第7話 急 その②
「あんまり深く考えなくていいんだよ」
俺は花音に少しだけ笑いかけると、彼女は下を向いたまま顔を上げようとしない。
どうやら傷つけてしまったらしい。
「‥‥游」
修人はどこか痛みをこらえるようなそんな顔でこちらを見てくる。
全くコイツはいつも通りの優しい奴だ。
安心した。
「後処理は、任せるぜ。
なんでこうなってるか分からんが、花音もクラス会までには感情の整理できるだろう?」
俺は修人の肩に手を置き、そう耳打ちした。
「‥‥・游はこないの?」
「あぁ。もう1つやり残したことがあるからな。
失恋お疲れ様パーティーはまた今度開いてくれ」
俺がそういうと、修人は眼を見開いた。
どうやら、俺と修人は本当に親友のようだった。
俺は、振り向かずに駆けだした。
男同士なら、気持ちは伝わるだろう。
親友だろう?
「游ッ
頑張ってこいッ」
彼は、俺に向かって、普段の彼とは違う。
よく通る声で、そう激励した。
‥‥頑張るよ。
俺は心の中でそう応えた。
いつまでも、過去に引きづられるワケにはいかない。
游の背が遠ざかっていくのを見ながら、僕は心の中に押し寄せる寂しさに耐えていた。
多分、游は花音を好きだったけど。
それ以上に、今は大切なことがあるのだろう。
それは熱に浮かされるようなものではないのかもしれないけれど、それでも花音よりも大切な誰かがいるのだろう。
今の游は、これまで見てきたどんな時よりも明るい顔をしていた。
自分の為には頑張れない人がいる。
だからこそ、游は花音に付き合ってほしいではなく、好きだったという文字通り『告白』しかしなかった。
答えが欲しいのではなく、報告で終わった。
自分のことなら、全部どうでもいいくせに。
誰か一人のためなら、どこまでも本気になれる。
……そういう奴なんだ。
それは、つまり―――
「游は、馬鹿だなぁ」
バカ真面目、誠実バカ。
僕の親友はどうやら、全く救いようがないけれど、愛すべきバカのようだった。
「花音はどう思う?」
僕は、力強く手を握って来る彼女を見た。
「‥‥」
花音は何も言わなかった。
だけど、彼女は少ししてから、ぷふッと噴き出した。
どうやら花音は泣かなくてもいいくらい。
花音を笑わせてしまうくらいに。
僕の親友は強いらしい。
「‥‥行ってらっしゃい」
花音がそう呟くのが、横から聞こえた。
俺は、駆けだしながら、色々と考えていた。
結局、あの2人に進学先を伝えなかった。
実家を処分することも。
二度と、いや少なくとも当分はこの地へと帰ってくるつもりがないことも。
両親が死んで、保険金がかなり入ったため、大学には十分通えるのが分かった。
でもそんな時実家は、俺にとっては不要なもので、到底管理できるような代物でもなかった。
だから、全部処分することにした。
いい思い出も多いが、逆に嫌なことまで思いだしてしまう。
だから、本当に大切なもの以外全てを、捨てようと思った。
俺は多分両親が好きだったのだ。
当たり前に、父親と母親がいて、俺はそれだけで良かったんだ。
大切にすることと、囚われることとはまた違う。
捨てるのは、思い出ではないのだ。
いい訳かもしれないけど、少なくとも今の俺はまだちゃんと悲しめないから逃げるんだ。
――――いや、違う。
悲しめたんだ。
悲しんで、ちゃんと吐き出させてもらって、だから前に進むんだ。
俺は、携帯端末を取り出して、一度としてかけることがなかった相手へと通話をかけた。
望外に、その相手はすぐに出た。
相手が何かを言い出す前に
俺は、
「今から会えないかな?」
そう言った。
「‥‥うん。いいわ」
彼女は――天瀬 星那はそう言って、深いため息を吐いた。
彼から電話があって、私は彼を探し回っていた足を止めた。
「今から会えないかな?」
彼は、そう言った。
その声を聞けただけで、私は酷く安心してしまった。
「‥‥うん。いいわ」
深いため息が漏れる。
それから、図書館前の公園で待ち合わせることになった。
私は通話を切る。
そこで、トントンと肩を叩かれた。
振り返ると、私に彼と寄白さんのことを知らせてくれた友達だった。
「さっきの雪舟くん?」
彼女はそう問うてきた。
「‥‥うん」
私は答えた。
「‥‥私には星那がなんで雪舟くんにこだわるのかは分からないけど」
恐らく、彼女は私を止めに来たのだろう。
状況だけ見れば確かに、続いて告白されると思うのは私だろうし。
「――でも止めるのはやーめた。
惚気かよぉぉぉもうぅぅぅぅぅぅぅ」
彼女はそう言って、私を一度だけ見すえると、急に抱きしめてくる。
「雪舟くんは多分いい人だけど、それでも星那を泣かせたらぶっ飛ばすって言っておいて」
「‥‥うん」
私は彼女に彼のこれまでのことを相談していた。
だからこそ、彼女は何も言わないでいてくれる。
彼女は私を離し、もう一度こちらを見る。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
私はそれだけ言って、また駆けだした。
俺が公園に着くと、彼女はすでに来ていた。
今さら気付いた。
天瀬さんは綺麗な人だった。
背筋はいつも真っ直ぐで、肩まで伸びた青みがかった黒髪は毛先だけが少し内側に流れている。
どこか幼さの残る顔立ちなのに、凛としていて近寄り難い。
だから今まで、"副会長"としてしか見ていなかった。
いや。
綺麗だと知っていたのに、今まで見ようとしていなかっただけなのかもしれない。
大切だから、そういう目で見ることが躊躇われた。
それでも、色々と感情あれども、彼女にはちゃんとお別れをいいたかった。
彼女だけが俺の悲しみを受け止めて、ちゃんと見てくれたから。
「‥‥ごめん。呼び出しておいて、遅くなったね」
「別に構わないわ」
彼女は少しだけ怒ったように、そう返してくる。
「怒ってる?」
「いいえ、別に。
それよりも雪舟くんは随分と、大変だったみたいね?」
お耳がお早いことで。
なんて返したら、多分不機嫌になるだろうな。
「…まぁ、うん。全部これでやっと終わるからね」
俺はそう返した。
「‥‥」
彼女の切れ長な目尻が少しだけ上がる。
彼女はどうやら表情が変わりにくいと、言われがちらしいが、俺にしてみればかなり分かりやすい方だと思う。
「‥‥天瀬さん、これまでありがとう。
天瀬さんがいたから、俺は多分ギリギリ卒業できた」
俺は彼女の世話焼きを思い出す。
彼女はかなり人がいいから。何かと挫けそうになる俺に、色々なサポートをしてくれた。
大学進学についてもそうだ。
俺は多分1人なら、最後まで持たなかった気がする。
頑張ったとて、その先が見えないのなら、就職した方がいいんじゃないかとそう思っていたから。
生徒会の仕事も、俺の要領の悪さを小言を言いながら、毎回彼女だけが助けてくれた。
俺は彼女に何も返してあげられない。
何もあげることができない。
でも、だからこそ
「ありがとう。
君のおかげで、学校生活がとても楽しかった。
もう二度と会うことはないだろうけど、君にはちゃんと感謝を伝えたかったんだ」
俺は彼女がくれたものを1つ1つ思い出しながら、そう言った。
「‥‥君は頑張り屋さんだから、頑張りすぎないで、夢を叶えてね」
俺は、自分がもつ出来得るだけ優しい部分を込めるように、そう言った。
これで良かった。
彼女に何もしてあげられないことだけがとても残念だけど、筋は通せただろう。
「それじゃあ、時間を取らせて‥‥」
俺がそう言おうとすると、
「そう言えば、雪舟くんには私の進学先言っていなかったわね?」
「そう言えば、たしかに。
でも、内緒だったよね?」
「貴方と一緒」
「うん。
―――――――――――うん?」
彼女は何処かいたずらっ子のように笑った。
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