第14話『執着』

男の足元には看板が転がっており、

下手くそな字のため読むのに時間がかかったが、どうやらこう書いてあるらしい。



『3,00Gを置いてからお通りください』



ゼンはとりあえず思った。


(カンマの位置が……)


プル…プルプル……


ゼンは震えた。

それは教師として間違いに耐えきれず、

ツッコミが止まらなくなった。


「まずやってることと丁寧な言葉づかいのアンバランスが気になる!」


「それと!書くなら3,000か300Gだろ? 3,000と300どっちだ!?」


「てか300でも高い!!!」


ちなみに物価高の首都セレメント市民の一般平均月給でも350Gだった。


おそらくこの"家業"をはじめてからずっと誰からも指摘されていなかったのであろう。

男は慌てて看板を隠し、己の学のなさを恥じた様子だった。


「…えっと…3,000Gだ…!」


どっちか聞かれれば3,000Gの方がいいと思ったのであろう。


「そんな金はない!!」


当たり前の反応に大男は

「払わないと通さない」と凄む。


横目でフィーナを見るが、

当然その間も腹痛は続いている。


むしろ解放できると思った途端のこの状況は、

フィーナにとって更に便意を加速した。



(クソ……!300なら払えるが……高い!)


(戻るか…?いや、それだとあいつの限界が…)


(くっ……フィーナの貞操を守るか、今日のホテル代は諦めるか……)


3,000Gのことは無視し、ゼンは決意して言った。


「仕方ない…300Gを支払う」


「ダメだ…3,000Gだ」


大男はゼンの指摘で思いついた緊急値上げの通行料を要求した。


「いい加減にしろ!300Gだ!」


すると背中から降りたフィーナが大男に近づき、走ってる間に預かっていたシュヴァイツアーを見せつける。


「えっとね、これ、どっかの王様にもらった刀らしいよ?これあげるから通して?お願い!」


「バカ!なにしてんだお前は!?」


ゼンが慌てふためきフィーナから刀を奪い取る。


「刀……」


と意味深に呟く大男。


「……刀がなんだ?」


「…かっこいいなぁ…それを寄越せ!」


少年のような顔でおねだりするも「やるわけないだろ!」と、にべもなくゼンは断った。


すると、少年のような顔から

一気に凶悪な顔に変わる ━━━


「……そう言うなよ、兄ちゃん…?」


臨戦体勢になる大男にいつの間にかスラム街の野次馬がわらわらと集まってきた。

貧困街は金がないのでケンカが娯楽なのである。


「ヴェトン!やっちまえ!!」


目立ちたくないゼンにとって、この熱狂は迷惑だった。


「お…おい!落ち着け!」


間合いをとって離れるゼン


「置いていかないなら奪うまでだ!!」


突進するヴェトン



ーー 速 い ーー



ゼンの脳がそう思う前に大男のパンチが既に眼前にあった!


条件反射で禍動かどうのバリアを作るが呆気なく粉砕される。


(なんだこのパワー!それよりも…)


ヴェトンの攻撃は止まらない…!

左こめかみ!右肩!左腕!みぞおち!また右肩!


(攻撃が読めない…!)


纏禍てんかで覆った手で乱撃をかろうじて防御するが、生成したバリアはヴェトンのパンチが当たるたびに砕け散る。


(嘘だろ…?)


纏禍てんかにおいては右に出る者なし、と言われ続けたゼンにとって、こうもあっさり纒禍てんかが破壊された経験と屈辱は生まれて初めてだった 。


「先生!」


フィーナの心配の声がする


(そうだった!フィーナがやばい!目立つが仕方ない…!)


全力で走り抜けてフィーナを腕で抱え高く跳ぶゼン ーー


「うおおっ!すげっ!」


野次馬がざわついたのはゼンではなく、ヴェトンだった。

ヴェトンはゼンの遥か上空で待ち構えていた!


禍動かどうなしでこの跳躍力!?こいつ本当に人間か…?)


「あのなぁ…俺からはにげれねぇよ?」


まるでヴェトンに吸い込まれる様に飛び上がったゼンたちが捕捉されてしまう。


ヴェトンが両手を合わせ、ゼンたちに振りかぶろうとした――その時、


ゼンは纏禍てんかで上空を蹴り込んだ。


――ガァンッ!!


勢いよく横にズレることに成功した。


そのまま振り返らずに遠くまで跳び、ホテル前へと着地したのだった。





部屋のトイレに駆け込むフィーナと、部屋の外で待つゼン。

この男にしては珍しく座り込んでしまい、ヴェトンの攻撃で痺れた手を見つめていた。


(まさかあんな非禍動士ひかどうしがいるなんて…あのヴェトンという男…おそらくあのケイミューよりも遥かに強い…!)


すると部屋のドアが開いた。


「ぷはぁぁー!スッキリしましたぁ!あ、でもまだにおいが消えるまで部屋に入っちゃダメよ?……って先生?聞いてるぅ?」


操の危機を乗り越えたフィーナがゼンに問いかけるも、ゼンはあのまま戦っていたら…という脳内シミュレーションで頭が支配されていた。





開けた窓から新鮮な空気が流れる。

澄んだ部屋でソファに腰掛ける2人。


「フィーナ、すまんがあの男がウロウロしてるかもしれないから外での飯は諦めてくれ」


「えぇ!!?……嫌だよぉ!」


「仕方ないだろ…もしかしたら既に俺たちの手配書がばら撒かれてるかもしれない、だから外での揉め事は極力避けたいんだ」


フィーナは手配書というワードに驚く。


「あ!だからホテルの受付で顔隠してたんだ?」


「念には念をだ…俺が王宮に仕えていれば必ずそうする」


部屋に入り込む美味そうな匂いが入ってくる。

外をうらめしそうに眺めるフィーナ。


「せっかく美味しそうなお店がたくさんあるのになぁ…」


フィーナの落胆した顔にゼンも気の毒になる。

ふとテーブルに置かれた紙に気づき、ゼンがささやかな代案を出した。


「ルームサービスってのを頼んでみるか?少し高いがなんか美味そうだぞ?」


フィーナは明るい顔を取り戻し、ウキウキしてメニューを指差して嬉しそうに悩んでいる。


やがて、ゼンは牛肉のフィレステーキとフィーナはオムライスと牛スネ肉のシチューを頼んだ。


「楽しみ楽しみ♪」


部屋に置いてあるナイフとフォークを持って今か今かと待ちわびるフィーナにゼンがツッコむと部屋のチャイムが鳴った。


「お、意外に早いな!」


ルームサービスが初めてのゼンは(こんなものか)と気を留めずにドアを開ける。




にげれねぇって言ったろ?」




ホテルスタッフではなく、先ほど戦ったヴェトンだった ーー


ヴェトンは立て掛けてあるシュヴァイツアーを指差してゼンを睨みつけた。


「こんな美味そうな匂いを辿れば探すのなんてわけねぇよ」

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