第8話 急 その③ 最終話

「・・・えっと、つまり?」


「大学が一緒ってことね」


なるほど。

どういうことなんだ?


「貴方と私が通う大学って、特に医学部に力を入れている総合大学なのよ」


「そうなの?」


「雪舟くんは、受験勉強で精一杯だったから、そこまで調べられなかったのは仕方ないわ」


うぐっ。


俺は元々、頭が特にいいタイプではないので、かなり精一杯だった。

一方で、彼女も相当に努力を欠かすことは無かったが、俺ほど悲愴感に溢れてはいなかった。


「なるほど?

・‥‥つまりは、別れの言葉はいらなかったということ?」


「そうなるわね」


彼女はあっさりと首肯した。


滅茶苦茶恥ずかしい。


「‥‥天瀬さんは、人が悪いな。

何度も進学先聞いたのに、答えてくれなかったじゃん」


「まぁ、ようやく分かったのね?

私は雪舟くんが思うほどいい人ではないのよ?」


彼女はしたり顔で、そんな風に嘯いた。

どこまでも澄み渡る冬空のような、清々しいまでの笑顔だった。


「‥‥でも、学部も違うし、もう会うことは少なくはなりそうだね」


俺は少しだけ悲しくなって、そう言った。

俺は、彼女と同じ大学なのはとても嬉しいが、多分これきりになるだろう。


医学部ともなれば、とても忙しいらしいし、勉強もこれまで以上に頑張る必要があるだろう。


これまでは、生徒会という繋がりがあった。

しかし、これからは俺とは住む世界も、見ている世界が大きくかけ離れるだろう。


元々、俺と彼女の間にはそれほどまでに距離があるのだ。


そこに悲嘆はない。


俺は俺なりにやれるだけをやっていたし、思い残すことなど後悔などないほどに頑張ってきた。


それに何より、彼女が頑張っている姿を見てきた。


勤勉で、真面目で、世話焼きで、時々意地悪で。


だから、彼女は彼女なのだ。


「――――――――――それについてなのだけれど」


彼女は珍しく歯切れ悪く、こちらの顔色を窺ってくる。


「雪舟くんは、住むところとか決まっている?」


「うん?」


話が読めない。


「‥‥決まっているの?」


「いやぁーまだまだ。

前にも言ったけど、実家の処分もあるし、探すなんてとても手が回ってないんだよ」


俺が手を振りながらそう答えると、彼女はなぜかとても安心したような顔になる。


「―――――それなら」


彼女は、少しだけ頬を染めて、こちらを真っすぐに見据えてくる。


「私と一緒に、住んでくれませんか?」


そう言って、蕾が花開くような、初々しい笑顔で微笑んだ。




「…それは、ルームシェア的なアレ?」


「そう。

 ‥‥雪舟くんがいいなら、同棲といってもいいわ」


「照れるなら言わなきゃいいのに」


俺がそう返すと、彼女は顔を背けた。

どうやら本気で照れているらしい。


「…話自体はありがたいんだけど、でも天瀬さんのご両親に悪いよ。



 ――――あとそもそも、そんなことを好きでもない男に言っちゃダメだ。

 

天瀬さんは美人だから、特に気を付けなきゃダメだよ」


勘違いされる。

俺がそういうと、彼女は顔を伏せた。


「‥‥雪舟くんは」


天瀬さんは、勢いよく顔を上げると、いつものような呆れたような顔を見せる。


「‥‥少し私の話を聞いてくれる?」


「うん」


「私の家ね。

 それほど、仲がいい家族ではないの。

 代々、医者の家系でね。お父さんもお母さんもとても忙しくて」


彼女は少しだけ悲しそうに続ける。


「3人で、食事を取るなんてことも数えるほどしかないし、あまり家にも帰ってこない。

‥‥だけどね、私は両親の仕事はとても尊敬しているから、だから同じ職業を目指した訳だし」


―――でもね。

—―――—―――—―――—家族としては。


その先は、彼女は言わなかった。


「だからね、割と放任というか、何でも1人で決めても、興味がないというか」


俺は、もうその先は言わせたくなかった。


「…辛かったね」


俺はそんな陳腐な言葉しか吐けない自分を、呪った。

彼女にそんな顔をさせたくなくて、でもその痛みを憐れむことは彼女への侮辱のような気がして。


「―――だから、私は誰かと一緒に住みたい。安心して帰れる場所に雪舟くんが居てほしいの」


それは、多分。

心の底からの本音だったのだろう。


彼女の声は震えていたし、瞳も揺れていた。


「一緒に住もうか」


だから、ついそんな言葉が出てしまった。


「‥‥うん」


彼女は、一度だけ大きく、瞬きをして。


そしてこくんと子どものように頷いた。




「本当にいいの?

 ――私と一緒に暮らすとかなり面倒よ?」


「例えば?」


「……洗濯とか」


彼女は、少しだけ考えてから、そう答えた。


「できないってこと?」


「…………」


彼女は、頷いた。


「そんな訳ないでしょ?」


俺は思いっきりつっこんだ。

とんだ、大ほら吹きがいたものだ。


「天瀬さんが、洗濯機の使い方分からない人には見えないんだけど」


「そうかしら」


「そうだよ」


俺がそう返すと彼女は少しだけ目を逸らした。

相変わらず嘘が下手だ。


「‥‥じゃあ、お料理とか?」


「基本的に、自分でお弁当を作って来る人が?」


彼女はまた視線を逸らす。

今回は、明らかに選択肢ミスというか、墓穴を掘った。


「…俺もこの1年1人でなんとか自分でやってきたからさ。

もし何かできなくっても、俺がカバーするよ」


本当にこれでいいのだろうか。

俺は今ノリで、一緒に住むなんて口走って、あまつさえ自分で説得しようとしている。


最初は繋りを切るために来たのに。


…一緒に居たいんだろうなぁ。


今は、修人よりも、花音よりも。


「だから、俺がダメな時は、また支えてほしい。


 ‥‥こんなことを頼むのは情けないんだけどさ」


気付いたら、そんなことを口走っていた。


彼女は驚いたように顔を上げる。


そして、


「えぇ。

 雪舟くんは、私が支えてあげる」


彼女はそう言って、本当に優しく笑った。

俺も、その顔を見て、つられて笑ってしまった。



「あぁ、そう言えば―」


彼女は笑い合ってからしばらくして、そう切り出した。


「今日は、卒業式だったわね」


「そうだよ。

 というか、さっきみんなに送り出してもらったじゃん」


「生徒会のみんなも、泣いてくれたわね」


彼女はしみじみと言った。


「…副会長冥利に尽きるねぇ」


「いいえ。私だけじゃないわ。

 あれは、貴方が卒業することにも泣いてくれていたのよ?」


「そんな訳ないでしょ?

 天瀬さんに泣いてたよ。みんな、君がいないと悲しいんだよ」


「全く、貴方って人は‥‥」


俺がそう言うと、彼女は何か言い返そうとして、途中でやめる。


「‥‥もういいわ。

 一つだけお願い。

 少しだけそこに立ってもらっていい?」


彼女は、自分の丁度対面を指さした。


俺は黙って従った。


「ちょっと?」


「動かない」


「え?」


彼女が俺の胸元へ手を伸ばす。


何をするのか理解する前に、


ぶちっ。


「……」


「……」


「……天瀬さん?」


彼女は何事もなかったように俺の学ランのボタンをポケットへ入れる。


「どういうこと?」


「…游くんを逃がしてあげないってこと」


彼女は、機嫌が良さそうに鼻を鳴らした。


俺は、再び自分の学ランを見下ろした。


そこには、上から2番目のボタンが欠けている。


胸元が少しだけ、ボタン1つ分だけ軽い。


それだけだ。


それだけのはずなのに。



俺にとってはそれが、何か心の大事な部品を持って行かれたような。



そんな気がした。





 






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