#43 海賊たちの目論見

 カラン、とグラスの中で氷が割れた。ジュウッ、と電気プレートの上で肉が焼けていく。


「邀撃には上がらなかったのは、何か理由があるんですよね?」


 セイトが問うた。一枚肉を裏返そうとしてエイダーに先を越される。


「ああ。ナンバー十四のことがあっただろう?」


 そう応じるリンダの指は、タブレット端末を操作していた。


「その前に。セイトくん、好きな部位は?」

「鶏ハラミですけど……」

「中々高級志向だ。いいよ、僕の奢りで」


 本題に入ってくれ、とセイトが思うと同時に、ニコがヘルトからカルビを受け取っていた。


「で、僕らのやったことについて。陽動に引っかかって、ナンバー十四が破壊されたのが五日前。幸い致命的なものではなかったけれど……リアクターが幾らか奪取された」


 そこまでは既知。セイトにしてみれば、肉の味もあまり感じられない。豚バラの濃厚な旨味も、このリンダという男が何のために戦場から離れたのか、という一点の疑問で掻き消される。


「だから、僕らは次の動きを読んだ。グランダ地下工廠で、リーベル用リアクターの受け渡しがあるんじゃないか、とね」

「誰かが裏取引をしていた。そういうことですね?」

「ま、それでいい。セイトくん、もっと食べなよ。奢り甲斐がないだろ?」


 こっちは話を聞きに来たんだ、とは言えず、彼は次々に牛タンやらせせりやらを次々に渡される。お目当てのハラミは、まだ来ない。


「その現場は押さえられたんですか?」


 ニヤリ、リンダの口角が上がった。


「勿論。リアクターを輸送するトラックと、その運転手を確保。海賊団のメンバーも豚箱行きさ」

「でも、海賊を捕まえるだけならクラン全部を待機させる必要はないはず」


 ニコが白飯片手に言った。


「必要な人員だけを派遣して、表向きにも説得力のある動きを取れたと思う」

「一応、陽動に備えた予備戦力、ということにしてもらっていたんだ。その間に抜けだして、地下工廠まで向かった」

「失敗すれば違約金が発生した可能性だってありますよ」


 セイトが少し青い顔で案じると、リンダの隣に座るアルトが視線をわざと泳がせた。


「その時はその時。僕は、正義の味方なんだ」

「歯の浮くようなこと、よく素面で言えたもんだ」


 エイダーに揶揄われ、リンダは立ち上がる寸前にまで達した。が、アルトに裾を引っ張られ、落ち着く。


「結局、防衛旅団には認めてもらったんですよね?」


 案外感情的な部分があるのか。そう思いながら、セイトは問いを重ねる。


「そうだね。警察に引き渡して、防衛旅団からも報奨金を貰えることになった。万々歳、と言えるだろう」

「ホント、こいつが海賊を押さえに行こう、なんて言った時は肝が冷えたよ」


 ビール片手のアルトは、真っ赤な瞳を細めて語る。


「こいつが意味不明な行動をとることはよくあるけど、一歩間違えば契約破棄にもなるなんてのは、初めてだ。ニコも、気を付けなよ。バディが暴走する前に一発ぶん殴ってやるのも、役割の内なんだから」

「セイト、私に殴られたい?」

「別にそういう願望はないかな……」


 一発、軽い肘がセイトの脇腹を打つ。


「ニコ?」

「私たちは、同じ機体に命を預けてる」


 ポスン、と彼女の小さな頭がセイトの肩に乗る。


「何かあったら、私が殴るね、セイト」

「殴るのは勘弁……」


 そうこうしている内に、鶏ハラミが届く。値段のことは考えない、と思うセイト。考えたくない、と思うリンダ。どうせ奢りだ、とエイダーは次々に酒を頼み始めた。


「エイダー、君の分は別会計にしてもらっているからね」

「先に言えよ!」


 月では珍しい、合成食品ではない肉を提供する焼肉店。財布のことを考えない宴会は、盛り上がりへの道にあった。もう暫く平穏が続くことを、セイトは薄暗い街並みを眺めながら祈った。





「飲み過ぎた……」


 そう私室で呟いたエイダーは、枕元に置いたスマートフォンを見る。時刻は午前八時。


「どうせ休みだから、寝させてもらうか……」


 またも目を閉ざす。一方で、その扉の前には、セイトとニコが並んでいた。


「寝てるかな」


 セイトは、腿に装備した電撃拳銃の重さを感じながら言った。漸く銃携帯の認可が下りたのだ。


「寝てても、仕事は仕事。起こさないといけないよ、セイト」

「でも、あれだけ飲んでたしなあ」


 彼が迷っている間に、ニコの指はベルに伸びた。スイッチを一度押せば、リリリンと鐘か鈴か、という音が鳴る。


「起きてる、起きてんだよ!」


 扉の向こうから声がする。ドタドタと騒がしくなって八十秒、下着に革ジャンを羽織った姿のエイダーが顔を見せた。少しむくんだ顔だ。


「んだよ、こっちは二日酔いなんだぞ」

「拿捕したシュピーデ級で、取り調べ。忘れてないですよね?」


 セイトがそう言うと、彼は何度か瞬きを繰り返したまま、体を固めてしまう。


「……そうだっけか?」

「エイダー、もう防衛旅団の人が来てる。早く行かないと」


 ニコに急かされて、彼は部屋に舞い戻った。そこからまたも騒がしい音が鳴る。


「すっかり忘れてたみたいだ」


 呆れるセイトに、


「こういう時こそ、ヘルトが殴らないといけない」


 とニコは応じる。


「仲間に暴力は振るわないでほしいなあ」


 呟くように言った彼の手を、ニコは力強く握った。自分に顔が向いたことを確認して、ニコはタンと跳び上がった。彼の首に手を回し、唇を重ねる。舌と舌が絡み合う、濃厚な接吻だ。


「いや、まあ、否定はしねえんだけどさ」


 その様を、エイダーが苦い顔で見ていた。


「人の部屋の前でするなよな」

「でも、したくなった」


 セイトから降りたニコは、あっけからんと言う。


「ここにセイトがいるって、感じたくなった」

「ああそうかい。じゃ、行くぞ」


 パイロット四名は、グランダの街へと走り出す。セイトはトライクに跨って、スマートフォンをハンドルの中心にセットした。


「第三宇宙港へのルート、っと……」


 先程インストールした、グランダの道案内アプリを起動する。立体映像が生成され、一つ隣の港へのルートが表示されるのだ。


 おおよそ十五分ほどだ。駐車場に停めたトライクは、主を沈黙の中で見送る。


 シュピーデ級。ストラト共和国がかつて運用していた旧型のゼロアニマ母艦だ。運用できるゼロアニマは三機のみ、という性能ゆえに、ずっと昔に正規軍からは退役した。


 が、賞金稼ぎや海賊など、小回りが利くものを好む集団には、今猶運用を続ける者たちもいる。その格納庫から入ったセイトらは、電撃銃を持った防衛旅団の兵士たちに、敬礼で迎えられた。


「こちらです、エイダーさん」


 グリーンのベレー帽を被った若い兵士が、四人を先導する。乗員を押し込めたブリッジで、取り調べが始まった。


「お前らの目的は、リーベル用リアクター。だろ?」


 コンソールの上に腰を乗せたエイダーが、十人の乗員を見渡して尋ねる。


「海賊側に何かタイムリミットがあった……」


 セイトが語る。


「例えば、デンド・ファミリーとの契約。ジーベンを提供する代わりに、特定の期日までにリーベルに使えるリアクターを確保する。そんな契約を交わしたんじゃないのか」

「若いのに随分と慣れているねえ」


 艦長らしい、恰幅のいい女が言った。


「だが、ちょっと外れだ。タイムリミットがあるのは私らじゃない」

「どういうことだ」


 もう一度問う彼を前に、艦長は笑い出す。


「タイムリミットが設けられているのはねえ、ジーベンのパイロットの方さ! あれは補助用の人工心肺をつけているんだが、その寿命が近くってね。リアクターと引き換えに新品をくれてやる、ってファミリーが言うのさ」

「なら、ジーベンのパイロットを救えば、リアクターを狙わないのか」


 彼の言葉を、誰も想像していなかった。故に、静寂が流れる。


「救う? 海賊を?」

「ああ。殺さないで済むなら、それでいいだろ」


 乗員たちは、爆笑した。嘲りを多分に孕んだ、下種な笑いだ。


「無理さ」


 一人の男が言う。


「パイロット……リッパーの人工心肺は、デンド星でしか作れない。例えジーベンを鹵獲したって、死ぬしかない。なら、せめてビームで焼いてやったほうがマシさ」

「それになあ、あいつはもう頭がイカれちまってる。強化パーツを交換しても、一か月ももたねえ」


 歪み。セイトの奥歯は、軋んだ。リンダの確信が正しくとも、己の信念が正しくとも、変えられないものがあるのだと、その言葉を噛み潰すように。

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