#45 アドバンスド・リーベル

 この三日、何もセイトは拳銃を眺めて過ごしたわけではない。ヲッチ号の格納庫に、少し姿の変わったリーベルが運び込まれるのを、彼はキャットウォークから眺めていた。


「セイトにとって、リーベルって何?」


 その隣で、ニコが問う。両者ともに、白地に青いラインの入ったパイロットスーツを身に着けていた。


「何、か。俺も明確な答えを用意できてるわけじゃないけど……好き放題振り回す相棒、って所かな」

「私は?」

「振り回すのに付き合ってくれる、相棒」


 ニコの小さな手が、彼の脇腹を突いた。


「何さ」

「二股だと思う」

「やめてよ……」


 脇に抱えたヘルメット。それを被る時は、もうすぐそこだった。


「搬入作業完了! セイト、ニコ、乗っちゃいな!」


 カノエの声を聞いて、二人は手摺を超えつつ蹴って、床に向かう。無重力に身を任せ、新たなリーベルの胸にとりついた。


 早速コックピットに滑り込んで、機動シークエンスに入る。セイトの股座から生えるタッチパネルに、機体名。


『TPZX-36AD ADVANCED LIBER』

「アドバンスド・リーベル、か……」


 全天周囲モニターが点灯し、コックピットは光に包まれる。


「ニコ、冷媒の充填率は?」

「背部ユニットに九十パーセント、脚部に八十五パーセント。問題なく動けるよ」

「なら、いい。追加武装を確認しよう」


 タッチパネルを何度も触り、追加された武器の類を調べる。彼の頭には、概ね設計図が入っている。胸部に増設された四連装ビーム砲二基。脚部に装備された、ザンクト用追加ビームソード。


「後は、動かしてみるしかない!」


 トレーラーから、ゆっくりとリーベルが立ち上がる。


「こちらセイト。実働試験に入ります」

『あいよ。格納庫を真空にするから、少し待ってくれ』


 ナービの声。その直後に届くのは、歪んだギターサウンドだ。


『こちらブリッジ。格納庫からリーベルが出る。整備要員は退避だ!』


 ファンファンと赤色灯が回り、カノエら人間の整備員も、黄色と黒の整備ボットも、トレーラーを運んできた運転手たちも、安全な位置に逃げ込む。


 一旦、格納庫はシャッターで閉鎖された。ボーディングブリッジが外された直後、その空間に備わるファンが回り出す。


格納庫に充填された空気が抜かれ切ったのは、その二分後のことだった。ガララ、とシャッターが上がる。無限の宇宙が、目の前に広がる。


「リーベル、セイト。出ます!」


 カタパルトは使わず、自前の推力だけで宇宙に飛び出る。右手に握ったビームカービンを、前に向けた。流れてくるスペースデブリに狙いを定め、一射。瞬時に溶融した金属の塊は、更に小さいゴミとなって散る。


「携行武器へのパワーサプライは問題なし。セイト、胸のビーム砲を使おう」

「了解!」


 コックピット側方にある、二基のビーム砲。別のデブリへと照準を向け、武器管制スティックのトリガーに指をかけた。


「四点バースト、一回!」


 思考を明確にするべく、声を出す。ダラララッ、と吐き出されたビーム弾は、放棄された人工衛星を消滅させた。


「後は、追加ビームソードの確認か。ニコ、脚部のパワーサプライは?」

「問題なし。粒子も充填されてる」

「よし、じゃあ、使う!」


 ビームカービンをスラスターユニットに懸架し、脚部にある二振りのビームソードを抜く。リーベル純正のものとは違う、麻縄のような少し太い刃が生成された。


「ザンクト用なのか?」

「セイトが改良プランを出したのに、知らないの?」

「俺はビームソードとビーム砲、あと冷却システムを追加してくれ、って言ったよ。でも、量産品にしてくれ、とは言ってない」


 ピッ、ピッ、とニコが画面を操作する電子音を鳴らした。


「ザンクト用の量産品みたい。投げても痛手にならないように、って」

「そんなに投げてるかな、俺……」


 思い返すと、確かに投げているように思える。セイトは、デブリを次々に切り裂き、蒼く補正された宇宙の中を駆け抜ける。


「後は、機動試験!」


 背部と脚部の推進器へ、パワーを最大に持っていくよう思考を送る。大量のレビトン粒子が放出され、空間を歪ませる。そうして生まれた斥力を受けた機体は、音速の何倍か、というほどに加速した。


「Gがさあッ!」


 慣性制御でGを軽減しても、セイトとニコは特殊な呼吸法が必要になるほど、加速度を全身で感じる。噴射を止めてハアッと楽になった息。もう、グランダは遠かった。


 セイトの目は、スラスターに籠った熱を確認した。オーバーヒートゲージは、あと八十パーセント。かなり余裕がある。が、試すなら今だろう、とも思う。


「冷却システムテスト。ニコ、冷媒を放出して」

「わかったよ」


 ニコの操作の後、脚部と背部のスラスターから、白いガスが噴き出る。宇宙空間であっという間に拡散して、それまで。だが、機体に宿した熱は一瞬で放出され、ゲージはゼロに戻った。


「残り冷媒は?」

「背部の充填率……七十四パーセント。脚部は六十パーセントだね」

「結構使うな……」


 慣性に流されながら、彼は衛星スルトを見下ろした。外から見れば、平坦な地形。宇宙線を防ぐために、月面都市は十メートルの炭素繊維プラスチックの屋根に、ゴーメートルのレゴリスの層を作っている。


 だから、外からはクレーターが途中で終わっているようにしか見えない。何か人工物があるとすれば、宇宙港と、その上に突き出した管制塔くらいだ。


「あそこに、六十万人が暮らしている……」


 呟きが、ヘルメットの中で消えた。半径三十キロ。広大な都市に思えても、ゼロアニマならものの数秒で通り過ぎる距離。


「セイト、そろそろ戻る?」

「そうだね、試したいことは一通り──」

『こちらヲッチ号!』


 帰路に就こうとした二人の耳朶を、ナービの尖った声が打つ。


『防衛旅団から情報が入った。海賊がまた来やがったぞ!』


 即座に送られる、索敵情報。三次元的に解析されたライダーの情報だ。付近に、ニベルング級二隻とシュピーデ級四隻が、接近しつつある。


「エイダーさん、指示を!」


 セイトは頭を切り替えて、上司に通信を繋ぐ。


『一旦ヲッチ号の近くに来い! 戦力を纏めてから、正規軍や他のクランと一緒に邀撃だ!』


 艦隊相手に一人ではどうしようもない。その現実を受け止めて、彼は機体を走らせた。ヲッチ号を追うように、アストロラーベの雲龍型が上がっていた。





 一方で、襲撃者側。全通甲板を備えるニベルング級から、ジーベンが出ようとしていた。


「リッパー、人工心肺の寿命が近い。あまり高G機動をするなよ」


 チウポンは、機体とパイロット、両方の状態を管理しながら言う。


「だが、無理をしなければリーベルのリアクターは手に入らない」


 うっ、と彼の口から苦しい息が漏れる。工廠からの横流しではなく、リーベルのコックピットを潰してリアクターを確保する、という方針に転換したのが三時間前。


 これで終わらせなければ、リッパーを救う手立てはなくなる。心臓を握りつぶされるようなストレスを感じながら、チウポンはリアクターのパワーを引き上げる。


「腰背部レビトンコンデンサ、粒子充填率百パーセント。リアクター異常なし。発進できるぞ」


 そう告げた彼は、最早誰も信じていない神に祈った。宇宙に神の居場所はない。だとしても、縋る何かが欲しかった。


「発進準備よし。ジーベンMP、リッパー・セーゼント、出る!」


 カタパルトは、緑のジーベンをマッハ五まで加速させる。あっという間に、宇宙の彼方へと飛び立つ。少しでも長く生きるために。生きる場所を作るために。そして何より、最期の戦場に立つために。



あとがき

アドバンスド・リーベル 設定資料

https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051606712656742

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