#40 慣らし運転、ニコのルーツ
月面都市グランダの上空で、二機のゼロアニマがライフルを向け合っていた。
片方は、リーベル。白と青、五体満足の新品だ。
片方は、赤い扶桑。これも五体満足だが、新品とは言えない。
その銃口から放たれるのは、微弱なレーザー。引き金が引かれる度に赤い光が駆け、宇宙の彼方に消えていく。セイトのリーベルも、狙い澄ましてビームカービンのトリガーに指をかけるが、何の意味もない。
『その程度かい、セイトくん!』
リンダからの声が届く。
『もっと楽しませてくれよ、僕はこんなことじゃ満足できない!』
「慣らし運転なんだから……!」
そう、これはオーバーホールを終えたリーベルの試験なのだ。模擬戦の形を取った慣らし運転。あまり負荷のかかる機動は行いたくない。
だが、同時に、セイトの心臓で闘争心の種火が熾きていることも、事実だ。ジーベンに勝つなら、扶桑に負けてはいられない。
「ニコ、近接戦闘であれに勝てると思う?」
兎や飛蝗にも似た、急加速と急減速を繰り返すマヌーバを行う相手。赤い機体は、跳ね回るようにスラスターを吹かし、セイトの射撃を軽く躱し続けていた。
「純粋なスラスター出力では勝てると思うけど、技量とスラスター配置を考えると、五分だと思うよ、セイト」
「上等!」
五分なら賭ける。獰猛な闘争心に従って、彼はビームソードを抜いた。極限にまで細くされた刃が作られる。
『近接! 付き合ってあげようじゃないか!』
扶桑の手の中で、ブォン、と湾刀型の刃が発振される。
「約束、忘れてないんですよね。勝ったら、アルトさんの母星について聞かせてもらいますっていう!」
『勿論! 教えてあげる、勝てばね!』
外遊戯アルトの返事がすぐさま飛んできた。
両者、正面からぶつかり合った。模擬戦用のごく低出力なソードだ。できることは、斬り結んだり弾いたりすることに限られる。
だが、出力の違いはここでも現れた。リーベルの剣が、扶桑の刀を巻き取る。ビームソード本体への影響がなくとも、一撃を加えるだけの隙を産んだ。
玩具のようなソードが扶桑の頭部を掠める。『HIT』の文字が、セイトの視界に表示された。
それで終わる模擬戦ではない。腰だめに刀を構えていた扶桑。突き出される一瞬前に、セイトはスラスターから粒子を放出した。斥力で機体を押し、横回り。側方を取ってビームソードを振り落ろしたが、逆手の脇差に阻まれた。
『いいセンスだ、引き抜きたいくらいに!』
ビームの刃が、幾度となく触れ合う。機体まであと数センチという所を、幾度となく赤い剣が過ぎる。
突如、扶桑が後退した。追いかけんとスラスターのパワーを挙げる。セイトはそう判断したが、その一瞬前にニコが叫ぶ。
「撃たれる!」
ならば、従うまで。彼は左腕部に粒子シールドを展開する。と、どうだ。ニコの言葉通り、扶桑の胸部連装ビーム砲から光弾の雨が放たれたのだ。
粒子の壁にぶつかったビーム弾がスパークを起こし、視界に眩い光を齎す。
(俺なら、ここで斬りに行く!)
経験から、推測。右手のソードはまだまだ使える。
「行けるよ、セイト」
確と握り締め、乱暴に振り抜いた。画面に映る、HITの文字。光学映像が戻ってきた時には、扶桑のビーム太刀は刃を失っていた。
『僕らの負けだ、セイトくん』
リンダの声。
『約束通り、話を聞かせてあげようじゃないか』
どこに当たったのか、ニコの解析がすぐに行われた。どうやら、勘に任せて振るったソードは、扶桑のコックピットに直撃したらしい。セイトは、自分の運の良いことへ、静かに感謝を送った。
賞金稼ぎクラン、アストロラーベ。その母艦である天城は、静かに二機のゼロアニマを受け入れた。ヲッチ号とは違う、全通甲板だ。着艦は容易で、金のあるクランのやることだ、とセイトに思わせるのであった。
「雲龍型は初めてだろう?」
無重力で真空の格納庫で、リンダが流れてくる。
「随分と上手いじゃないか。エイダーには悪いが、所属を変えてもらってもいいくらいだ」
「買い被りすぎです。偶々上手くいっただけで」
ストン、とキャットウォークに降りたリンダは、格納庫に並ぶ水色の扶桑を指差す。総計、十機ほどが聳えていた。
「僕の祖国が作った、最高傑作。それが扶桑だ。リーベルがそうであるように、誇りの象徴……」
語るリンダの声音は、恍惚のそれに近い。
「そういうのはいいから、早く話を聞かせてほしい」
ニコが急かすと、彼のヘルメットから溜息が通信に乗った。
「なら、おいで。ゆっくり話そう」
エアロックを抜けて、セイトとニコはヘルメットを外した。随分と広い。二十四機のゼロアニマを納めるなら、こうもなるか、と彼は視線を巡らせる。運航に関わるクルーだけでも何人いるか。過ぎ去る人は、絶えない。
導かれたのは、ヲッチ号にもあるようなパイロットルームだ。が、格が違う。
「広いね、セイト」
パイロット二十四名と、感応者二十四名。それらが丸っと収まるであろう、大会議室のような広大さを有していた。
リンダは、壁際のソファーに腰掛ける。先んじて座っていたアルトの隣だ。セイトらも、適当な椅子を持ってきて腰を下ろす。
「アルト、君の母星について聞かせてやってくれ」
リンダに促され、アルト──桃髪赤目、赤い眼鏡をかけた小柄な彼女は口を開く。掌に置いたホログラム装置を起動し、エイエンズ銀河の星図を生成させた。
「アタシの生まれは、蒼天共和国の辺境惑星、
ホログラムはズームし、蒼天共和国の領土を映す。星図上下方にある、タンバード星系連合との国境もそう遠くない地域だ。
「その田舎の中の田舎。蒼天語も第二言語として扱われる、少数民族が、アタシのルーツになる」
伊邪那美という惑星に、視点は吸い込まれていく。
「民族の名前は?」
セイトが問うた。
「『サント』。蒼天語表記するなら……」
ピピピッ、とアルトが機器を操作すると、文字が浮かんだ。『燦人』。
「感応者が生まれやすい民族なんだ。特に、桃色の髪と赤い瞳を持つ女は、優れた素質を持つと言われてる。だから、蒼天共和国はこのことを表に出したがらない」
「海賊やマフィアに狙われるから?」
ニコが言うと、彼女はそっと頷いた。
「まさにその通り。ニコちゃんは、宇宙産まれ?」
「うん。産まれた時から、ずっと宇宙船にいた」
「じゃ、伊邪那美は出身地じゃないかもねえ。妊娠したまま出港することはないだろうけど……マフィアに身を売ったサントの子供、って所かな」
やはり故郷はない。表情の動かないニコが何を想っているか、セイトには推し量りようもない。寂しいのか、諦めたのか。答えは、すぐに放たれた。
「セイト、伊邪那美に行きたい」
彼の手を握りながら、ニコは言う。
「そしたら、私の親戚に会えるかもしれない」
「大分遠いと思うけど」
「今じゃなくてもいい。いつか行く、って約束して」
いつになく押しの強いニコを前に、彼はリンダへと助けを求めた。
「男を見せなよ、セイトくん」
深呼吸して、言葉を整える。
「わかった。連れて行くよ。伊邪那美」
そう言い切った時、ニコの体は彼に向けて跳んだ。押し倒された彼の顔を、ニコの細い指が何度もなぞる。次いで、深いキスが交わされた。
「サントっていうのは、キス魔なんだっけ?」
リンダが言うと、アルトは呆れた顔で首を横に振った。
「聞いたことがないねえ。ニコちゃんが好きなだけだよ」
短いセンテンスがやり取りされる中、放送が鳴る。
『ヲッチ号の接近を確認。リーベルの迎えのようです』
セイトはニコを抱え、起き上がる。
「それでは、ありがとうございました。また、一緒に戦いましょう」
頭を下げた彼に、リンダたちは敬礼で返す。
「君なら、銀河に名を馳せる名パイロットになれる。生き残れよ」
エレベーターでカタパルトデッキに上がるリーベル。リンダは、艦橋からそれを見送った。
「本当に、死ぬんじゃないぞ」
戦場はあちらから来る。その時、生き延びるために必要なのは、実力と運の両方だ。
「君なら、どちらも持ち合わせることだって不可能じゃないんだ」
あとがき
雲龍型航宙母艦 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051606347042042
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