#48 制服を買いに行こう

  チウポンという大男が、ライフル型の電撃銃に囲まれ、ヲッチ号から軍の建物に連行されていく。その様を、セイトはカタパルトデッキから、何も言えないままに眺めていた。もしか、追い詰めた時にビームで焼き尽くしたほうが、まだマシと言えたのではなかろうか、と思いながら。


 右腿にある、拳銃型電撃銃。その気になれば、あのチウポンとて一瞬で殺せるだけのパワーを持つ。況や、ビームソードなら。


「でも、セイトが殺さなかったことで、情報も手に入った」


 隣のニコが、彼の手に指を絡ませながら言った。


「そうだな」


 エイダーの声は、セイトから見て幾分か高い場所から降り注ぐ。ザゲンダという種族ゆえの、大柄さだ。


「あいつらは、明確にリーベル用リアクターの製造場所を突き止めてる。地下工廠の裏切り者から情報を得たはずだ」

「だから、次はここに直接攻撃を仕掛ける?」


 セイトは問うたが、エイダーの答えはすぐには出なかった。顎を撫で、茶色い肌と赤い入れ墨の顔を少し歪ませる。


「俺が見る限り、そうはならねえように思える」

「でも、リーベル用リアクターを手にするならそれが最短で、最速です」

「そこが難しいんだ」


 セイトの眉間に皺が寄った。


「ああ、そういうこと」


 ヘルトが口を挟む。


「デンド・ファミリーにゼロアニマをゼロから開発する技術があったとして、リーベルに使われる小型高出力リアクターを製造するノウハウも技術も、ない。そういうことでしょ?」


 そこで、セイトも得心できた。


「兵器として運用することを考えれば、ある程度量産体制が敷けないといけない。つまり、ここを吹き飛ばして実機を奪うのではなく、生産能力を利用して数を揃える必要があるから──」

「都市そのものを乗っ取る」


 嫌な話だ、と言葉を引き取ったエイダーも、引き取られたセイトも、溜息を吐いた。


「でも、そんな遠回りになることはしないと思う」


 ニコの言葉を受けて、三人は視線を彼女へと集める。


「私なら、幾つかリアクターを奪って、リバースエンジニアリングで技術を獲得する。ついでに、技術者も連れて行く。ファミリーは、技術を手にするために人を攫うくらいのこと、やるよ」

「事実、リアクターを売り渡そうとした奴もいるからな……おかしくはない、か」


 セイトは、さして特別感のないTシャツと、校章ワッペンを外した濃紺のジャケットで、ボーディングブリッジの向こうへと消えたチウポンに、静かな祈りを捧げた……。


 見届けて、少し休みたくなった。踵を返して、部屋に戻ろうとする。その彼の肩を、エイダーが掴んだ。


「ちょっと付き合えよ、買い物だ」

「買い物? 何を買うんですか?」


 そう彼が素朴に尋ねると、エイダーとヘルトはニヤリと笑った顔を見合った。


「俺等の、制服だ」


 歩き出したエイダーを追って、セイトとニコもブリッジを進む。これもまた、炭素繊維強化プラスチックで作られた道だ。宇宙船の殆どを遮断する特殊なプラスチックを、さらに炭素繊維や水素分子で強化。生身で通っても、被爆の心配はまずない。


 そのため、セイトらは、宇宙とは思えない軽装でグランダの街にやってきた。宇宙港のある丘から街を見渡せば、いつも通り黄昏時のような暗い空の下、夜景にも似た輝きで満ちていた。


 丘の麓、待っていたのは一台のタクシー。運転席のディスプレイには、『RESERVED』の文字が表示されている。後部座席に収まるのは、セイト、ニコ、ヘルトだ。助手席に座ったエイダーが、運転手と幾らか言葉を交わす。緩やかな加速で、タクシーは街へと吸い込まれていく。


「制服って、いるんですか?」


 セイトが言う。


「俺、正直このジャケットだけでいいんですけど……」

「だいぶくたびれてるだろ? それに、お前のお陰であっちこっちに行くことになりそうだからな。どこに行っても服でわかってもらえるように、らしいものも必要だ」

「ま、エイダーだっていつまでも革ジャンの似合う男じゃいられないしね」


 ヘルトに茶化されて、エイダーは二度三度、怒鳴った。


「でも、俺らだけで行ってもサイズ合うかわかりませんよ?」

「クランメンバーの体型くらいデータベースに保存されてらあ」

「じゃ、今日は物色ですか?」

「いや、もう仕立ててもらってる」


 いつの間に、とセイトは呟いた。


「カッコつけようぜ、せっかくイカした仕事してんだからよ」


 ルルルッ、とモーターが回り、やがてタクシーは一つのビルで停まる。


「駐車場入れておきますけん、終わーましたらよんでごしない」


 随分と訛りがきついな、と思いつつ、セイトは中心街に聳える高層ビルを見上げた。二十階はあるだろう、というもの。首が痛くなるほど仰いだ先には、『GLANDA CENTRAL DEPARTMENT STORE』とある。


 自動ドアを抜けると、ビジネススーツを着た、セイトより少し上程度の青年が出迎えた。


「いらっしゃいませ。本日は、何をお探しでしょうか」

「四階、シカランで服を仕立てて貰ってる。案内してくれ」

「承知いたしました。こちらへ」


 鼻をくすぐる香水や化粧品の芳香。ずらりと並べられたジュエリー。どこかで名前を聞いたようなブランド品も、惜しみなくその姿をショーケースの中で晒している。


 セイトにとって、そこは異世界だった。とてもじゃないが、縁があるとは思えなかった場所。


「セイトは、私が化粧した方が嬉しい?」


 そんな思考を読んで、ニコが言う。


「汗をかく仕事だから、化粧をあんまりすると崩れちゃうかもね……」

「パイロットの方向けの、崩れにくい化粧品もございます。専門のスタッフをお呼びいたしましょうか?」


 店員が爽やかな声で提案した。


「まあ、まずは制服からだ。時間があれば見させてもらうぜ」


 四階で、エレベーターが停まる。そこからまた少し歩いて、千クレジットにもなるスーツが並ぶテナントに入った。


「制服を依頼したエイダーだ。受け取りに来た」


 先程の店員は、テナントの入口でニコニコと笑ったまま立っている。


「お待ちしておりました。こちらへ」


 女店員は、四人を奥へと導く。見せられたのは、黒いフライトジャケットだった。左胸には、『EYDA ‘S CLAN』という文字の刺繍と、ヲッチ号に思える有翼船の図柄のワッペンがある。


「右肩にも、所属を示すワッペンがございます。これで、所属は一目でわかるかと」

「オーダー通りだ。ありがとよ」


 十五人分のジャケットが入った段ボールを、エイダーは受け取る。が、そこで何かを思いついたように、箱を置いた。


「セイト、着ていくか?」

「いいんですか?」

「せっかくだからな。そのガキみたいなジャケットの卒業式ってことでさ」


 ハイスクールの制服がガキなもんか、と言い返したいのは抑えて、セイトの手がフライトジャケットを受け取る。ナイロン製の、ずっしりと腕に沈み込むような重さを備えた逸品だ。試着室に入り、濃紺のジャケットからグリーンのものに着替えた。体に自然と馴染む、心地よい感触。


「俺、パイロットなんだな」


 このワッペンも、セットになった手袋も。すべてが、自身が何者であるかを証明してくれる。姿見に映る自分の姿が、少し大きくなったように思えた。


 頷いて、カーテンを開く。おお、と短い声が上がった。


「似合ってるじゃねえか。ニコも着てくか?」

「着る。セイトとおそろいがいいから」


 くすり、店員が笑った。


「んじゃ、今のうちに会計済ませるか。幾らだ?」

「一着八百クレジットですから、総計一万二千クレジットとなります」


 セイトは、心臓が跳ね上がるような驚きを抱いた。トライクが八千クレジット。初任務の報酬が三万クレジット。はっきり言って異常な値段だ。


 それを、エイダーはカードの一括払いで支払ってしまう。自分はまだ子供なのかもしれない、とセイトは沈黙するしかなかった。


 ニコの小さな体が、フライトジャケットに包まれて現れる。帰路に就いた。


 そんな彼らを、遠巻きに眺める者たちがいた。


「制服、僕らもいるかな?」


 リンダは、新しい眼鏡を買ったアルトに問うた。


「作ってもいいじゃない? 蒼天風の服にしてさ」


 宇宙海賊という喫緊の脅威を追い返した、グランダの賞金稼ぎたち。だが、まだ終わりではなかった。

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