第19話『喪失』

『こんなガキに誰が頼むか』


「…」


『なにあの子供…気味悪いわ…こっち見てる』


「…」


『ママ?あの汚い子の持ってる看板は何て書いてあるの?』


「…」


『目障りだ、失せろ』


「…」


『小僧…』


「…?」


『仕事やってみるか?』


「……!」


━━━━━━━━━━━━━━━


「ヴェトンは?」


先ほどまで眠らされてしまっていたフィーナがようやく目覚め、そばにいたゼンに前後の話をしたあと、「そう言えば」とフィーナがヴェトンを思い出したのだ。


「………さぁな?」


と、意味ありげに含み笑いをするゼンだった。





あの惨状の後、到着したゼンにフィーナを託したヴェトンはひとり海岸に向かっていた。


(完全にしくじった…ゼンは俺を頼っていたのに…目を離した隙に…もしフィーナまであんな目に遭っていたら……クソ…)


フィーナは助けられたのか?

それともたまたまやられなかっただけなのか?

ヴェトンとしてはどっちでもいい。


それよりもあのギルドと同じ目にフィーナが遭っていたら…

初めて襲う恐怖が、頭にこびりついて離れない。


不覚にも向かいから父と手を繋ぐ子供とぶつかりそうになり、慌てて避けるヴェトン。

なぜか自分が孤児だった頃をふと思い出してしまった。





【仕事をください】


と、書かれている看板を拾い、両手に持って路上で立ち尽くしていた時のことだった。


朝から夕方まで立ちっぱなしで腕を上げているのは体力的に辛く、そして人から奇異に見られる経験は5歳のヴェトンには計り知れなかった。


(あの子供が仕事?何が出来ると言うんだ?)


道行く人から笑われ、罵倒されようが、来る日も来る日もヴェトンは『生きるため』に仕事を待った。


ある日そんなヴェトンに仕事が舞い込んだ。


「小僧…仕事をやってみるか?」


声をかけたのはヒゲが特徴的な40代くらいの男だった。


顔は透き通っており、目の彫りが深く、どことなく気品があった。

腰には長い刀を提げ、背中にはマントを羽織っており、まさに5歳児が想像する騎士とイメージが重なっていた。


仕事内容は簡単で"頬に傷がある男"を見つけたら


「安くてうまい酒が飲めるところがある」


と持ちかけて、もし乗ってきたら敢えてこの狭い路地を案内しろ、ということだった。


「もし、それをやってくれたら1日100Gやる。もちろん誰も傷のある男を誘導できなくても払おう」


なんでだろう? ーー


そう考える思考能力がない5歳児はただ黙って男に従った。


「いいか?あの店に案内するんだ」


と依頼主の男は路地の先の店を指差した。


最後に「やれるか?」と男は投げかけると、ヴェトンは無言で頷いた。

男は少し笑ってヴェトンの頭を撫でた。


(………っ)


初めて成約した仕事のことより、はじめて『人』扱いされたことが嬉しかった。


そしてヴェトンは愚直に足が棒になるまで傷のある男を探し、見つけては声が枯れるまで懇願した。

初めての仕事はほとんど無視されるか、しつこくして力任せに殴られた。


(あのおじさんの力になれなかった…)


そんな風にしょんぼりしながら、決まった時間に決まった場所へ行くと、男は立って待っており、約束通り金をもらえた。

連日同じ結果だったが、それでも約束の金は渡され続けた。


そして男はいつも金を渡すとヴェトンの頭を撫でた。


いつしかヴェトンは金よりも、この男と会うことが楽しみになっていた。


その気持ちは言語化ができなかったが、生後すぐにゴミ箱の中に捨てられていたヴェトンでも、本能で彼に父性を感じていたのかもしれない。


「酒か…たしかにエリーナの酒は一度飲んでみたかったしな」


8日目にしてヴェトンは傷の男を案内することに成功した。


取り巻きは先を急いでいるのか反対していたが


「せっかくここまで来たんだ、なぁに一杯だけだ」


と押し留め、「案内しろ」とヴェトンを急かした。


ヴェトンの案内の仕上げは路地を抜けた先にある店を指さすことだった。


店が見えてきた。


ヴェトンは緊張しながら指をさすと同時に、

後ろからなにか温いお湯をかけられた感触を感じて振り返る。


傷の男と仲間たちが声も出せず、プラモデルを分解されたようにバラバラになって転がっていた。


「………」


目の前には父と思った男が、血刀を持って立っていた。


「小僧、よくやった」


そう言うといつものようにヴェトンの頭を撫でヴェトンの手におさまらない程の金を渡して去った。


少しして、ヴェトンは街の人たちの噂話を聞いた。


『盗賊がエリーナに入ったが、どうやら国がギルドを差し向けられて殺されたらしい』


無類の酒好き、頬に傷がある、という特長しかギルドは知らなかった。

ならば傷がある男に声をかけて安酒の店を教えれば必ず立ち寄るだろうと踏んだ。


ただし、逃げられないように細い小道を通らせる必要があった。


そして案内がいる、案内人が子供なら警戒されないとまで考えていた。

最悪の場合、見破られて子供が殺されてもいいように、なるべく汚らしい孤児がうってつけだった。


男はあたりを見回すと、ヴェトンを見つけた。


「あの汚ねぇガキを使おう」


すべてを知ったヴェトンだが、父を重ねた男から利用されたと知っても、


マントをなびかせ、長い刀を差した男が去って行った後ろ姿を、

今もなお鮮烈に脳裏に焼きついている ーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る