第32話『半開』

その頃、禍学専門学校は危機に瀕していた。


元々この学校は禍動士のみしか入学できない。

教師もこの学校の卒業生でしか勤めることも出来ないため、昔から世間は密かに危険視していた。


━━ 『禍』


"パンドラの筺(はこ)"のように不気味がられていた。



その筺をルミシスたち内務局がゼンとフィーナの早期逮捕のため市民に表の情報だけ報じた。

その様子を少し時事的に羅列する。


6月22日:現職教師と生徒が校長の殺害容疑


同日夕刊:被疑者2名逃亡


6月27日:禍学専門学校強制立ち入り捜査


7月3日:禍学専門学校 教頭を共謀容疑で緊急逮捕


7月4日:懸賞金額の発表


光を当てられた闇ほど面白いものはない。

この目まぐるしいニュースは、おおいに世間を震撼させる。


派生した切り抜き記事も含めゴシップ雑誌は売れに売れた。

この話題を出せばどの市民もしばらくは会話に困らないほどだった。


その学校に捜査責任者である内務局のロータスが現れ、モイスを呼び出した。


モイスはゼンとフィーナは冤罪と思っていたため、極力捜査には協力はしなかったが、とうとう

ロータスからの目からは逃げられなかった。


こう言う事情聴取は警備局でおこなうのが一般的だが、尋問と言うわけでもないため、


『少しでもリラックスできる慣れた場所で』


と、ロータス自らが現れた。


ロータスは事情聴取とはそうあるべきと思っている。

それはロータスの優しさではなく、心理的効果を狙ってのことだった。

過去の記憶を掘り起こすには、思考の柔軟と、うっかりボロを出させることが大事だからである。


「お話ということですが、なにか?」


モイスはやや好戦的にロータスを見つめた。


(ゼン先生に不利になることは言わない)


その決意の表れである。

しかしロータスは当然モイスより一枚上手だった。


「実は私はゼン先生は濡れ衣ではないかと思っている」


思いもよらない言葉にモイスは驚いた。


もちろんこれはロータスがモイスを調べ上げた上の心を開かせる策略であったのが大きい。


ただ、内心ロータスはゼンの性格や、同僚の評判、行動履歴、思想、生活態度など見ても


(実は無実なのか?)


と、思うほどだったから、私情としては本心に近かった。


「そのため、もう少し詳細に聞きたい。あの日フィーナさんとの接点はプールの授業でしたよね?変わったことは?」


「あの子のことは……授業を遅れて来ていて…なぜ遅刻をしたかを聞いたり……」


「どんな理由でした?」


「たしか……泳ぐのが苦手でサボろうと思ってたみたいでした。」


ロータスは(碌でもない学生だな)と思いながら頷く。


「ただ、ゼン先生と話して『頑張ってみる』と考え直したみたいなこと言ってましたね」


(たしかにフィーナの友人の証言と一致する)


ロータスはモイスの言葉を信じた。


「その日にフィーナさんに関して他にありませんか?」


モイスが思い出そうとするがこれと言ったものが浮かばず、約束の終了時間が近づいた。


「モイスさんありがとう、また来ます」


モイスが門までロータスを送ると、音楽室から歌が聞こえ見上げた。


「曲は美しいが強烈な歌詞ですね?」


モイスはこの学校の『校歌』だと教えた。


「あ……そういえば!」


校歌の中にある歌詞の言葉にもモイスは少し思い出したことがあった。


「プールの授業の時にこんなことが……」


「……?」


ロータスは胸ポケットから素早くペンを取り出した。





モイスが思い出した話を聞きながら、ロータスは注意深くモイスの目を見つめる。


「……それで?」


「そのあとに校長先生に誤解を解こうと思ったんですけど、その日校長先生はご不在で……次の日にはあんなことに……」


(左上に目線……)


人間の本能で嘘をつくとき目線は右上、

逆に左上は過去を思い出す時の目線だった。


(嘘ではなさそうだな)


ロータスは針の先程度だが、真相究明の僅かな光が差し込まれたような確信が持てた。


急いで王宮に戻り、ルミシスから借りていた王室編纂室の鍵を開けた。


まさにこの謎の鍵を開ける音のように、重々しく扉が開いた。





シルキー加入後からフィーナの首を取らんとするギルドとの連戦を重ねながら歩みは続く。


恩師レミューがいるサザナへ近づいていた。


王国や市民の騒然とは別に、この4人には相変わらず緊張感はない。


焚き火を囲みながら字の練習をするヴェトンと、呑気に星を見上げるゼン。

そしてフィーナの修行に熱が入るシルキーが檄を飛ばす。


「もう違うって!心の中で『おりゃ!』って言って『やー!』って言うの!」


フィーナが変な顔をして手を広げ突き出す。


シーン………


「ダメだぁ…手からビームが出ない……」


「ちゃんとゼンから教わった方がいいぞ?」


ヴェトンの素朴な感想にシルキーが怒る。


「はぁ!?私の教え方が悪いみたいじゃん!」


「どう考えたってゼンの方が教え方上手だろ!なんだよ…『やー』って!?」


「うるせぇな? テメーは字の練習しとけ」


取っ組み合うシルキーとヴェトンの喧嘩をいつものようにゼンが仲裁する。


「ヴェトン、シルキーなりにフィーナを真剣に育てたいと思ってるんだ。わかってやれ」


「うふ♡ざまぁヴェトン」


「あとなシルキー、さすがに口が悪すぎる!」


この重々しい雰囲気の中、フィーナが堂々と胸を張って提案をする。


「そろそろ寝ませんか?もう眠いです!!」



「「「   ……賛成!   」」」



実は昨晩から今にかけてギルドから何回も襲われ続けて不眠状態だった。



シルキーがささくさと女子テントに入る。


「スケベ犯罪予備軍とゼンもこのテントには入らないでね!おやすみぃ!」


「ヴェトンは一人だから軍じゃないぞ?」


「ちょっと待てゼン!スケベも訂正してくれ!あ、おやすみ!」


「うん、先生もヴェトンもおやすみぃ!」



今までスケベ犯罪予備軍たちは予備と言われているだけに男女に別れて睡眠を取っている。


それが嬉しくもあり寂しかったが、シルキーが来てから怖い夜がなくなった。


フィーナは寝袋に入った後、少しだけするシルキーの会話が好きだった。


「マジでヴェトン無理!マジうざいわー」


「まぁまぁ……ヴェトンはいい奴だよ?バカだけど」


「後半は知ってる。てか何でヴェトンって立って寝てるの?」


━━━━ いつかの夜


「ZZZ…zzz…」


「すまん、ヴェトンが寝てるから静かにしてくれ」


「嘘でしょ……」


━━━━━━━━━━━━━━━


「あれね、なんか路上生活が長すぎて横になると逆に寝れないらしいよ?」


意外なヴェトンの生態に驚くシルキーだった。


「フィーナも独特よね?」


「え?私なんかクセある!?」



「うん……最近よく寝ながら泣いてるから」


「え…?そうなの…?」


フィーナはゼンと学校を脱出する前から朝起きると泣いていたが、夢の内容までは覚えていない。


しかし最近は特に夢の内容が鮮烈なため所々は記憶していた。


「なんかね……暗い部屋に女の子が『助けて』って泣きながら言うんだけど……その顔がね……」


「顔が……?」




「笑ってるの……」





「心臓の悪魔……か」


ロータスは編纂室に2日ほど閉じこもり、埃をかぶった本を片っ端から読み解いている。


中には正式な国史ではなく、単なる伝承や俗っぽい伝記もあった。


(『ここにある』と言うことは何かの理由があるからだ……)


そう思うようにして、読破しては彼なりに不可解なこと、ヒントになる記述などメモを取って壁に貼っていた。


その数およそ3,000枚 ━━


知りたい……!


もはや彼にはフィーナが悪魔なのか天使なのかはどうでも良くなっていた。


そして現実思考のロータスだからこそ辿り着いた、ある仮説が浮び上がる。



『心臓の悪魔』 ━━



それはおそらく"国家"が絶対に隠さないといけない、不都合な真実からのスケープゴート(生贄)なのだろう。


そう確信するのも無理はない。


なぜなら、この編纂書室に置かれた膨大な史料のなかで、心臓の悪魔に関する記述のほとんどは全て破り捨てられていたからである。





一方とある洞窟の奥深くで、今日も暗闇から怪しい光を放っていた。



「もっといい夢見せてあげるよフィーナ…」



うふ……はは……あははははははははははは

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