#41 リーベルを巡る者たち

「チウポン! トイレってどうやって水を流すの⁉」


 リッパーが、その文面に対して歳をとり過ぎた声で叫んだ。ここは小惑星帯N-444。そこを根城とする宇宙海賊スリーフォーの、旗艦であるニベルング級のトイレだ。


「横にある、トイレの絵が描いてあるボタンを押すんだ」

「トイレ? トイレって何?」


 チウポンは女子トイレの出入り口で溜息。やってきた別の女乗組員に任せ、待つことにした。


 五分ほど、あれやこれやと言葉が飛び交った。ようやくザアアッと流れる音がして、禿頭の白人女性、リッパー・セーゼンドが姿を見せる。その胸には無骨な金属製のユニットが、二つ装備されている。


「チウポン、私は何をしたらいい?」

「俺と先生で話すことがある。一応、お前も健診だ」


 強化人間、リッパー。その容体を診た医師は、チウポンにこう告げた。


「やはり、人工心肺が限界に近いねぇ」


 ディスプレイに表示された電子カルテや、X線写真、装着された小型人工心肺の劣化具合。人工心肺の寿命は、あと二百八十八時間。


「予備はありますか」

「いや、デンド・ファミリーに発注した特注品だから、今すぐには用意できないし……」


 白髪の医師は、背筋を曲げて指を組んだ。


「新しいものを用意する条件も、提示されている。一週間以内にリーベル用リアクターを手にすること。団長は、反論する暇もなく会話を打ち切られたそうだ」


 チウポンの茶色い顔は、現実を現実として受け止め切れない、舌を噛み切りそうなほどに苦い表情に覆われた。


「戦闘機動を行えなくなるまでは、どれほどですか」


 彼がそう問うと、医師はボールペンの頭で蟀谷を押しながら答える。


「日常生活を送るだけなら二週間。戦闘機動を行えば……残り寿命が一週間になる足りで機能が低下し……満足に日常生活も送れないだろうね。大量の酸素を必要とする強化筋繊維を使ってる以上、リッパーくんの種族から考えても、人工心肺無しじゃ歩くことも叶わないはずだ」

「どうにか、伸ばせませんか」

「私の──というか、スリーフォーの技術じゃ修理もできない。デンド星でしか採れないと言われる、特殊なレアメタルも使われているしね」


 ギリリッ、と彼は奥歯を噛み締めた。


「サイボーグ用の人工循環システムを応用した、外付けの強化パーツ。肺と心臓を二つずつ増設して、筋肉もよりパワーのある特殊なものに置換する」


 医者の淡々とした声。


「これを施術した医師はイカれているよ。人工心肺を取り換えたとしても、脳に注入した種々のマイクロマシンや、戦闘用の薬剤の影響で、近く人格は崩壊する。そうなったら、植物状態へ一直線だろう」

「そうなったら、俺が殺します」


 チウポンは、右腿にある大ぶりな拳銃に手を伸ばした。


「この十二ミリで、脳幹を撃ち抜く。一発で、楽にしてやれる……」

「医者の前で人殺しの話はやめてほしいんだがね」


 ギシリ、椅子を軋ませながら医者が立ち上がった。


「とにかく、人工心肺を手に入れてくれよ。主治医として、患者を看取るのはもうごめんだ」


 追い出されるように、チウポンは診察室を後にする。


「失礼します」


 頭を下げて廊下に出ると、ドッと体が重くなる。


(小銭欲しさに強盗を働いた結果が、こんな立場か)


 勤め先の重機リース会社が潰れ、路頭に困ってコンビニ強盗。その咎で故郷ノービードから追放され、十余年だ。


 ラバルティで次元断層へと運ばれていく中、小惑星帯N-444で海賊に襲われ……囚われた。そこから感応者としての能力を活かして生き延び、今ではエースパイロットの相棒だ。


(俺は、碌な死に方をさせてはもらえないだろうな)


 リーベルのビームで焼かれるか。役割を失い、樽のようなものに閉じ込められて宇宙を漂流するか。次元断層に放り込まれ、あっという間に消滅するか。


 どれにしたって、墓を建ててくれるものもいない死に方だ。


 そこで、リッパーが出てくる。


「ねえ、チウポン」


 彼女の声は、震えていた。


「私、死ぬの?」

「リーベルのリアクターが手に入れば、死ななくて済む。だから、もう一暴れだ」

「そうだよね、殺して、殺して、殺して! 私はそのためにいるんだよね!」


 駆け出した彼女を、チウポンは少し遅れて追う。死ぬなら、一緒だと。





 八光年、星図上左に動く。水の惑星ノービード、その唯一の月、スルト。そこに築かれた都市の中で最大のそれである、グランダの宇宙港に雲龍型が停泊しているのは、言うまでもない。


 天城。アストロラーベの母艦だ。


「大統領閣下、何の御用で?」


 立ち入り制限区域にある、薄暗い通信室。ホログラムとして映し出されるのは、黒髪黒目、壮年の男だ。指にはダイヤの指輪が三つ、嵌められていた。


 それに向かって休めの姿勢をとるのは、中柱リンダ。隣にはアルトもいる。


「グランダには、我が国の企業も工場を置いている。それは、知っているな?」

「ええ、勿論……スパイの疑惑でも? ストラトに、技術を売っているとか」

「いや、そうではない。むしろ、逆だ」


 ピクリ、問うたばかりのリンダは瞼を動かした。


「この度、破損したリーベルの修復を担当する工場に我が国の企業……田村製作所が選ばれた。そのため、田村には、リーベルの詳細なデータが保存されている可能性も否定できない」

「つまり、そのデータを回収して、本国に送らせろ、と?」


 アルトが問う。


「それも、また違う。既に田村には、データベースにリーベルの設計データが保存されていないか、調査させている。そこで、君たちに頼みたいのは、実働データの収集だ」

「実働データ……引き込んで、解析を、と?」

「そうできれば何より嬉しいが、難しいだろう。リンダくん、君たちはリーベルと模擬戦を行ったと聞く。ならば、交戦データはあるのだろう? いくらで売ってくれるかな?」


 リンダは姿勢を崩したくなるほど、深く息を吐いた。これだから政治屋は、と吐き捨てたくなる感情を隠さずに。


「お言葉ですが、荘林そうばやし大統領」


 彼は低い声で言う。


「リーベルとの模擬戦は、飽くまでオーバーホールを終えた後の慣らし運転。価値のあるデータではないでしょう。リーベルの性能は、四十パーセントも引き出されていない。売るとしても、五万クレジットにもならない」

「ほう。だが、『本気の』データもあるはずだ。リーベルと共に、宇宙海賊と戦ったのだからな……」


 なら最初からそう言え。祖国は愛せても、政治屋は愛せないな。リンダは、無言のうちに言葉を殺した。


「セイトくんは、よき友人です。その許諾も得ないで情報を売るような行為は、筋が通りません」

「筋? 極道のようなことを言う」

「傭兵も賞金稼ぎも、極道と然して変わらないでしょう。やっていることが世間の為になるかどうかです」


 フッ、と大統領は笑った。


「なら、この話は諦めると──」


 大統領が負けを認めようとした時、その彼が誰かと会話を始める。小声で、リンダたちには聞き取れない。五十秒後、彼は視線を二人に戻した。


「朗報だよ、リンダくん」


 彼の顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。


「田村製作所で、リーベルのデータが見つかった。どうやら、ノービードから来た技術者が十万クレジットで売ったらしい」


 金に目が眩んだ愚か者、とリンダは罵倒の言葉を脳裏に浮かばせた。


「では、また会おう。新型扶桑のデータは、契約通りに送ってもらう」


 プツン、通信が途切れる。


「リンダ、面倒なことになったね」


 通信室から出るなり、アルトが言った。


「セイトくんにどう説明したものか……」

「アタシなら、言わないけど」

「それが最善、か」


 二人が歩いた先、ブリッジ横のボーディングブリッジ。それを出た所で待つのは、セイトとニコだった。


 丁度、ニコに接吻をせがまれて困惑するセイト、という状態。


「ニコくん、もう少し場所を選ぶべきだよ」


 リンダは短く諭す。


「でも、セイトとキスをすると安心できる」

「ニコ……」


 困るセイトは、それでもニコの手を握っている。


「それじゃあ、行こうか。若きエースに、一杯奢らせてもらうためにね」

「飲みませんからね、酒は」

「ビールの一杯飲んだって怒られないよ。アタシなんて十五から飲んでる」

「初耳だぞ……?」


 セイトの運転する車は、歓楽街に消えていく。だが、いつまでも続く平和などないのだ。

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