第3話 破 その②

僕には幼馴染が2人いる。


一人は僕の彼女の寄白 花音。


もう一人が、親友の雪舟 游。


僕たちはいつも3人で一緒に居た。


高校3年生の2月末。


「修人、花音に告白させてくれ」


游がそれを言った時、僕は酷く狼狽した。


「‥‥それって、どういうこと?」


「付き合ってくれとかそういうんじゃあないんだよ。


まぁ気持ちを伝えて、フラれて終わりだろうな」


游は淡々とそんな風に言って笑った。それは好きな女を想う顔ではなかった。

それはまるで――。


「そうじゃないんだよ。


游、君、何時から花音のことを好きだったの?」


「んー中学か?


いや高校に入ってからか?


精確な時期はちょっと分からないな」


「その時期、僕は相談してたよね?


 なんとも思わなかったの?」


僕が恐る恐る聞くと、游は噴き出した。


「これ絶対言うなよ?


俺さ、花音からお前と付き合いたいって相談を同じ時期に受けてたんたぜ?」


游は少しだけ懐かしそうに目を細める。


「まぁともあれさ、こっちからしたらさっさと付き合ってくれた方が助かったんだよな」


游は面倒そうに愚痴る。


「――――――それなら、どうして今になって告白するの?」


「なんかモヤモヤするからじゃないか?


これから友達を続けるにしろ、疎遠になるにしろ、なんか気持ち悪いんだよ。


ちょうど節目だし、すぐ忘れるだろうし」


游は他人事のようにヘラヘラと笑った。


「君が本当にそういう気持ちならいいんだ。


でもさ僕には―――――――――」


「いい加減、その僕っての辞めろよ。

マジで舐められるというか、サッカーの時のノリノリの方が絶対印象いいぜ?」


游は遮るように、そう言った。


「言いたいことは分かってる。

でも、これは俺が決めたことで、前を向くのに必要なことなんだ」


游は真剣な瞳でこちらを射貫く。

いつも優しくて、柔らかい彼らしくない瞳。


「だから、修人には悪いが――」


「分かったよ。

頑張ってこい、ウチの彼女は僕に惚れてるから無理だろうけど」


「愛してるぜ、親友。

 まぁどうせ時間は取らん。

 卒業式の日に彼女を数分借りるぜ」


卒業式。


式が終わり、游に呼び出された花音は泣いていた。


僕は、花音の横に立って、彼女の手を握りしめた。


「―――私ね、游に告白された」


「うん、知ってるよ。


僕に先に話を通したからね、游は」


「ッ、馬鹿じゃない⁉


なんで⁉勝手に告白ぐらいすればよかったのに」


どうやら花音は、怒りと悲しみが入り混じっているようだった。


なぜ、そうした気持ちがあるのか。


游のこれまでを見てきたものならば、少なからず気持ちが分かる。


「でもそれができないから、游は游なんだよ。君だって知ってるでしょ?」


鼻をすする音が聞こえる。

空いた左手で、顔を拭っている。


「―――私ね、游の気持ちに気付いていたの」


「ん?

 え⁉マジで⁉

 ウッソでしょ⁉」


僕がそんな風に聞くと、花音はやっぱり気付いていなかったんだと言って、微笑んだ。


「多分、中学生くらいじゃないかな?



游さ、凄く分かりやすいんだよ。


なんていうか、好きなんだろうなぁとはずっと思ってた」


花音は、目を伏せながら、そう言った。

その様子を見て、游の話を思い出した。


「‥‥じゃあなんで、游に僕のことを相談なんかしたの?」


僕は、花音の手を握る自分の左手に少しだけ力が入るのが分かる。


「游は優しいから、こういえば身を引くでしょう?」


お人好しで、自分のことなんかどうでもいい人だから。


花音はそう続けた。


僕は反射的に、叫びそうになって、花音の顔を見る。


彼女は、ひどい顔だった。

涙を流す資格がないから、我慢しようとして、でもやっぱりこらえきれなくて。

泣いていた。


「‥‥そっか、花音は後悔しているんだね。

気付かなかった僕も同罪みたいだ」


僕は空を仰いだ。


憎いほどに、今日も空は澄んでいて、美しい。


「花音はさ、なんで僕を好きになったの?


――いや、違うか。


なんで游を好きになれなかったの?」


僕がそう聞くと、花音は眼を見開いて、こちらを睨みつける。


「私が、なんで游を好きにならなきゃいけないの?」


「…好きなる必要はないんだよ。


花音は友達としては游が好きだろう?


恋愛対象になれなかった理由を聞いているんだ」


僕は彼女を責める気はない。

でも、こういっては何だが、游は幼馴染としても、人間としても酷く魅力的な人物と思えてならないのだ。


実際、花音は游とそれなり以上に上手くやっているし、傍から見てもいい友人関係のように思える。


「・・・・・自分のために頑張れない人だから」


「ん?」


「自分に価値がないと心の底から思ってて、そしてその癖、他人は大事な人だから、私は游を好きになりたくない」


彼女は少しだけ、俯いてから、顔を上げ、はっきりとそう言った。


自分のために頑張れない。


確かに、游にはそういう側面が強い。


「でもさ、そこが游の良さでもあるでしょ?


そこが原因で男として見れないの?」


僕がそう聞くと、彼女は首を振った。


「あれは良さじゃなくて、ただの代償行為。


修人はさ、凄く頑張ってるじゃない?


サッカーも勉強も、ファッションも勉強したのはその目的は何のためだったんだっけ?」


「それは恥ずかしい話だけど。


君に釣り合う自分になりたかったから」


「それはすごく嬉しかった。私はだから修人を好きになったんだよ。


でもそれは元の目的を辿れば、私と付き合いたかったからだよね?」


そうだ。僕は頷いた。

僕はそのために、あんまり興味がなかった勉強も、ファッションも努力した。


游は「イケメンなのに、なんでそんなに自信がないんだ?」とかぼやきながらも、付き合ってくれた。


「游は、そうじゃないの。


私が幸せなら、自分はどうでもいいの。


いつもそう。自分が我慢すれば、自分が努力すればなんとかなると思ってる」


そんなことある訳ないのに。


哀しそうに、花音は呟いた。

僕の手を握る花音の力が強くなる。


「困っているくせに、自分は転び慣れているからと言って助けを請わない。


誰かに利用されているのを分かっているくせに、自分を勘定に入れないから平気で自分を軽んじる」


その言葉の数々を彼女はため込んでいたのだろう。


言いたくて言えなかったのだと僕は思う。


僕は、游に言いたいことは無かったのだろうか。


「私は游を見るのが辛かった。


何か1つくらい游に良いコトがあってもいいでしょう⁉」


何を思い出しているのか、花音の顔が苦しそうに歪む。


「‥‥ご両親を亡くして。


そのくせ私はっ勝手に修人と付き合って。


泣いてたのに、私はっ」


花音はとうとう耐え切れなくなって、僕にしがみついてくる。


「―――なんで、私は游を好きになれないの?」


多分それが花音の答えだった。

恐らく、花音は游の頑張りは認めていてそれなりに好きで大切で、それでも僕のことがそれ以上に好きだったのだろう。


なんて残酷な話だろう。


いやありふれた話なのだろう。



僕は、何かを言おうとして、その声は冬の風にかき消された。


そんな時だった。


「俺の人間性じゃないか?」


淡々とした男の声がしたのは。


「游」


僕がそう呟くと、おうとそれだけ雪舟 游は言うと苦笑した。


「そんなに真面目に考えなくていいんだぜ。


 俺は俺で結構今の生き方好きなんだよ」


游はそれだけ言うと、花音には見えなかったが、世界の柔らかい部分を全て集めたような。


この世界の幸福を集めたような、そんな優しい顔をしていた。







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