#44 命を奪うまで

 セイトは、拳銃の狙いを十五メートル向こうの虚空に定めた。両手で確と握り、息を整える。パアッとした光に照らされる空間は、三十ほどのブースで構成されていた。


 パタン、と向こうで人型の標的が持ち上がる。反射にも近い勢いで、彼はトリガーを絞る。空間を引き裂くような音と共に電撃が放たれ、標的を痺れさせた。次いで、ターゲットは斃れる。


「セイト、射撃も上手いんだね」


 後ろで見ていたニコが言った。


「別に、ハイスクールで絶対にやるから習得しただけだよ。特別上手いわけじゃない」


 空気も有限で、万が一外壁や天井を傷つければ多くの死人が出る、宇宙都市。そこで使われる銃は、どれもこうした電撃を発する銃だった。


(実体弾は、空気の汚染に繋がるから使用禁止。人間は止まるだろうけど……)


 ゼロアニマのビームカービンとは比べ物にならないほど出力の低い銃だ。おそらく、軽装甲でも施せば、容易に防がれるだろう。


「だとしても、使えるようにはならないといけない。そうだよね、セイト」

「思考読まないでよ……」


 そう返しながら、セイトは拳銃の照準器の付け根にあるインジケーターを見た。エネルギー残量は、九十パーセント。電流の大きさは、十ミリアンペア。


「スタンモードは一発で十パーセントだから、装弾数は十発か」


 また、銃を持ち上げた。他のブースから電撃が飛び、次々に標的がダウンしていく。セイトも、標的が出た刹那に引き金を引いて、しっかり胸に当てた。


 いつか、これで人を撃つ時が来たら。あまり想像したくない未来だった。残る八十パーセント。彼は、グリップとトリガーの間にあるレバーを動かし、銃をキルモードに移行させた。


『キルモードへ移行 二アンペアの電流を対象に与えます』


 指向性を持たされた音声が、彼の耳に届く。エイエンズ銀河の人類種の九割は、一アンペア秒で死亡する。二アンペア秒に達すれば、人類種ではなくとも、大抵の生命は拍動や呼吸が止まり、死に至る。


 その思考が脳裏に現れると、自然と彼の手は震えた。キルモード。死亡。警備ボットが持っているライフル型電撃銃なら、五アンペアにも達するのだという。


(本当の人間を前にした時、俺は、相手を殺せるだろうか)


 パタン、と標的が現れた。すぐさま電撃を発射し、ダウンさせる。


『残存エネルギー 六十パーセントに低下』


 銃が教える。もう一度撃つと、


『三十パーセントに低下 バッテリーの交換を推奨』


 と告げてくる。最後の一発を放って、彼は弾倉型バッテリーを引き抜いた。視線を落とすとある机にバッテリーをセットし、代わりに一つを貰う。左腿のホルスターにある弾倉は、二つだ。


 ブースから出る。待っていたニコが、そっと彼の手を握った。いつもの、色気のない、少し緩いTシャツだ。


「セイトは、拳銃が似合わないね」


 軍の施設である射撃場は、宇宙港の近くにある。建屋を出ると、電撃ライフルを持った警備ボットや、同じ武装の兵士が、鋭い目つきで周囲を見渡しながら歩いていた。


 第二宇宙港付近。絶え間なく放送が続く。


『ノービードからの食糧輸送船が到着。検査要員は、所定の手続きを開始せよ』


 大変なんだな、と思った彼は、それ以上の思考も浮かばせないでトライクに跨った。後ろにいるニコが、ぴたりと体をくっつけてくる。


「船に戻ったら、キス、させて」

「聞かれたら困るから、ここで言わないでよ」

「でも、セイトもしたいはず」

「さあね……」


 言葉を濁しつつ、徐行でゲートへと向かう。アクリル板の窓の向こう、憲兵が指をくいと動かす。言外の指示に従い、IDカードを提出。ピッとリーダーに読ませれば、終わりだ。


「若いのに精が出るねえ」


 が、この時は、憲兵も話したい気分だった。


「後ろの子は彼女かい? それとも感応者?」

「後者です」

「じゃあ前者だね。よくあるんだよ、パイロットと感応者が結婚するってのは」


 どっちにしろ答えは変わらなかったのか。セイトは困った笑みを浮かべて応じた。


「じゃ、長生きしろよ。君みたいな若いのが死んじまったら、みんな哀しむんだから」


 プップー、とクラクションが背後で鳴ったので、彼は一礼してヘルメットのバイザーを下ろす。右グリップを回した。アクセルがかかって、モーターの駆動音が響き出す。軍用品のジャケット、その襟が風に揺れる。


「セイトは、長生きしたい?」


 丁度第四宇宙港の反対にある地点から、彼は高速道路に乗る。そこで、ニコが問うたのだ。


「早死にはしたくない、かな。父さんと母さんがどこに行ったのか突き詰めるまで、俺は死ねない」

「セイトの親は、どんな人?」


 政見放送が、街頭テレビで流れている。イートン現市長の支持率は、対立候補を大きく上回っている。当選はほぼ確実だろう、という見方が広がっているらしい。


「正直、そんなに思い出はないんだ。ずっと宇宙を飛び回って、俺は保育園とかプライマリースクールの託児所で過ごしてた。でも、たまに帰ってくると、二人で車を出してくれた。一日かけて、遊園地に行ったりさ」


 ヘルメットの中にある彼の顔は、穏やかな微笑みに包まれていた。


「それが、十年前に消えた。マフィア掃討作戦に参加して、そのまま」

「だから、マフィアを許せないんだよね、セイト」

「うん。マフィアの縄張りに連れて行かれたなら、生きているかもしれない。そう思うんだ」


 パイロットだった父と、感応者だった母。二人がどこにいるのか。もしくは、どこで死んだのか。


「パイロットとして名を上げれば、あっちから来てくれるかもしれない」


 そんな当てもない希望を彼は口にした。喉を切り裂くような苦痛が待っていることも、知らずに。いや、知れずに。


 ヲッチ号に戻った二人を、エイダーとヘルトが出迎える。前者はいつもの革ジャン、後者は緩めのフーディーだ。


「どうだ、拳銃も悪くないだろ?」


 トライクを格納庫に固定している彼に、エイダーはそう声を掛ける。


「俺が拳銃を使うようなこと、あるんでしょうか」


 電磁ロックとワイヤーを組み合わせた厳重な固定を施し、愛車を眺めながら彼は呟くように言った。


「パイロットが身一つで戦うなら、その時点で負けじゃないですか?」

「何も、どんな時でもゼロアニマに乗ってるわけじゃねえだろ。ほら、ニントウでやった捕虜の尋問とか、こないだの海賊への質問だとか、そういうことはある。だろ?」


 生身の人間を相手にした時、己は引き金を引けるか。彼の指は、知らず知らず右腿の拳銃に伸びていた。


「とりあえず、シャワーでも浴びてこい。そしたらスッキリもするだろ」


 背中を叩かれ、セイトは居住区へ向かう。人を殺す、ということの実感は得たつもりだった。だが、カメラとCGを通さない死は、まだ見ていない。





 デンド星静止軌道、宇宙ステーション。そこに停泊するカッタのニベルング級に、レビトン通信が繋がった。


「わざわざレビトン通信で通話するとはな。粒子消費も馬鹿にならんぞ」


 カッタは、ブリッジでそう告げた。正面上方のディスプレイで、青い髪の年老いた女が、怖気を隠さない顔を見せている。


「して、何の用だ」

『リッパーに用いるための人工心肺を融通していただけないか、と思いまして』


 フッ、とカッタは仮面の下から鼻で笑った。


「条件は提示されているはずだ。リーベル用リアクターと引き換え、とな」

『か、必ずそれは達します! そこで、先に人工心肺を用意してもらい、後からリアクターを届ける。そういう形での取引を……』

「なぜ俺に訊く? サンに言えばいいことだ」

『サン様には、勿論お話を通します。ですが、カッタ様に口添えしていただければ、少しは要求も通りやすくなるものだと思いまして……』


 暫し沈黙。


「おそらく、通らんな」


 カッタの冷徹な一言。


「マフィアとは筋を通すことが何より大切な存在。特例を認めれば、いつかそれが原則となる」

『し、しかし! このままではリッパーは四日ももちません!』

「なら、敗けろ。それだけのことだ」


 レビトン通信とは、レビトンジャンプと同じ、裏世界を通して次元断層を超えたり、百光年単位の距離を隔てたりした通信を行う技術だ。宇宙船とは違い、電波だけであるが故、そのラグは極めて小さい。


 そうでなければ、こうも円滑な会話はできない。


「精々、サン・デンドに取り入ることだ。ではな」

『お待ちくだ──』


 プツン、と通信は終わった。


「カッタ様は、非情ですな」


 弘道艦長が、生え際の後退した頭を帽子で隠しながら言う。


「仕方のないことだ。弱き者であるが故に、敗ける。当たり前の現実だ」


 船は動かない。次の策を練るために。

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