第30話『蒼目』

シルキーは夢を見ていた。


「お願いします!この子だけは!」


地面に頭をこすりつけた女性は顔を泥まみれにしながら、衛兵の足を掴み離さない。


衛兵の腕の中にはその女性が産んだばかりの赤ん坊を抱いている。

衛兵は容赦なく青い目をした母親を足蹴にした。


母親の顔は泥と鼻血、涙を垂らしながらも前に進み出て再び泥水に顔をつけて懇願する。


「いい加減にしろっ!」


「ああっ!!」


あまりのしつこさに衛兵は赤子を抱きながら、母親の跪く背中をめがけて長靴で踏みつけた。


「ああっ!お願い…うぐっ…お願いします!」


それでも母親は諦めずに返して欲しいと訴えた。

この執念にゾッとした衛兵は恐怖を振り払うように、執拗にその背中を何度も踏みつける。


母親の悲鳴が村一帯をつんざめいた。


すると、衛兵が突然自らの首を掴み、苦しみ出した。


「う…ぐ…ぐ…」


思わず衛兵は赤子を落とすと、苦しみから解放され、「これを見よ」と母親に怒りを滲ませた。


「はぁはぁ…はぁ…これが禍動だ!禍は禍の中に入れるために禍学があるのだ!」


母親は落下して泣き叫ぶ我が子を拾い上げるが、衛兵は再びそれを無理やり奪い取り連れ去った。


母親の身体はもはや起き上がることが出来ず、無力にも手を伸ばして泣き叫ぶしかできなかった。

そして、その姿は段々と遠くなっていく。


その赤ん坊の視点は、他ならぬシルキーだった。





店のソファで寝ていたゼンがコテンと寝返りと同時に床に落下した。


「いてっ…」


「ばか」


シルキーの憎まれ口で目を開けると、そこにはフィーナとシルキーが店の食材を使って朝ご飯を作っていた。


「先ー生!おはよ!」


「フィーナよそ見しちゃダメ!バター焦げるわよ?」


と、叱られるが、フィーナの晴々した笑顔を見て、いつもと少し変わった違和感を感じた。


「なんか…いつもより大人びて見えるな?」


「そう?てか早く顔洗ってきなよ?よだれ垂らしてない?」


(ゼンも気づいたか)


と、シルキーは昨晩を思い出し少し笑みをこぼした。





ゼンは並べられた食事を見て、何かシルキーは勘違いしてるのではないか?と思った。


「俺たち本当に金はないぞ…?」


食卓を囲む豪華な朝ごはんに、シルキーのがめつさを警戒したゼンだったが、本人はあっさりとしていた。


「うん、いいよ。店閉めるから食材もったいないじゃん?」


「え?なんで?」


「だって今日から私もフィーナを守る旅に連いて行くから」


「えぇぇぇ!?」


椅子から落ちそうになるゼンにフィーナは満面な笑みで話す。


「いいよね先生?」


その目的でトリニティに来たのでもちろん異論はない。


「え、本当にいいのか?遊びに行くんじゃないぞ?」


シルキーがあまりにも平然としているので、かえって怖くなってしまったゼンだった。


しかしロジカルなシルキーの説明に納得した。


「昨晩この子がギルドに襲われたわ。私が仕留めて追い返したけど、もう私の素性はバレてしまったと思う」


そう言うとシルキーはいつもと変わらない顔でパンケーキを口にした。


「そ……そんなことが……」


ゼンは酒に酔って熟睡している間に起きた異変と、これからシルキーに待ち受ける悲惨さに肩を落とした。


本人は簡単に言っているが、シルキーはギルドを現在も脱走扱いである。


禍動士がギルドを辞めることは重罪で、もし身元がわかれば即逮捕、悪質の場合は極刑もあり得る立場だった。


昨晩の刺客を追い払った瞬間から、もはやこのトリニティにシルキーの居場所はなくなってしまったことを意味した。


「その代わりさ、少しだけ時間くれない?お昼まででいいから」


フィーナが理由を聞くと、ここに母が毎日お昼を食べに来るからだと言う説明にフィーナが驚いた。


「お母さん!?え?どうして?」


「うっさいわねぇ…この近くに住んでるのよ」


これにはゼンが不思議そうに聞いた。


「なぜ…ここがお前の故郷とわかった?」


禍動士には2つの別れがある ━━


1つは卒業である。


その先は生涯ギルドというほぼ死ぬ運命に置かれるということから、ある意味「死」への入り口でもあった。


2つ目は故郷と家族との別れだった。

生まれてすぐに禍動があるかを調べられ、


"禍動あり"


となれば問答無用で禍学専門学校、通称・禍学に連れて行かれる。


たとえ親が乞食でも王であろうと、子供に禍動の才能が見つかれば例外なく同じ末路を辿る。

無論、親のことは一切秘匿とされた。


そのためゼンの疑問は当然だった。


これにはシルキーも苦笑して自分の青い目を指さした。


"青い目の木こり"


という、世界でも有名な童話があるくらいこのトリニティには青い目をした村民が多い。



かつてこの地は妖精が多く住んでいたが、魔族に滅ぼされてしまう。

かろうじて生き残った末裔が進化を続けた。

それが今の村民と言われている。


その妖精の目はみんな澄んだ青い目をしていたらしい。



ただし、青い目の人間は特に珍しいわけでもなく、世界をまわればそれなりにはいた。


では何故わかったか?


それは妖精の墓場と呼ばれた森にある『聖樹』に近づくと身体にまとわりつく禍動の色が変わる、そんな言い伝えを、逃亡中のシルキーが立ち寄った街で偶然耳にした。


シルキーは風よりも速く走り、トリニティに着くや聖樹を目指した。

途中、そこに住み着く魔族たちを次々と祓いながら進むうち、やがて"聖樹"を発見した。


身体にびっしりと浴びた魔族の返り血で聖樹に触れると、呼応するように木々が光だし、シルキーの禍動の色が赤から薄い黄色に変化した。


生まれ故郷がわかった。

次にシルキーがしたことは、ギルドにいた時に盗んだ金で酒場を開業し、母親探しをした。


これは案外はやく見つかった。

20年前にここで禍動を持つ子供と生き別れた、と身の上話をする女性が最初の客だったからだ。


(20年前と言えば…私と同じ年齢…間違いない)


その瞬間、


(打ち明けるか…)


と、一瞬悩んだが理性でとどまった。


(もしここで話しても素性が知れれば私だけじゃなく、お母さんも危ない。なにより2回も人生で別れるのは耐えきれないはず……)


と、辛うじて心と頭脳を離せたため判断できた。


(せめて、こうして母を近くで見れれば…)


途中からフィーナが号泣したので、シルキーの回顧はここまでとしたが、要するに"客と店員"としての別れをしてから去りたいと言うことだった。


シルキーは時計に目をやると9時過ぎだった。


(あと3時間後にお母さんと会ったら永遠のお別れね……)


母親は毎日12時に、この店に来るのだった。

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