第28話『実力』

(ゼン…こんなに疲れてたのね…)


禍学生徒時代、幾度となくペアを組み、教師すら手に余る敵を葬るため、幾夜も修羅場を潜り抜けてきたが、ゼンが眠る姿を見たのはこれが初めてだった。


(普段はマジメぶってる嫌味な奴なのに…寝顔はだけはなんでこんなに可愛いんだろ…)


かつての恋人の肌が触れた時、5年間溜めた寂しさが爆発しそうになった。


しかし、手を伸ばそうと思った瞬間――。


シルキーが張り巡らせておいた結界に、招かざる客が侵入していた。


(来てる…複数…フィーナは家…いや…気配がない…いない…どこに!?)


シルキーは更に結界の感知に集中する。


(足音を殺して近づいてる…プロか…しかも村の入り口まで……)


肩にもたれて寝ているゼンを見つめる。


(今のゼンは体力が万全じゃない…私が)


そう思った時には、シルキーの肩で休むゼンを優しくベンチ席へと移した。


それでもゼンが起きなかったのは、単なる疲れと片付けるより、シルキーがいることでの安心感と見たほうが自然かもしれない。


「今日は特別よ?また私があの子を助けてあげる……」


そう言い残し、シルキーは静かに扉を閉めた。





(ゼン先生…シルキーさんを仲間にしたいのは『シルキーさんがまだ好きだから』なんだろうな…)


雨に濡れながら、行く当てもなく歩くフィーナ。


窓から見た光景は、後ろ姿でもわかるほどの、他者が入り込む隙さえない二人の強い絆。

フィーナの自己嫌悪は最高潮に達する。


(多分、ゼン先生に賞金首がかけられたのは私の護っているからだよね…)


『私が死んだら…』


(きっと先生の懸賞金は取り下げられる。目的は私だもん…そしたら先生はシルキーさんと、これから一緒に幸せ…)


「幸せ」 ━━


その言葉を思った瞬間、フィーナは膝から崩れ落ちた。


泥を力いっぱい掴み、置かれている現実、自分の弱さ、淡い恋の終わり、納得がいかない自分の運命そのものを呪うように足元の泥を掴んだ。



ザッ



足音に反応して振り返ると、そこには今朝ゼンが戦った禍動士たちがいた。


(あぁ…私を殺しに来たんだ…)


敵は手配書とフィーナを見比べる。


「この女がフィーナだ…間違いない」


(あーあ…死んじゃうんだ私…けどもういいや…)


そう覚悟した時、雨粒と共に上空から、ふわりと軽やかにシルキーが舞い降り立つ。


「シルキー…さん…?」


「……今朝、こんな奴仲間にいたか?」


と、刺客たちがヒソヒソと話し合う。


「おい」


フィーナを再び獲るために結成したパーティの中でひときわ飛び抜けた禍動量と、体躯のいい男がシルキーに近づく。


「お前もフィーナを狙っているなら俺たちは味方だ。どこのギルドか知らんが、報酬を巡っての争いならやめよう。お前にも山分けするから」


「なぁ?聞いているのか?」


「……」


シルキーはなにも喋らずゆっくりギルドたちに向かって歩く。


「何とか言ったらどうだ?」


男も苛立ちながら剣を抜きシルキーに近づく。


シルキーはどこを見ているかわからない、ぼーっとした表情で彼の隣をすれ違った。



次の瞬間 ━━



この男の胴体は音もなく上下に分かれた。



そして、真っ二つの胴体が地面に着地した時にはどういうわけか胴体はくっついている。


コンマ数秒で胴体の臓器、筋肉、神経、全てをイメージして1秒もかからず回禍で元に戻した。

無論、神業に近い。


しかし、それ以上に男に違和感を覚えたのは、体の向きが正反対にくっついていたことだった。


「ゔ ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ あ あ っ!!」


あり得ない身体の現実が受け止め切れず、泥の中を転げまわって悲鳴をあげた。


「……うるせぇよ」


シルキーはまるで道端に落ちた石コロのように剣士の顔を蹴り上げ、失神させた。


この異様さに残りのギルドたちは固まった。


シルキーは何かを決意したかのように目を閉じた。

或いは、その決意はゼンの顔を見た瞬間から決まっていたのかもしれない。



そして、青い目を開けた ━━



(どんな修羅場を潜ったら…こんな眼ができるんだ……?)


彼らは決して弱くない、場数も他より踏んできた。


(それでも、この眼は俺たちを生物ですら思っていない…この女からすれば蠅を叩いてるに過ぎない)


(そして俺たちを殺しても、蝿のように明日には忘れられるくらいの命としか……撤退だ)


シルキーはギルドたちにもはや戦意がないことを理解した。


「本部に帰ったら伝えて…?」


「……っ!?」


敵がシルキーの不明瞭な言葉に固唾を飲む。

何か不用意に口にすれば、それを合図に殺されるかもしれないと思ったからであろう。


「私の懸賞額はゼンよりも上げとけ、って」


決して自惚れではないと思った。


シルキーは転がっている意識のない胴体逆男を空中に蹴り上げて渡した。


それを受け取り担ぐと、全ての自信を失った目でシルキーを見据え、ジリジリと後退し、やがてシルキーが見えなくなると一目散に逃げ帰った。

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