#49 政治屋と戦争屋
グランダ市庁舎のビル。その最上階で、市長室の扉が開いた。チークの扉は重々しく動き、そこから現れたのは緑の小人であった。
「ご足労頂き感謝いたします、コホー旅団長」
イートン市長の喉から、合成音声が鳴った。
「して、此度はどのような御用で? わざわざそちらから訪ねて来られるようなことでも?」
「かまとと振るのはやめてくれ。わかっておるだろう、私の言いたいことなど」
「軍人は結論から話す。そうではなかったのですか?」
貼り付けたような、薄ら寒い笑み。それを睨みながら、コホー旅団長は革椅子の一つに腰掛けた。市長も、向かいに座る。秘書が茶を出して、退室した。
「リーベルの量産、許可が下りた」
単刀直入に、コホー旅団長は告げた。
「どの段階に於いて、ですか?」
静かに、だが油断のない手つきで、イートン市長は紅茶を口に運ぶ。
「量産計画の策定、と言った所だな。元々水面下で進んでいたものを、ここグランダの防衛旅団が先頭に立って率いることになった。現在は、どのようなプランで量産するかを検討している」
コホー旅団長の手は、ティーカップには伸びない。
「お飲みにならないので?」
「お主の秘書が淹れる茶は好みではない」
残念です、と合成音声が短く言った。
「話を戻そう。今検討されている量産プランは、二つ」
彼は懐から、二つ六角形の、携帯灰皿のような銀色のものを取り出した。中央には円いレンズめいたものが嵌められている。
「煙草の持ち込みも喫煙も、ここグランダでは重罪。一本持ち込めば五万クレジット」
「灰皿ではない。ホログラムディスプレイだ」
その言葉通り、レンズの上に二種類のゼロアニマが表示された。どちらもリーベルをベースとしたものだが、武装や装甲に差異がある。
「左が、アダプテッドプラン。リーベルの高い機動性をなるべく維持しつつ、コストを削減。一般的なパイロットでも扱えるよう、連射の利く火器を多数装備したプランだ」
「ふむ……こちらのデメリットは?」
どこまで伝わるものか、とコホー旅団長の短い指が顎を撫でる。
「かいつまんで話せば、リアクターのパワーが落ちている。より量産に適した、廉価なものに切り替えた都合でな」
「つまり、機動性そのものは低下していると?」
「装甲も増強された分、そうなるな。今のTPZX-36は、セイト・イミバシの近接戦闘センス、ニコの制御能力があってこそ性能を発揮できている。そこを誰にでも使えるものに、となると仕方ないことだ」
仮面のような微笑みを前に、彼は腹の内で黒いものが蠢くのを感じた。この女は、どこまで知っているのか、と。
それはそれとして、彼の指は隣のホログラムに移る。回転しているのを止めた。
「こちらはプラスプラン」
ほう、とイートン市長の喉から小さな息が漏れた。
「リーベルのコンセプトを推し進めると同時に、一対多、対艦、対要塞戦といった様々な局面に対応できるようにした──」
「万能機の開発。そういうことですね?」
言葉を奪い取られて、コホー旅団長は苦い顔をする。
「わかっておったのだろう?」
「さて。そのプランが性能過剰で、コストも高すぎる程度のことしか存じ上げませんが?」
「わかっておるなら最初からそう言え! 話す時間が無駄になるだろう!」
声を荒げた後、彼はエヘンエヘンと咳払いした。いや、咽込んだのかもしれない。
「まあ、そうだ」
息を落ち着かせながら、彼は言葉を用意する。多くの戦場を知った目は、無力感に揺られつつも目の前の政治屋を見据えた。
「イーランド社と宇宙軍省は、アダプテッドプランの制式採用という方向で調整を進めている。グランダでは、その先行量産型の組み立てと、運用テストが行われる予定だ」
「ええ、その話は既にこちらの耳に届いております。最終組み立てとリアクターの生産は、グランダが独占的に行えるのでしょう?」
やはり知っていたのか、と言ってやりたい気持ちは押さえたコホー旅団長の手がやっと紅茶に向かう。かなり濃く、蜂蜜の入った茶だ。
「これだから贅沢な女は嫌いなのだ……」
心の中で留めたかった言葉は、無意識に音になっていた。
「TPZA-648……制式採用の暁にはそう呼ばれるであろうアダプテッド・リーベルは、連射系の射撃を多く備えた機体。弾をばら撒く戦いなら、パイロットの腕もそう影響せんと考えたのだろうな」
そう語るコホー旅団長は、尻の位置を直す。外では、チウポン処刑に対する反対デモが起きていた。どこからか漏れた、リッパーとチウポンの悲劇。尋問に関わった軍関係者の誰かから流れたのだろう、とコホーは踏んでいる。
「近接戦闘に於いても、原型機と遜色ない性能は発揮できるだろう。だが……」
「だが? 何か仰りたいことが?」
「私は、軍人として六十年のキャリアがある」
紅茶の水面が、空調の風で少し揺れる。
「五十年前は、帝国によるフィザル同盟領への侵攻に対する軍事介入に参加し、感応者としてゼロアニマに乗っていた。三十年前には、前線指揮官として対マフィア戦線に立っていた」
長い話になるか、と思いながらイートン市長は茶を啜った。
「だからこそ、思う。指揮官の責務とは、部下を飢えさせず、不安を抱かせず、そして死なせぬことだと。このリーベル量産計画は、その極致と言えよう。マフィアの使うマリンクなど取るに足らぬ雑兵、と思わせるだけの機体を、安定的に供給することなのだから」
「それで、実際に生産を開始するまでの日程は?」
語ったことを全て流されて、旅団長の眉間に皺が寄る。
「設計データと初期ロット十二機のパーツを積んだ輸送船が、三週間後到着する。それから作業工程の確認や、リアクターのマッチングテストも経ることになるだろうから……」
「二か月は、かかるでしょうね」
知っていることを知らないふりで言っているのか、知らないが予測したことを言っているのか。気味の悪い女だ、と思ったコホー旅団長は、その時以降茶を飲まなかった。
「一つ、お聞きしたいことが」
そう市長に話を切り出され、彼は頬杖を突きながら不信の視線を送った。
「現在六つのクランに依頼している、護衛任務。これは、更新するおつもりですか?」
「賞金稼ぎは信用ならん。腕が確かで、マフィアや海賊に雇われることは法律上禁じられているとしても、金次第で任務を破棄する可能性も否定できん。無論、正規軍の兵士が脱走や裏切りを犯さない、とは言えんがな」
「つまり? 軍人は結論から話すものでしょう?」
この揚げ足を取ってくるような態度。彼は危うく舌打ちする所だった。
「更新はしない。八千万クレジットと撃墜手当を手切れ金として渡すだけだ。それ以降は、アダプテッドでどうとでもなる」
「では、もう一つ」
「まだ訊きたいことがあるのか。あまり私も暇ではないぞ」
「蒼天共和国から、秘密裡にリーベルに関するデータを送るよう、要請がありました」
ピタリ、半ば立ち去ろうという気持ちだったコホー旅団長の動きが止まる。
「乗ったか?」
「いえ、そこまで独断専行を行う女ではありませんから」
深く、彼は尻を背凭れに付ける。
「蒼天の、誰だ」
「
「ノービードの本星どころか、ストラト首都星にレビトン通信で伝えるべきだろう。我が国との付き合い方も、再考するべき事態となる」
「安心できました。では、私からは辞退の連絡を入れておきます」
そう言うと、イートン市長はゆっくりと立ち上がった。執務机の裏に回り、薄暗い街を睥睨する。
「チウポンの処刑は、私から圧力をかけて実行させます」
休めの姿勢で、彼女は合成音声を鳴らした。
「海賊風情に、満足な死に方などさせません」
言い放った彼女の顔は、笑ったままだ。
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