第29話『決意』

雨は更に強くなっていく ーー


「立てる?」


「……」


シルキーが手を貸そうとするがフィーナはその手を取らない。


「風邪……引ぃちゃうよ?」


うずくまり何も反応しないフィーナだったが、少ししてようやく重い口を開いた。


「余計なことしないでよ……死ねなかったじゃん…」


シルキーは無表情でしゃがみ、フィーナの顔を見た。


パンッ!


シルキーがフィーナの頬を叩く。


そして優しさとも、残酷とも取れる言葉をかけた。


「弱いと死に方も選べないよ?」


フィーナは堰を切ったようように号泣し、憎しみを込めてシルキーを睨みつける。


「シルキーさんにはわからないわよっ!!私だってこんな人生望んでなんかない!毎日毎日誰かに襲われてっ…!その度に生かされて!…その度に仲間が傷ついて!それなのに!!」


そう言うとシルキーの両肩を掴んだ。


「見て!!私は傷ひとつも負ってない!」


「……」


「もう……」


「……」


「………っ……!」


(震えて言葉が出ないのね……)


その言葉のあとフィーナの沈黙にシルキーは耐え続けて応える。

そしてフィーナは雨音よりも小さい声で本心を打ち明けた。



「限界なんだよ…誰かに助けてもらわれ続ける人生なんて……」



ザーーーッ


雨足は更に強くなる。

トリニティ特有のスコールが2人を叩きつけた。



「似てるかもね…私たち…」



シルキーはもしかしたら人生の中で一番長くて、生涯隠したかった言葉をフィーナに伝えた。


「ゼンは……昔から答えを出すのが得意だった。私はほら、こういう性格じゃん?だから何度もフィーナみたいに自暴自棄になって……」


「……」


「いつも答えから逃げ出してたんだけど、あいつしつこいから…」


「……」


「私に答えが出るまで付き合ってくれて…私もなんだよ。ゼンに助けられっぱなし……貸し借りで言えば借りることはあっても、私が貸すことはなかった……」


「……」


「けど今ならわかる。助けられることは恥ずかしいことじゃないよ。いつかどこかで助けてあげる存在になれば……だからこそ今回私はゼンにもらった貸しを返したくさ…」


「へぇ……」


「それにあいつ今は先生なんでしょ?だったら絶対にフィーナと一緒に悩んで、この先の答えを必死に考えて答えを出してくれるよ!」


言葉にしながらシルキーは、目の前のフィーナが精神的に弱かった自分を見ているようで涙を堪えきれなくなっていた。



「フィーナもそう思えたから、ゼンと学校を飛び出したんじゃないの?」



(………っ!)



「ゼンと一緒に私もあなたを必ず強くする……!

もし辛かったら…私にもその苦しみを少しだけ、分けてくれないかな?だから、だから!


フィーナ以上にシルキーの涙が止まらなくなり、とうとう言葉に詰まってしまうが、奮わせて途切れ途切れに紡いだ。



「だから!……『死にたい』なんて……言わないでよ?……お願い…」



泥と雨に濡れた少女の体を、シルキーは自分の腕で優しく、離さないように抱きしめ、フィーナもそれを受け入れた。


(あぁ……この温もり……あの時と同じだ……)


フィーナがフチネで悪質なギルドから助けてくれた時、虚ながら抱きしめられたシルキーの体温を思い出した。


「これで2回目だね…助けてくれたの…」


「……そうね」


「ありがとう……シルキーさん」


シルキーの抱きしめる力が、また少し強くなった





「そっか!これからお風呂入れなくなるのか」


シルキーがシャワーを浴びながら浴槽につかるフィーナに話しかける。


「あ、うん……水浴びくらいだったかな……」


「そうだよね、昔ギルドにいた時のこと思い出したわ…」


「何でギルド辞めちゃったんですか?」


「一緒にいた奴らがうざくてさ、ボコしてお金取って逃げちゃった……てへ♡」


「悪っ!めちゃくちゃワルじゃないですか!」


「ふふ」と、勝ち気で笑いながらシルキーも大きな浴槽の中に入り、増したお湯が外へ流れる。


「あのさ……先生と何で別れたの?嫌なことされたの?」


シルキーはその話か…ときまずく話す。


「あいつ考えごとしてる時、返事が超テキトーになんない?」


「あります!あと、何回声かけても全然返事しない時とか!」


相変わらずか…とシルキーため息を吐いた。


「本当はね、一緒のギルドに入る予定だったの。ヘムスとアクシィから誘われてて」


「えぇ!?超名門じゃないですか!」


「アクシィの本部は森の中で、ほらウチの学校見渡す限り森じゃん?だから次は海に囲まれたヘムスがいいなって言ったら『うん』って…」


段々とシルキーに怒りが湧き上がる。


「そしたらあのバカ!突然「おれ教師になりたい」とか抜かすのよ!頭来ない!?私も教師の話きてたのに、ヘムスに契約書書いちゃった後にそれ言うのよ!?」


あまりの怒りっぷりにフィーナが両手で宥める。


「で、結局その日は一日中大喧嘩ってか一方的に私がキレまくってそれっきり…って感じ」


ぷんぷん怒るシルキーを見て、フィーナは更にたずねた。


「ちなみにさ……どっちから告ったの?」


「はぁっ!?言うわけないでしょ?」


シルキーは顔を赤くさせる


「お願い!教えて?」


「絶対に誰にも言わないでよ!?」


「結局言うんかい!」とは突っ込まないフィーナ。


「あいつの偉そうなとこが大っ嫌いで!だから奴隷として飼いたくてさ……喧嘩ふっかけたの」


(この人ヴェトンとは違う意味でぶっ飛んでるな……)


「ゼンもウザ絡みする私が嫌だったらみたいで、『俺が勝ったら二度と話しかけるな』って感じで、『じゃ、私が勝ったら奴隷になりさい!』って言ったの!」


「それで?」


「…… 。。。」


「……?」


「もうダメ!やっぱ内緒!!風呂出よ!!」


『えっ!ずるいーー!!』


「あー聞こえない聞こえなーい!お風呂出るよー」


そう言いながらも、髪を乾かしながら校庭でゼンと戦った後のことを思い出していた。


━━━━━━━━━━━━━━━


「はぁはぁ…ダメだ…もう指一本動かねぇ…」


満身創痍で倒れ込んで動けないゼン。


同じく倒れ込んでいるシルキーは息を弾ませながら"ある疑問"を投げかけた。


「…はぁはぁ…なんで…あの時…はぁはぁ…一瞬ためらったの?あのまま不意をついたらあんたが勝……」


「言わんでいい!はぁはぁ……負けは負けだ…」


(もし勝ったら……シルキーと二度と……)


ゼンは自分で2度と話しかけるなと言っておきながら、あと少しで勝ちを得る瞬間、あんなにうざかったシルキーと話せなくなることに躊躇い、

見事なカウンターでやられてしまった。


「ふふ…あんたさ?本当は私のこと好きでしょ?」


「あぁ?」


いたずらな笑い方でゼンを挑発した。


「うふふふそんなに好きならさ、私の初めての彼氏にしてあげてもいいけど?」


内心ドキドキしているシルキーとは別に、ゼンは息を弾ませながら夕焼けの空を見ている。

答えが待てずにもどかしそうにシルキーが重ねてゼンに問いただす。


「ねぇ……?何考えてんのよ?」


「奴隷と彼氏どっちがマシかって……」


いつも通りのゼンの嫌味が、今回は真剣なだけに胸がチクっとした。


「べ……別にいいよ、気持ちがないのに無理やり付き合いたくないし……」


普段とは違う初めて見せるシルキーの悲しそうな顔を見た時に、ゼンは不覚にも胸をかきむしられそうになった。


この日、ゼンが初めて恋を経験した。


「いや、付き合おう…"付き合う"って……何するかわかんねぇけど……」


そして、シルキーの長年の恋が実った日でもあった。


━━━━━━━━━━━━━━━


同じベッドにシルキーとフィーナが横たわる。


時刻は25時を過ぎていた。


既にフィーナはすやすやと眠っている。

そのあどけない顔をして眠るフィーナを、

シルキーが優しく髪を撫でた。


その青い目は慈悲に満ちた母親のような優しい眼差しである。


(フィーナ、この過去は秘密にさせてね?そのかわり『今』はあなたにあげるから……)


「そして、明日からは私もフィーナを……」


新たな決意と共に、ゼンに対する想いを飲み込んだ瞬間だった。

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