯爵を緊急逮捕する」


「……ルミシス!逮捕だと!?俺は王家の人間だぞ!?」


ルミシスはその言葉に動じなかった。


「法、第67条の第二項、金銭における不正については何人たりと公正な裁きが与えられる」


ユラソルが観念したようにへたり込んでその場に尻餅をついた。


「ルミシス、お前が作った法律だったな……」


「はい、そしてそれを採択された一人はユラソル伯爵でございます」


ユラソルはブレア将軍自らが縄にかけ、連行された。

しかし、このユラソル伯爵の逮捕がのちに大問題へと発展する。

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