第31話『希望』
「よし!ランチが終わったら解体屋さんにこのお金を払って、そしたら本当にこことさよならね」
シルキーが最後の荷物を詰めていると、この店の最後の客となる母親が来店した。
「いらっしゃいませ」
ガランとした店に違和感を覚えた女性客は、店を見渡した後ここがなくなるのか?と聞いた。
「はい……」
シルキーはもう泣きそうになっていたがギリギリ堪えた。
(やば……昨日のフィーナのせいで涙腺緩んでる)
ただ、フィーナの間抜けな顔を思い出すと自然と涙が引っ込んだ。
「なのでラヴィータさんが最後のお客様なので、今日は私からのおごりです」
そう言うとドアを開けて看板をおろし、母と娘だけの空間となった。
元々この店は強面の木こりたちで成り立っており、ランチはほぼラヴィータのみであった。
しかし営利目的ではないシルキーにとっては、母であるラヴィータの来店が目的でランチを続けていたと言ってもいい。
鍋を振るうシルキーにラヴィータはクスクスと笑った。
シルキーはその笑いの意味を訊ねると、
「ここに来た時は鍋を振るうのも危なっかしかったのに…あっという間に上手になって」
再びこのトリニティに来たのは20歳だったためラヴィータとは3年の付き合いになった。
別に料理が好きだったわけではなく、この村では珍しいダイニングバーでもやればどこからか情報が聞けるだろうと思って簡単に決めてしまった。
最初はハンバーグを作るのに苦労していたのを、このラヴィータは暖かく見守っている。
そして奇しくもこの店の最後の料理はハンバーグとなった。
ラヴィータは湯気が漂うハンバーグを一口入れると美味しいと呟いた。
「腕上がったかな?」
いつもの他人行儀な会話ではなく、少しでも娘でいたいと思ったシルキーの口ぶりに、涙がひとつ、また一つと溢れていく。
「はぁ…ダメね…泣いちゃダメと思ってたけど…なんだか離れた娘がそこにいると思って…」
その言葉にシルキーの涙腺が少し緩む。
「そうか…たしか私と同じ歳なんだったもんね」
小さく頷いたラヴィータは
「あなたをずっと自分の子供のように思ってたの。だから…今日娘が旅立つような気分になっちゃって…こんなこと言ってごめんね…ごめんね…」
と、ハンカチを取り出すラヴィータ。
(私こそごめん…お母さん)
シルキーも涙が止まらなくなってしまい、後ろを振り向いて目頭を押さえた。
◆
ラヴィータが食事を終えた頃、
「これでさよならか……」
と、悲しそうに言ったがシルキーは違うときっぱり答える。
「旅に出るとは言ったけど、いつか必ずこの街に戻ってくるから!それと……」
口ごもるシルキーに少し首をかしげるラヴィータは続きを待った。
「娘さん、必ずラヴィータさんの元に帰ってくる気がするの!勝手なこと言ってるけど……そう思ってるの!」
シルキーの言葉にラヴィータは質問した。
「もし…もし『帰ってきたら』なに食べさせたらいいかな?」
「オ……オムライス……とか?」
それはシルキーの大好物だった。
ラヴィータはオムライスか、と少し思案した。
「じゃ、その日までにオムライス練習しておくね?元気でね、いってらっしゃい」
薄暗い店のドアをラヴィータが開くと、光に吸い込まれるようにあっさりと去って行った。
シルキーは倒れるようにうずくまった。
「お母さん」
そう何度も声を出して泣いてしまった。
ドアが閉まった瞬間、路地裏に隠れて泣いたのはラヴィータも同じだった。
(あの子、最後まで強がっちゃって)
「自分の子供なんだから間違うわけないでしょ……絶対に帰ってきてね……"シルキー"」
その澄んだ『青い瞳』からまた涙をこぼした。
◆
ゼンと待ち合わせしたのは村の入り口だった。
「あ、シルキーさんだ!って……あれ?先生と服が似てる!」
先に気づいて声をあげたのはフィーナだった。
シルキーもまた禍動士の象徴である漆黒の正装で現れる。袖を通したのは卒業以来だった。
それを見たゼンは珍しくシルキーを揶揄った。
「服……まだ入ったんだな?」
「マジでお前殺すぞ?」
口から火を吐き、一触即発になりかけたところ、
「おーい!」
と、シルキーの後を追いかけた中年男性が走ってきた。
どうやら店の解体屋の者だったらしく、もらった金が少し多かったので、律儀に追いかけて余剰金をシルキーに返しにきたと言う。
「別にいいのに……ありがとね」
「でもいいのかい?木こりたちに何も知らせずに『ゼンスキー』さんがいなくなったら悲しむんじゃないか?」
この「ゼンスキー」というワードに対するゼンとフィーナの反応はそれぞれ違っていた。
(ゼンスキー?あ、偽名か!待てよ、さっき村の人たちの前でシルキーって呼んでしまった!すまんシルキー……!)
(ちょ……ちょ!ゼンスキーって……♡なにこの人!超可愛いんですけど!!)
ゼンとシルキーの思惑が交差する中、シルキーはこのやり取りのやばさに気づき、5分後に発狂した。
◆
「あーーー!死にたい死にたい死にたい……」
ぶつぶつと呟き続けるシルキーと同じように、
ゼンとフィーナも難しい顔で何かを呟いている。
「私以上になんかまずいことでもあった?」
ゼンは神妙な顔で顎に指を当てる
「なんか忘れてるような……うーん……思い出せん!なんだっけ?うーーん……すごく大事なことな気がするんだが……」
「先生!実は私もなんです!えーっと……なんだっけかなぁ……うーん……」
3キロ進んだあたりでようやくヴェトンを置いてきたことを思い出した2人だった。
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