第4話 破 その③
私には好きな人がいる。
その人を好きになったのは、必然だったのだと思う。
雪舟 游。
モサモサとした黒い蓬髪に、中肉中背の体。目に見えて、鍛えているようには見えないが、かと言って細すぎるという訳でもない。
顔立ち自体も、特別整っているという訳でもないが、何となく温和そうで安心感がある。
…最後のは私の単なる感想だ。
ともあれ、彼は一般的に見て、飛び抜けて魅力的な人物とは言えないだろう。
言ってしまえば、減点は少ないが、加点も殆どない。
恋愛市場を鑑みれば、その程度の評価に落ち着くと思う。
私は市場価値を気にしないほど、人がよくない。
だから、これは多分惚れた弱みなのだ。
私はそんな彼が誰よりも、何よりも、愛おしくてたまらない。
理屈なんてなくとも、天瀬 星那(あませ せな)は雪舟 游に恋をしていた。
きっかけは何だっただろうか。
しいて言えば、生徒会の仕事だろう。
「天瀬さん、いつも手伝ってくれてありがとね」
彼はそんな風に言って、いつもそう言って自分1人で生徒会の面々が全員帰った後、その片付けをしていた。
「…それは別にいいわよ」
私は、そう素っ気なく返した。
そもそも、言いたいことは山ほどあった。
いくら、後輩だからといって、その他のメンバーの同級生たちにも手伝わせればいいものを、自分だけがやって。
その他のメンバーはいつも、体のいい言い訳で帰っているのに。
彼は押し付けられても何も言わなかった。
それに苦言を呈しても、彼は「みんな忙しいんだし、別にいいんじゃない?」
そう言って、黙々と1人で続けている。
最初はイライラした。
利用されているのがどうして分からないのかとか、言いたいことは大体いつも同じことなのだ。
どうせ、彼は変わらない。
それに気付いてから、見て見ぬふりも出来なくなって、私は手伝い始めた。
無論、手伝う以前に、私もやるつもりだったのだが。
ある時、
「天瀬さん、この時間にまだ友達が学校にいる?」
生徒会の仕事終わりいつも通り、一緒に片付けをしていた時に、彼はそんなことを言ってきた。
「?
‥‥まだいると思うけれど」
「じゃあ、天瀬さんはその友達と一緒にすぐに帰らなきゃ」
彼は珍しく、きっぱりとした表情で、こちらを見据えた。
「‥‥雪舟くんはどうするのかしら?」
「俺は仕事を片付けてから帰るよ。
天瀬さんは今日ずっと体調悪いでしょ?
フラフラじゃん」
気付かれているとは思わなかった。
いや、誰も分からないと思っていた。
誰にも言うつもりは無かった。
「――――――なんで?―――分かったの?」
「うん?そりゃ分かるって。
明らかに寝不足でしょう?
天瀬さんは真面目で化粧も殆どしないけど、今日は隈を隠そうとして少ししてるし」
美人だと、化粧しているのが分かりやすいね。
彼はなんてこともないようにそんな風に言ってのけた。
私は、ある事情から勉強に励まなくてはならない理由があって、今日は午前中にあった模試のために心血を注いでいた。
それ故に、少しばかり無理をしていた。
「天瀬さんは、お医者さん志望だったよね?
天瀬さんはちゃんとしている人だから、間違いなく成功するんだろうけど。
多分、自分を律しすぎて、頑張りすぎてしまうから気をつけてね」
彼は固まる私にそれだけ言うと、仕事に戻っていった。
多分彼にとって、この言葉はなんともない当たり前のことを言っただけだったんだろう。
「‥‥そんなこと、言われなくたって」
でも、この時の私はいつも以上に彼にイライラしていて、つい。
「雪舟くんに何が分かるのっ」
彼の背に向けて、叫んでしまった。
彼はぎょっとしたように、振り返る。
どうやら、大声を出した私が相当に珍しかったみたいだ。
「―――分からないよ。
でもね、君はすごく頑張り屋さんで頑張りすぎてしまう人なのは知っているから。
つい、偉そうなことを言っちゃったんだ。ごめんね」
彼は申し訳なさそうに、そう言って頭を下げた。
何を言っているのだろう。
この男は。
率直に、そう思った。
勝手にヒステリックに叫んできた女に、どうしてこう落ち着いていられるのだろう。
なんで、私は彼に叫んだんだろう?
甘えだ。
多分彼なら、彼だったらこういうことを言ってくれるのが分かっていたから、ぶつけたんだ。
私はいたたまれなくなくなって、結局その日は生徒会室から飛び出していった。
そして、次の日、彼に謝ろうと、会いに行くと、彼の方から近づいてきた。
彼は何か、紙袋を持っていた。
「あ‥‥」
私が何か言う前に、彼はにこにことしながら、その紙袋をこちらに渡してきた。
「昨日はごめんね。
お詫びと言ってはなんだけど、良かったら使ってみて」
彼が差しだした紙袋の中には、ホットアイマスクと幾つかの紅茶パックが入っていた。
紅茶のパックは、カモミールティーのものだった。
「‥‥貴方は、どこまで馬鹿なの?」
私はもう抑えが利かなかった。
「貴方は、昨日、理不尽なことで私に怒鳴られたのよ?
私が謝るのは、当たり前としても、貴方が謝る理由なんてどこにもないでしょうッ!?」
「…そうかもしれないけど、俺が君に単純に謝りたいと思ったんだよ。
天瀬さんは頑張り屋だから、いつも誰かを甘やかしてばかりだから、たまにはあぁいうのがあってもいいんじゃない?」
そう言って、彼は困ったように頭を掻いた。
その様子があまりにも、愚かで。
そして、彼が本当にいい人なのが分かって、そしてそれがとても悲しくて。
私は泣いてしまった。
その様子を見て、彼はとてもオロオロとしていた。
いつも自分が辛い時は飄々としている癖に、他人の時になると彼は慌てるのだと分かり、私は更に切なくなった。
ともあれ、その一件以降、私と彼の距離は近付いた。
そして、進級し、私たちの二度目の生徒会選挙があり、私は副会長になり、彼は庶務として再選した。
「副会長が居てくれて助かったよ」
「…そう」
再び会った際、彼はそう言ってくれたのだが、私は素気なく返した。
この頃になると、もう彼が誰にでもこういうことを言うことが分かっていたというのもある。
それ以上に目下、とても気になることがあったのだ。
それは、彼が生徒会選挙の応援演説で頼んだ2人のことだった。
1人がサッカー部のエースの江崎 修人。
爽やかな美形で、性格の良い彼は女子の中でもかなりの人気があり、男女ともにかなり好印象な人物だった。
とは言っても、彼がおおっぴらにモテている訳ではない。
ともいうのも、彼が選らんだもう1人。こちらのためだった。
寄白 花音。
彼は彼女に想いを寄せていたからだ。
彼女も彼女で、江崎くんに負けず劣らずの人気者で、それは容姿だけに留まらず、能力的な部分の両方の面で、ある意味においてお似合いだったように思う。
まだ付き合ってこそいないが、つき合うまで秒読みくらいだったのではないだろうか。
そんなことを思うほどに、江崎くんは分かりやすく彼女に想いよせていて、彼女もまた同じくらい大きな矢印が向いていた。
そんな状態で、彼はこの2人をわざわざ応援演説として呼んだ。
彼らは幼馴染として、学内でも有名だった。
つまりは普通に考えれば、彼の考えなど明白だった。
でも、そんな中で私の考えは少しだけ違った。
いや、精確に言えば、無理とまでいかないにしても、さっさと目の前から2人がかなくなってほしいのではないかと思った。
はっきりと言えば、彼の寄白 花音を見る目が私に向けられる目よりも少しだけ優しくて、そしてとても悲しそうだったから。
見るのが辛いから、強制的に自分から距離を取ろうとしているように見えた。
その為の最後の関わりだったのではないかと。
勿論、これは想像で実際どうだったのか分からない。
そして、案の定彼らは、雪舟くんが当選した後、付き合い始めた。
当たり前だ。私はそう思った。
十中八九、彼は自分のアピールポイントを2人に任せて、練習する時間をわざわざ持たせたのだから。
雪舟くんの寄白さんへの向ける瞳に気付いたのは偶然だった。
でも気付いて、その後のあれこれを見て、私は妙にむしゃくしゃしていた。
私は、彼の瞳が
どうなってほしかったのだろう?
そんな時だった。
雪舟くんのご両親の訃報を聞いたは。
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