#42 スリーフォーの思惑

『グランダコントロールより展開中の各艦へ』


 月面都市グランダ、防衛旅団司令部から通信が飛ぶ。ヲッチ号も、例外ではない。


『敵の勢力、六隻と推定。ニベルング級二隻、シュピーデ級四隻。多量の熱源も確認されている』

『とんだ大艦隊だ。セイト、チビるなよ』


 リーベルに乗り、宇宙を流れるセイトの耳にエイダーの冗談が届く。


「……エイダーさん」


 だが、セイトの声には一分の動揺もなかった。


「船を沈めるべきなんじゃないでしょうか」

『帰る場所を失った奴らが、自暴自棄に自爆を仕掛ける可能性だってあるぜ』

『そうだよ、セイト。もしそうなったら、ボクらじゃ止められなくなっちゃう』


 ヘルトも同調して、彼は追い詰められた気持ちだった。


「でも、船を沈めないと、何度だって来ますよ。終わらせるには、そうするしかない」

『……それも一理あるのは、わかってる。だがな、母艦を沈めるってのは楽じゃないぜ』

「だから、エイダーさんに手伝ってもらいたいんです。リーベルならやれる。俺は、そう思ってます」


 彼の言葉に、後部座席のニコは感心していた。


「セイトの言う通りだと思う」


 そして、ニコも話し出す。


「エイダー、ヘルト、私たちで敵陣を突破して沈めれば、他の部隊も楽になるはず」

『なら、乗ってやる。セイト、沈める時は動力部に回り込めよ。粒子シールドを質量で突破して、リアクターユニットにビームをぶち込むんだ』

「はい。教科書通りに、ですよね」


 その回線の先で、エイダーが肩を竦めたように、セイトには思えた。


『んじゃまあ、突撃!』


 ズドン、とスラスターが唸って、リーベルは加速する。目指すのは、ニベルング級だ。


 彼も、不安を抱かないわけではない。アストロラーベ──リンダのクランが上がっていないのだ。船の不調か、と思っても問う暇はない。


 近づくビームと爆発の輝き。戦場だ、と彼の視線は前だけを向いた。





 一方で、グランダ地下工廠。徒歩では到底歩き回れない広大なエリアに、複数台のセダンが入った。


「リンダ、空振りだったらアタシら契約破棄だよ? 最悪違約金を支払うことになる」


 後部座席に座るリンダの隣で、アルトが言った。


「海賊の襲撃に出動しないで、勝手に捜査。証拠はあるんだよね?」

「ない」


 リンダは、そう言い切った。


「だが、確信はある。リーベルのデータを二束三文で売り飛ばす馬鹿がいるってことは、そのリアクターを売り飛ばす馬鹿もいるってことだ。完璧な論理だろう?」

「論理になってないよ……」


 勿論、リンダの腹の内には、明確な理屈があった。


「おそらく、海賊はデンド・ファミリーの後ろ盾を受けている。あのジーベンとかいう機体が証拠だ」


 ドアガラスの向こうを、頬杖ついて眺める。


「そのファミリーがリーベルを狙っている、とセイトくんは言っていた……リーベルの小型高出力リアクターは最先端技術。組み立て前のパーツを強奪しても、リアクターまでは手に入っていない。手に入れていれば、とっくの昔に実戦に投入しているだろうからね」

「最初からそう言ってよ」

「だからこそ、ファミリーはリアクターを手に入れるためには海賊団の一つでも使い潰すだろう。派手な陽動を仕掛けて、目を逸らしている内に内通者に運び出させるのさ」


 彼の表情は、硬い。


「その取引の現場を抑えれば、晴れてリーベルの情報漏洩は止められる! 僕等は報奨金だって貰えるさ」


 アルトの浮かべる疑義の表情を、彼はちらりと見た。


「ま、信じてくれよ。僕の勘の鋭さは、君も知っているだろう?」

「バディとして、そこだけは信頼してる」

「パイロットとしての腕は?」

「そこも信頼してる」


 慣れた会話を交わして、二人は笑顔を向け合った。一稼ぎしてやろう、という笑み。


「リーダー、掴んだぜ」


 助手席の男が言う。


「防犯カメラが、この状況で工場に戻る奴を捉えた。向かうか?」

「ああ、かっ飛ばしてくれ!」


 電気自動車は静かに加速する。状況を変える一手を、打つために。





 上空のリーベルは、マリンクやバレウスを続けざまに撃ち抜く。パッ、と咲いた爆発の花は、何も結ばないまますぐに消える。


「セイト、ニベルング級まであと三百キロ」

「遠いのか、近いのか……ッ!」


 セイトは、速度計を見た。ニベルング級との相対速度は、秒速プラス六キロ。直線でぶっ飛ばせば五十秒の距離だ。


 だが、遠い。間に入るマリンクの数々が、壁として彼を阻む。


 真っ直ぐ、緑で禿頭のようなマリンクが斧を振り翳して迫る。彼は左手にビームソードを握り、斬撃を受けた。


 何も、正面から斬り結んだわけではない。マリンクはリーベルのソードを見て、斧の軌道を僅かに変える。流れるように動いたビームアックスは、リーベルの右側数メートルを過ぎた。


 しかし、セイトも甘くはない。斧から離れるように、機体を左に動かす。その勢いのままに回し蹴りを背中に食らわせ、相手の体勢を崩したのだ。


 そうなれば、詰み。彼は何度かビームカービンの引き金を絞り、敵機をパイロットごと宇宙の塵に変えた。


「ニコ、ビームカービンの粒子残量!」

「六十三パーセント。まだいけるよ、セイト」

「上等!」


 スラスターに過熱の兆候はない。彼の猛進を止める者は、いなかった。マリンクやバレウスの放つビームの雨を突き抜け、あっという間に緑の母艦に追いつく。赤い粒子シールドで覆われた、刺々しい船だ。


機体の質量を以てシールドを突き抜け、装甲にビームを叩き込んでいく。貫通には至らないし、逆に対空砲火はリーベルの粒子シールドを急速に削る。


だが、まさかレビトンジャンプで逃げる訳もない。彼は冷静に後方へ回り、八基のスラスターが並ぶメインリアクターに狙いを定めた。


「恨むなら、海賊になった自分を恨め!」


 カービンを連射モードに切り替え、一気に数十発を撃った。まるで驟雨のように降り注ぐ、赤い破壊の嵐だった。


 やがて、致命傷を負った船はシールドも、装甲の強度も維持できなくなる。


「敵船の装甲への粒子浸透率、十五パーセントまで低下。沈めよう、セイト」

「ああ、今すぐに!」


 エイダーもやってきて、次々にニベルング級へと赤い雷を叩きこむ。格納庫を撃ち抜かれ、主砲を吹き飛ばされ。遂には、艦長からCICまで真っ直ぐ貫かれたことで、全ての機能を停止するに至る。


 対空砲火が止まった。そこに、正規軍のザンクトも群がる。


(まるで、クジラの死体だ)


 海の底に沈んだクジラの亡骸は、そこに住まう生物の餌となり、食い荒らされる。そんな光景を、彼は幻視した。


「セイト?」


 ニコに呼びかけられて、意識は現実に戻る。


「もう一隻、沈められるかな」

「粒子残量はあと四十五パーセント。不安かも」

「なら、一度補給かな……」


 そう呟いて、彼はヲッチ号を探す。その視界に、一際早い緑が映った。


『見つけたぞ、人殺し!』

「ジーベンだってんなら、お前だってそうだ!」


 ビームブレイドで敵機を斬り捨てながら、緑のジーベンが突っ込んでくる。セイトは何発か単射モードの粒子を浴びせるも、全て躱された。


『もう一隻は沈めさせん。ここで、貴様を殺すのだから!』


 敵の両手には、二振りの直刀型ビームブレイドが握られている。どちらも長刀。セイトもまた、二刀流で迎えることにした。


 剣と剣がぶつかる度に、セイトの耳元で雷霆のような音が鳴る。飛散する粒子、ダメージを負う装甲。彼は乱暴な横薙ぎを、バク転にも似た機動で躱した。勢いに任せ、機体を回転。サマーソルトキックで、ジーベンの左腕にあったブレイドを弾き飛ばした。


『猪口才なことをする!』


 すぐさま、リッパーは腿に備わった短刀を抜く。刺突をビームソードで受け流したセイトの狙うは、コックピットただ一つ。


 が、ジーベンは急制動。瞬時に後退し、刺突を避ける。そこから、更に連装ビーム砲でリーベルを牽制した。


「セイト、粒子シールドはそろそろ限界」

「それは、負ける理由にはならない!」


 受けられないなら躱すまで。万全のリーベルを前に、ジーベンの旋回速度は追いついていない。


 が、そんな一つのアドヴァンテージで勝てる戦でもなかった。横槍のマリンクだ。爆散させた刹那、距離を詰めていたジーベン。一瞬だった。コックピットを狙った、突進。


「見え透いて!」


 されど、セイトは同じ負け方をするつもりはない。刺突の軌道をビームソードで逸らし、敵の両腕を切断。怯んだ敵機を蹴り飛ばし、ライフルを握った。


 その敵機を庇うべく、一隻、船が飛び込んできた。ヲッチ号と同型、シュピーデ級。さしものリーベルでも、宇宙船の重ビーム砲はどうしようもない。


 撤退するジーベンを、彼は確かに認めた。だが、追撃もできない。


 今日の戦果は一隻撃沈、一隻拿捕であった。

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