#47 命を奪えば
ヲッチ号を背後に、セイトのアドバンスド・リーベルはぐんぐんと高度を上げていく。
「ニコ、ニベルング級との相対速度と、距離!」
白い胸の中、彼は如何ともし難い、腹の中で渦を巻くような熱を感じながら怒鳴る。
「セイト、落ち着いて。闇雲に突っ込んでも、やられるだけだよ」
わかっている。ニコもまた、リッパー──ジーベンMPのパイロットが命の炎を失う様を、むざむざと感じてしまった。だからこそ、自分を生かすための言動をとっている。
それをわかっていても、彼は、セイト・イミバシという駆け出し賞金稼ぎは、前進を命令する思考を止められないでいた。殺すしかないなら、最短で最速の方法で。後腐れのないようにするには、その一点を突き抜けるしかない。
戦線に復帰した彼は、まずエイダーにレーザー通信を飛ばした。
『おう、セイト。ジーベンのパイロットたちはどうなった?』
「パイロットは死亡。感応者は収容してもらいました」
『あいよ。尋問は、これが終わってからだな!』
ドヒュルル、と二機のゼロアニマは二隻の戦艦へと飛んだ。ビームカービンを一射、二射と撃ち、相手の粒子シールドが万全であることを確認する。
『抜け駆けかい、エイダークラン!』
そう言って追いついてきたのは、赤い扶桑。リンダだ。
『こいつは俺らの獲物だ! お前はちまちまバレウスでも潰してろ!』
エイダーが声を張り上げるが、その指がトリガーを引き続けているのも、事実だった。赤い光が、幾度となく同じ色の膜を叩く。ビーム弾は、霧散するばかり。
セイトは、ピピッと届いた通信の音を聞く。
「セイト、雲龍型から火力支援が来る。射線を画面に表示するね」
黄色いラインとして、雲龍型母艦、天城の主砲が狙う先が表示される。ぴたりと、ニベルング級を見据えていた。
「十五秒後、斉射。一旦回避に徹するべきだと思う」
「そうだね……そうしよう」
対空砲火のビームをシールドで防ぎながら、周辺のマリンクや武装バレウスからの射撃を意識する。冴え渡ったように冷たい彼の頭は、自然と回避行動を実行していた。
「来る」
ニコの一声があった、直後。ビームカービンとは比べ物にならない、大口径の重ビーム砲が火を噴いた。直径五十センチ、巨人の戦鎚だ。
粒子シールドに突き刺さった一擲。いや、三連装砲二基なのだから、六発だろう。それでも、戦艦を沈めるには至らない。ただ、対空砲火の勢いを削弱するに留まる。
「上等!」
セイトは自らを鼓舞し、薄くなった弾幕の只中に飛び込んだ。まずは後背。リアクターを潰すのだ。
ニベルング級は、今、粒子シールドへの大打撃によって防御にパワーを割くよりない状態。ならば、好機だ。セイトは己の判断を信じ、エイダー、リンダと共に、一振りの槍めいて吶喊する。
装甲表面にビームを叩き込む。粒子浸透装甲は幾らか脆くなっており、溶融したパネルが弾け飛び、内部構造を焼き付くしていくのを止めることもできない。
やがて、リーベルは戦艦のメインスラスターに回り込んだ。
「もう、黙っておけよ!」
連射モードのカービンが、まるで塊根の叫びのようにビーム弾を連続して送り込む。五秒もすれば、巨大な宇宙船も動力の八割を喪失した。
そこで、エイダーとリンダが艦橋と戦闘指揮所を潰さんとしている。セイトは、短い通信を送った。やめてください、と。
『おいおい、何すんだよ。ここで沈めないと、一生スペースデブリだぜ?』
『そうだよ、セイトくん。ビームで焼き尽くすほうが、まだ有情だ』
「拿捕します」
ヒュウッ、とエイダーが口笛を鳴らした。
『セイト、考えがあるんだな?』
「はい。もしかしたら、デンド・ファミリーの情報が得られるかもしれない」
セイトはゆっくりと艦橋に近づき、通信アンテナに向けてレーザーを照射した。
「こちらエイダークラン所属機、アドバンスド・リーベルのセイト。貴艦に告ぐ。投降せよ。さもなくば、船と運命をともにすることとなるぞ」
数秒の沈黙があって、ザラついたノイズの乗った通信が届く。
『こちらニベルング級戦艦、アットハーダ。投降はしない。殺せ』
まただ、とセイトは奥歯で苦いものを噛み潰す。
「そうやって死にたがるなら、戦場になんか立つな!」
気づけば、そう叫んでいた。そして、ビームカービンのトリガーを引く。単射モードで放たれた光の粒は、瞬時に艦橋を吹き飛ばし、断面を露呈させる。そこに追撃を撃ち込み、戦闘能力のすべてを奪った。
「なんで、なんで生きることを選ばないんだ。死んで終わりにしようとするんだ!」
どうしようもないこと。そう切って捨てるには、散った命が多すぎる。死にたがるなら一人で勝手に死ねばいいのに、どうして戦場で誰かを巻き込んで死にたがるのか。両手は武器管制スティックから離れ、ヘルメットへと当てられる。
「セイト、考えても仕方がないよ」
見かねたニコが抑揚のない声で言った。
「殺しに来る人間を殺さない、なんていうことはできない。マフィアも海賊も、失敗すれば待っているのは死なんだから」
「間違ってる。こんなことは、間違ってるよ……」
泣き出しそうになった目は、警告の電子音で戦士の色に変わる。接近する敵機を振り向きざまに射抜き、爆発へと変える。
(そうだ)
武装バレウスも、マリンクも、ただの標的のようにしか思えなかった。
(誰かを殺そうとして、誰かに殺されたくないなんていう道理は通らない)
だから、殺すしかない。殺さなければ死ぬのは、どちらにとっても同じこと。
(俺は、マフィアも海賊も、潰すんだ)
海賊という組織。マフィアという組織。それらが孕む、同じ暴力性。等しく叩き潰さなければ、同じことが繰り返されるだけなのだ。
もう、セイトの脳味噌は効率的な殺人に飲まれていた。またナンバー十四のような被害を出させない。またリッパーのように命を使い潰すだけの存在を生み出させない。
信念は硬い外皮に包まれて、爛熟した果実になろうとしていた。
もう一隻のニベルング級の周囲に、デジタルノイズのようなものがかかる。巨大な空間の歪みだ。
「レビトンジャンプは、やらせない!」
フルスロットルのリーベルは、他のどの機体も振り切って、残る戦艦のメインリアクターに照準を合わせた。
「沈めえッ!」
三秒で、リアクターは爆ぜた。破片が飛び散り、ジャンプし損ねた船の周囲に、次元断層にも似た光の偏向が生じる。
残ったのは、後ろ半分を失った無惨な宇宙船。ビームカービンを下ろした時、セイトは、頬を涙が伝っていくのを感じた。人殺しは、人殺し。
趨勢は決した。末端のバレウスは次々に武装を破棄。マリンクは突撃と自爆を選んだが、殆どが何も無せないまま、徒花を咲かせるだけだった。
ヲッチ号に戻ったセイトは、ニコと共に、チウポンを前に腰掛けた。
「それで、リッパー・セーゼントは強化人間……下腿部の筋肉を強化筋肉に置き換え、それを支えるために人工心肺を増設して酸素供給能力を向上させていた。そうだな?」
慣れない口調で、セイトは確認する。
「ああ。その認識で構わない。それで、遺体はどうなるんだ。火葬になるのか?」
「グランダは月面都市。酸素は限られているから、火を燃やすことは原則禁止だ。つまり、凍結した状態で宇宙に放り投げることになる」
「辛いな、あいつは、結局宇宙で終わるんだ」
「お前らが殺した民間人も、宇宙で窒息して死んだ。同じ目に合うだけだ」
チウポンは、その大きな体を縮めるような姿勢で俯くばかりだ。
「俺は、極刑か?」
「それは俺達の決めることじゃない。司法が決めることだ」
また、沈黙。
「一つ、叶うなら頼みたいことがある」
手錠をかけられたチウポンの口は、震えていた。
「せめて、リッパーと同じ棺桶に入れてくれ」
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