#39 破壊から三日
ヲッチ号から、二十メートル近いトレーラーが走り出した。それも、二台。片方はオレンジのザンクト、片方にはリーベルだ。
その二台を追う、セイトのトライクと、レンタカーのマイクロバス三台。まだ追悼のムードに包まれた街の中を、セイトはニコを背負って進んでいく。
「三日経っても変わらないね、セイト」
ニコが言う。
「三日しか経ってないんだ。何もおかしいことじゃない。俺も、ここの市民だったら一か月は引きずると思う……」
あまりに多くの命が散った。そう思っている彼らは、まだ真実を知らない。
地下道──と表現することが正しいのか、否か。液晶の看板には『UNDERPASS』とあるが、この街自体がそもそも地下ではないか。セイトの短い思考。
「下層に行くなら、地下道かもしれないよ。セイト」
「また思考を読んでる……」
ルルル、とモーター音を鳴らしながら、大型車が行き交う道へと彼は入った。
向かう先は、地下工廠。過ぎ去る看板も、非常電話も、彼の心中に根付いた無力感の前では何の価値があるか。
五十メートルほどの下り坂のトンネルを抜けると、パアッと視界が開けた。薄暗いことは上層と然して変わらないし、天井の高さも大差ない。だが、並び立つ工場群を見下ろすと、彼はこの街の巨大さを思い知らされる。
「半径三十キロ、か」
呟いたその声は、工場の騒音に掻き消された。
暫く走って、工業団地の中央にやってくる。トレーラーが運び込まれた、だだっ広い工場に、マイクロバスから降りた薄緑の男たちも入った。肌の色ではない。飽くまで、作業着の話だ。
三十名ほどの技術者を、この工場の作業員たちは遠巻きに眺めていた。
「わざわざ外部から呼びやがって……」
恨み言は、技術者たちに届いてはいない。
「エイダーさん」
クレーンでリーベルとザンクトが床に置かれる中、技術者のリーダーがエイダーに話しかけた。隣にはセイトとニコがいる。
「リーベルのメンテは、二日で終わらせます。ザンクトの修復は、そうすぐには終わりませんが……」
「腕丸ごと付け替えるだけじゃ、駄目なのか?」
話を聞きながら、セイトはリーベルを眺める。白と青の機体に、汚れらしいものはない。だが、全身の噴射口が歪んでいるような、そんな気がした。
「エイダーさんの機体は、ライトアーマー仕様。左腕部の粒子シールド発生器を小型化して、右手と同等のビーム砲を搭載している。言ってしまえば、そう生産数の多いパーツではないんです」
エイダーは、後頭部をガリガリと掻いた。
「金は出す。リーベル含めて、三日で終わらせてくれ」
「左腕を特急便で頼めば、確かに明日中には届くでしょうが……整備費用、百五十パーセント増しですよ」
「構わねえ。一刻も早く戦力を確保しなきゃならねえんだ」
はあ、と黒人のリーダーは溜息を吐く。
「左肩の溶融したパーツの排除は、簡単じゃないですよ。その作業を早めるなら、もう三万クレジットは頂きたい所です」
「おうよ、出してやらあよ」
これだから現場主義は、とリーダーは呟いて、部下たちに呼びかける。
「突貫作業だ! 三日でリーベルもザンクトも仕上げるぞ!」
「そんなあ!」
だが、作業はすぐに始まった。リーベルは全身のメンテナンスハッチを開けられる。そこから装甲の取り外しを行うためにロックを解除される。露わになる、頑強なフレーム。
それを、セイトは高い位置から眺めていた。
「あのフレームがなければ、俺は今頃宇宙に放り出されてた……」
リーベルの持つ常識外れのパワーに耐える、現時点の技術力で到達できる剛性を持ったフレームだ。具に観察したい所だが、作業員たちは周囲に幕を張った。
「流石に最高機密、ってことか」
「そんなに気になる?」
背後から、ニコに声を掛けられた。
「そりゃあね。命を預けてるんだ、よく知りたいよ」
「思考を読んで教えることもできるよ?」
「やめておく。最高機密に触れて怒られたくないから」
これ以上はいても無駄。そう判断して、セイトは踵を返した。エレベーターで一階に降り、工場を後にする。トライクとマイクロバスが停まる横、エイダーやヘルト、ヂオウが待っていた。
「おう、セイト」
エイダーが腕を挙げて、彼を呼ぶ。
「先に帰ったものだと思ってましたよ」
「ちっと工場見学してもいいらしいからよ、見て行こうぜ」
船に帰りたい。そう言いかけた彼は、ニコに手を握られて、思いとどまる。
「セイト、籠ってても仕方がないと思う」
思考を読んだわけではない。この三日、自室でラップトップと睨めっこをし、読み古した専門書をまた読んでいるだけの生活をしていた。ニコなら、そのことは知っているから。
「……そうだね」
外の世界を見ねばならない。セイトは、そっと頷いた。
「行きましょう。俺は、トライクで追います」
彼らがまず訪れたのは、中央の工場から西に六キロ進んだ地点にある、別の工場だ。『田村製作所』と蒼天共和国の言葉で書かれた下に、『TAMURA FACTORY』と添えてある看板が目立つ。
受付でIDカードを出す。四、五十か、という所の黄色人種の女が、無愛想にそれをリーダーに通した。
「見学ルートから外れないように」
その一言を告げた女は、新聞に目を向けた。
セイトらを迎えたのは、つなぎ姿の老人だった。白い肌と、碧い目。受付とは打って変わって愛想のある、ニコニコとした表情を浮かべる。
「エイダークランの皆さまですね。どうぞ、こちらへ」
老人は確かな足取りで歩く。エレベーターで上層階に上がって、少し進む。窓ガラスの向こうに、作業場が見えた。
「ここでは、レビトンリアクターの最終組み立てを行っております」
ルビーのような赤い鉱石の塊が、灰色の機器に納められる様を見下ろすことができた。機器の上方にはリング。赤い鉱石を取り巻くのは、人の手か、と思わせるようなパーツだ。
「あの石が、R鉱石。感応波を受けて質量崩壊反応を起こします」
コツン、コツンと老人は安全靴を鳴らしながら紹介する。
「その際に生じたエネルギーは、上方のリングを通じて電気へと変換され、ゼロアニマ全体を駆動させる。そういう仕組みとなっているのです」
「レビトン粒子は、どう回収するんです?」
セイトは少し乗り気になって、自分から質問を発した。
「周囲の手のようなパーツで吸収され、スラスターや武装へと分配されます。一部は慣性制御にも用いられ、パイロットにかかる負荷を軽減する……というのは、身をもってご存知でしょう」
「まあな。俺みたいなザゲンダにはあまり要らないが」
「ほう、ザゲンダ」
エイダーの頭には、短い角があった。茶色い肌に、赤い入れ墨。それこそが、耐G種族『ザゲンダ』の証だ。
「心臓が二つあり、Gで血流が滞りにくいと聞きますが……」
「ああ、その通りだ。だから、慣性制御でGを殺さなくて済む」
「しかし、ザンクトは壊れてしまった」
老人の鋭い斬り返しに、一同苦笑いをするのみだ。
「では、次のエリアへ参りましょう」
現物を見た次は、理論だ。プロジェクターのある部屋で、セイトらは安物の椅子に腰掛ける。
「レビトン粒子。電波を吸収し、レーダーや電波通信を妨害する粒子。同時に、空間構造を揺らめかせ、斥力を発生させる粒子でもあり……ビーム兵器の弾丸や刀身にもできる、極めて重要な存在」
そこまで言って、老人は苦笑する。
「なんてことは、貴方方なら百も承知ですね。何か、ご質問があればお答えいたします」
ニコが、すっと手を挙げた。
「どうぞ、お嬢さん」
「レビトン粒子はシエル波を伝達する。だからパイロットや感応者のコンタクトメットには粒子が注入されているけど……それが漏れてなくなることはないの?」
「微量の漏出は起こりますが、その前にヘルメットの寿命が訪れます。問題にはなりません」
童心に返ったセイトは、そこから質問を幾らか並べた。一瞬だけ、あの死体を忘れて。
◆
一方、デンド星、静止軌道。
「宇宙海賊スリーフォーからレビトン通信が入った」
カッタは、弘道艦長からの報告を受ける。
「幾らか新品のリアクターを強奪したそうだが、リーベルに使えるものはない、ということだ」
「ほう……やはり、グランダ中心部を襲わねばならないか。だが、そうすればストラトだけではなく、タンバードや蒼天からも掃討作戦の部隊が送られる……」
板挟み。彼の決断は、一つだった。
「リーベルの設計変更を通達。どうにか脚にリアクターを押し込めろ」
リーベルに勝つなら、リーベル。
「スリーフォーには、グランダへの散発的な攻撃を行い、完成までの時間を稼いでもらう。その件を、今すぐ送れ」
どっちが艦長だ、と思いながら弘道は通信員に視線を送った。
スルト宙域は、また戦場となる。
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