第5話 破 その④

いつも通り私と彼が仕事をしていると。


「ご両親が亡くなった」


慌てたように生徒会室に駆けこんできた彼の担任は、極めて落ち着けるように、そう言った。


「‥‥そう、ですか」


彼―雪舟 游はそれを聞かされた時、顔色1つ変えなかった。


「病院はどこですか?」


私は、堪えきれなくなって、そう問うた。


「駅近くの県立病院だ」


担任の先生は、彼以上にひどく狼狽しながらそう答えた。

保護者が亡くなったのだ。無理もない。


「‥‥何してるの?」


私は一向に動こうとしない彼を見つめる。


彼はどこか、気の抜けた。それならまだいい。


もっとちゃんと言えば、今の彼はいつもと違い、それこそ他人行儀のような冷たさを持っているように見えた。


「もう死んでるなら、いつ行ったって変わらんでしょう?」


優しい彼らしくもない。


いや―――多分。


「......大丈夫だから。

・‥‥一緒についていくからとにかく行きましょう?」


私が彼の背を優しく撫でると、彼は少しだけ頷いた。


私と彼、そして担任と伴って、病院に向かった。


しかし、結果だけ言えば彼には死体が見せられなかった。


無論、私と担任にも。


これは、後から聞いた話だが、彼のご両親は事故死だった。


対向車の信号無視で、その対向車の運転手もまた死亡していた。


この日たまたま、ご両親ともに仕事がお休みで、買い物をしていた帰りだったそうだ。


対向車のスピードが出ていたあまりに起きた事故で、相当なもので、車はもはや原型を残していなかったようだ。


つまりはご両親の死体についても――――



これを聞いた時、彼は何を思ったのだろう。


彼は泣けたのだろうか?


彼は怒れたのだろうか?


私はそんなことばかりを考えていた。





それから、葬儀があった。


私も、同級生同様参列することになった。


喪主である彼は、とても忙しそうだった。

恐らくは、ご両親関係の方々なのだろう。


入れ替わり、立ち代わり、彼は挨拶をしていた。


寄白さんや江崎くんたちも、傍には居たが状況が悪いと思ったのだろう。


すぐに離れていった。


私は何か言いたかったが、どうしても踏み出せなかった。


「ご両親を亡くしたばかりなのに、立派ねえ」

「本当にそう。全く、可哀そう」


葬儀の参列者の中には、そういうことを言う声が聞こえた。


実際、今の彼は立派なのだし、可哀そうな人なのだ。


だけど、それだけに痛々しくて、見ていられなかった。





それから数日が立った後、彼はまた学校へやってきた。


幼馴染の2人も最初こそ彼をかなり気遣ったいたのだが、彼があまりにも『普通』だったから。


気持ちの整理ができたと少しだけ安心したのかもしれない。


ただ、私にはそれが少しだけ心配だった。


時折見せる、彼の影の負ったような顔。


思いつめたような顔が、脳裏から離れなかった。


「少し生徒会を休みなさい」


私は思い切ってそう言った。


「心配しなくても大丈夫だよ。

家に帰っても気が滅入るばかりだしね」


彼はそう言って、少しだけ微笑んだ。

その顔は、以前のものと変わらなかった。


でも少しずつ、彼は変わりだした。


以前よりも、勉強に励むようになったのだ。

あとは、前はあまり見せていなかったが、よくイヤホンをするようになった。


カナル型の有線タイプ。


耳を覆えるようなもの。


私は進学クラスの中でも、更に特別なコースだったので、クラスがそもそも違うので教室の様子を見た訳ではない。


でも、今まで以上に真面目になった。

そんな噂を耳にした。


高校2年生の1月であれば、受験生なら本気になってもおかしくはない。


確かにそうだ。

だから、周りもそれほど気にしなかったのだろう。


会話が減ったとか、そういう話ではなく、参考書を開いている間は必ずイヤホンをしていた。


その様子は、生徒会室の仕事前でもよく見られた。


「‥‥・音楽好きなの?」

「いや、そういうんじゃないんだ。

音楽流している訳じゃなくて、ただつけてるだけで、こっちの方がなんとなく集中できる気がするんだ」


彼は少しだけ恥ずかしそうに、頭を掻いた。


「副会長はそういうのない?

例えば、勉強中に音楽聞くと集中できるみたいな?」


「‥‥私は、あまりそういうのはないわね」


やっぱり、こういうの使わなくてもいいんだねぇ。

彼は感心したようにそう呟くと、また笑って、参考書に視線を落とした。


この頃から、より一層彼は私の名前を呼んでくれなくなった。

私を嫌っているというよりも、少しだけ距離を置きたがっているようにも見えた。


彼は以前よりもよく笑うようになった。



私はその笑い顔が嫌いだった。



それから更に1か月。


私は彼との微妙な距離感に煮え湯を飲まされる感覚に陥っていた。


違う。


それ自体は悲しいが、そうじゃない。

私には彼のことで懸念していることがあった。


「游は、大学どこ行くの?」


「一番近い、国立大学とかかなぁ?

 まぁ、結果次第だけど」


「修人は、推薦来てるんだったな?」


「うん。

かなりサッカーに力入れてるところ」


廊下で、そんなやり取りを聞いた。

私は咄嗟に隠れて、盗み聞きした。


「そして、花音の志望校でもあるんだろ?」


「‥‥‥うん」


「花音はぁまぁ受かるだろうし、いいじゃん同棲とかしちゃえよ。

バカップルめ」


雪舟くんはそう言って、揶揄うように笑っていた。


「‥‥游とは離れ離れになるね」


江崎くんは少しだけ悲しそうにしみじみと言った。


「今生の別れって訳でもないし、また会えるさ」


雪舟くんは笑って返した。


しかし、私は知っていた。



彼の志望校は、彼ら幼馴染とは違う場所ではあるが、少なくとも地元から離れることを。


彼はあえて隠したのか?


何もかもから逃げてしまいいたかったのだ。

多分、この土地から。


あるいは、人間関係から。


それに気付いてから、私はもう遠慮することを辞めた。


私は彼が自分で切ろうとしているものをつなぐことにした。


「ちょっと来なさい」


「は?

 え、ちょっと、副会長?」

私は、放課後生徒会室に向かおうとする彼の腕を掴み、有無を言わさず空き教室に連れ込んだ。


先ほどまた、副会長と呼んだことに私は更にかちんと来る。


「貴方、最近大丈夫?」


開口一番、私は一番の懸念点を聞いた。


「大丈夫だよ、副会長」


「大丈夫じゃないでしょう?

 最近明らかに無理してるわよね?」


私はこの時、少しどうかしていた。


「無理はしてないよ。

 それより、聞いたよ。

 また模試の判定よかったんでしょ?」


彼がそんなことを言って、はぐらかすのが許せなかった。


「そんなことは今はどうでもいいでしょう?

それよりも貴方、最近寝れていないわね?」


「そんなことは…」


「ある。

 顔を見ればすぐに分かるわよ」


私は、以前に自分が指摘された通りのことを言ってやった。


「副会長は探偵にでもなれるんじゃない?」


雪舟くんはまたはぐらかす。

それがなお、私の苛立ちを大きくさせる。


「そうね。

 それより、合ってるならいつから?」



「どうでもいいでしょ?」


雪舟くんが本気で踏み込んでほしくないのが分かる。

でも、彼はこちらが気にしてほしくないことを気付くし、髪型が変わっただけで、褒めるようなちゃんと見てくれる人なのだ。

だから、少しはこちらにも見させてほしかった。


「どうでもいいかを判断するのは私。

 貴方の意見なんて求めてないの」


かなり横暴だったが、彼なら許してくれるだろう。

そういう優しい人だし。


「―――――ご両親の件があった時期から?」


「‥‥」


この時ばかりは、雪舟くんは何も答えなかった。

図星だったのだち思う。


目を伏せて、決してこちらを見ようとしない。


「―――話ぐらい聞くわよ

どうせ、貴方は自分のことを話したがらないから、相談できなかったのでしょう?」


言ってほしい。ぶつけてほしい。

貴方は、言えない人だから。


「‥‥友達はいるよ」


「貴方に頼るだけで、貴方の異常に気付かない人間を、貴方は友達と言うの?」


「所詮他人なんだ。

 みんなそんなものだよ。副会長は底抜けにいい人だから気付いただけで…」


いい人。

私は彼にとってそういう人なのか?


多分違う。

私は利己的で、彼のことなんて考えてない。


「それでもいい。

 気付かないなら、気付かれないなら、貴方は誰かを頼るべきよ。

 甘えるべきなのよ」


でもだからこそ、言いたいことをちゃんと伝えよう。


「――――――もう一度ちゃんと聞くわね。

 

 貴方は、今つらい?」


「‥‥」


雪舟くんはは何も言わない。


数瞬、間が空く。

永遠にも思えるような長い間だった。


私は彼の頬に、両手を添え、無理やり顔を上げさせる。

逃げようとする彼の顔を、視線をしっかりとこちらへと向ける。


じっと、彼の黒い瞳を見つめる。


しばらくして、彼の瞳が揺らぎだした。


私はそれを見て、本当に心から安心した。


「…………めちゃくちゃつらい」


絞り出したような声だった。


瞳から、涙があふれ出す。

私は指で、彼の瞳を拭ってやった。


「‥‥全く、最初からそう言いなさいよ」


私も何だか、泣きたくなって、彼の首に手を回し、私の顔を見せないように彼の頭を胸に抱いた。


そして、優しく。

自分が持つ温かさを伝えられように。

私は彼の柔らかい髪に指を滑らせた。


多分、私はずっとこうしてあげたかったのだ。


「……頑張ったわね」


返事はない。


「本当に、よく頑張った」



私はきっと、そういう子どもに言うような当たり前のことをずっと伝えたかったのだ。


私は彼に見えないように少し泣いた。



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