第16話『迷路』

ゼンたちが逃亡してから8日が経った。


一行はフチネまで残り1キロほどとなる。


「潮風が気持ちいいね!」


フィーナが言うように先ほどから透き通るようなエメラルドグリーンの海が広がっている。


ゼンが優しくフィーナを見つめるが、

その目はどこか遠い。


(フチネか……)


━━━━━━━━━━━━━━━


『ゼン!フチネのヘムスに行こうと思うんだ』


「フチネ?」


『……見たいものがあってさ』


「見たいもの?」


━━━━━━━━━━━━━━━


「…ン」


「…ン?…ン!」


「ゼン?」


「おい!ゼン!!」



ヴェトンの声にハッとして、ゼンが立ち止まる。


「おい?お前なんか最近ぼーっとしてんな?」


「悪い…少し考えごとしてた」


「先生もぼーっとすることあるんだね?」


(いかんな…)


そう素直に感じるが、

ここにかつての同級生がいるのか?と思うと複雑な事情から少し足が重く感じてしまい、


そんなゼンを見てフィーナが言いづらそうに小声でお願いをする。


「先生、少しだけさ…海で遊んじゃダメ?ほら、海でも見て、ボーっとしたりとかさ?」


フィーナが断られる前提でゼンに聞く。


「いいよ」


「だよね?わかってる!わかってる!逃げてる分際で…あははは…あれ?」


「いや、だからいいぞ?」


「今、『いい』って言った?」


「あぁ、OKってことだ」


「えぇ!?いいのっ!?」


「俺は少しここで聞き込みしたいことがある。

ヴェトン、その間フィーナを見守ってくれ」


これにはフィーナがわがままを言う。


「嫌だ!先生と遊びたい!」


「ダメだ」


「なんで?」


フィーナの問いもむなしく、ゼンは背を向けた。


「ヴェトン、フィーナを頼んだ」


振り返りもせずゼンは歩き出した。



◆



白い砂浜を無言で歩くフィーナとヴェトン。


ヴェトンがプレゼントしてくれた麦わら帽子の優しさに、少しだけ元気を取り戻したフィーナ。


そんなフィーナにヴェトンとしては珍しく前置きを入れた質問をした。


「なぁ?フィーナと2人きりになったら聞こうかと思ってたんだけどさ…」


「なにぃ?」


「ゼンのこと好きなんか?」


「うえぇぇ!!?」


顔を赤くしながら否定するフィーナ。


「な…!なんでよぉ!?」


ヴェトンはフィーナの白い水着を指さし、


「本当は見せたかったんじゃないかな?って」


禍学(かがく)専門学校から見える景色はいつも山だった。


だからか、卒業してこの門を出たあと真っ先に行きたかったのは"海"だった ーー


昨年、数少ない外出許可でたまたまこの水着に一目惚れして買っていた。


実はゼンと学生寮から逃げ出す時、こっそり大きなカバンの中にこの水着も入れていたのだった。


「ヴェトンってさ…」


「あん?」


「やっぱりなんでもなーい!」


フィーナはわざと明るく振る舞い、ヴェトンを少しからかった。


「さては私に恋したなぁ?ふふ、いくら私が可愛いからって仲間との恋愛は御法度だよ?」


それにヴェトンは真面目に答えた。


「いや、俺が好きなのはおっぱいが大きいお姉さんだから」


まな板に近い自分の胸元を一度確認したあと、

沸々と怒りが湧くフィーナ。


「……ヴェトンのバカーー!!」


フィーナが怒りながら走り出し、勢いよく海に飛び込んだ。


その様子にヴェトンも少し笑って砂浜に腰を下ろす。


「俺はここで見てるから」


昨日ゼンから教えてもらった字を砂浜に指をなぞり、早くも目を離していた。


フィーナはヴェトンをジト目で見ながら小さな声で呟いた。



「あの人たまに鋭いよなぁ…私って、そんなにわかりやすいのかなぁ?」



◆



その頃ゼンはここフチネに本部を置く

「ヘムス」という巨大ギルド協会に立ち寄った。


念のため手配関係を確認したが、

まだゼンたちの手配書は届いていなかった。


この迷路のように入り組んだ本部は、

元々は結成当時のメンバーがよく使っていた洞窟を修繕した歴史的建造物である。


最近はミュージアムがオープンし、ヘムスやギルドの歴史、魔界から持ち帰った珍品、

王家から褒賞された国宝などが展示されている。


そのため、時に観光客で列を作る日もある。


ゼンは土の匂いに包まれながら2階にあるギルドの人事採用の部署に立ち寄った。


受付の女性が用件を聞く前にゼンから切り出す。


「ここに所属しているギルドメンバーの

『シルキー』という者を探している」


いくつか形式的な質問に答えたあと、

受付は名簿録を取り出し、関連するファイルを取り出して紙を次々にめくる。


その間ゼンは廊下に展示されている数々の国からの感謝状を見たりギルドの成り立ちが解説されているコーナーを見て回った。


━━━━━━━━━━━━━━━


ギルドという言葉が出来る前は『冒険仲間』というお気楽な言葉で呼ばれていた。


冒険者たちはダンジョンと呼ばれる地下迷路に眠るお宝を発見したり、村を襲った魔族を討伐したりと、その日気のまま自由に生きていた。


その冒険自由人たちを国は見逃さなかった。


以前から村を襲う魔物や魔族に正規兵を送り出していたが、魔族が扱う『戦闘魔法』に手を焼かされていた。


正規兵が死ぬと残された家族へ補償をしなくてはならないため、なるべく惜しみたかった。


もしこれが人間同士の戦争であれば、

勝者は敗者に対して多額の賠償金を要求できる。


しかし魔族たちには貨幣がない。


つまりは軍を差し向けて勝利を得ても、

ただの領土死守に終わり、莫大な遠征費や補償金の支出だけに終わってしまう。


時には将来的な税収と遠征費を秤にかけられ、

見殺しにされた村もあったらしい。


しかし、

その惨劇に対して冒険者たちは立ち向かった。


力試しの者、単に義憤に駆られた者、名誉のみを欲する者など、さまざまだった。


国として何よりありがたかったのは、

多少の武器と僅かな路銀のみでも彼らは勇ましく死地へ向かう。


「なぜそこまでして命をかけるのか?」


と、国家はこの酔狂たちの行動に感謝しつつも、内心はみな首をかしげていた。


それでも便利であることには代わりないため、

"狂人たちのボランティア"と裏で囁き、

この純粋な冒険者たちを散々に利用した。


ただ、彼らを酔狂呼ばわりするわけにもいかないため冒険者たちを『勇者』と表向きはあがめた。


この『勇者』と言う言葉に冒険者たちは心を震わせ、皆これを言葉にするだけで感動を覚えた。


僅かだった元冒険者たちの数は爆発的に増え、

一時は素朴な農民が鍬(くわ)を捨てて剣を取ったほどだったから、結果としてこの呼称変更は大成功だった。


この『勇者システム』の転換期となったのは2万年前にロトと言う若者がなんと魔王を倒すと言う離れ業(はなれわざ)を成し遂げた。


このあまりに途方のない偉業に、手放しで大喜びをした王は、なんとこの"酔狂"に実の娘である皇女を差し出したのだ。


そして小さいながら国も与えた。

その子孫たちの血脈は続き、地方国の王として今も君臨している。


ただし、魔王を倒した平和も長続きはせず、

その息子が成長し新魔王に君臨すると、

再び人間狩りがはじまったので結局は勇者システムを引き続き頼った。


ロトの時代までは清廉潔白だったが、時代が進むにつれ勇者たちはそれとなく金を要求した。


国も渋々ながら莫大な支度金を渡したが、その成果はロトの偉業に比べれば子供のおつかい程度でしかなかったため、いつしか成功報酬となった。


それを見たひとりの商人が


「これは金になる」


と、国に仲介を名乗り出た。


男の素性はヘムスという若者で、王宮御用達の商人であったから、何事も人任せの官僚たちは喜んでヘムスに委託した。


ヘムスはすぐに半民半官組織を設立し、

全国にネットワークを広げ、

世界初の『ギルド』の創始者となった。


ヘムスがおこなった事績は挙げるとキリがないので省くが、ギルドにおける運用や制度は彼がほぼ全て手掛けたと言っていい。


━━━━━━━━━━━━━━━


そんな歴史を見ながら部屋に戻ってみると先ほどの受付女性と目が合うゼン。

女性は視線をやや下に向けた。



ゼンに嫌な予感が走った。



「シルキー氏ですが5年前より、行方不明となっております……」



ゼンは凍りつくように女性を見据えた。

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