#38 黒き宇宙で
セイトの視線の先に、ぽっかりと天井を破られた月面都市がある。グランダの衛星都市だ。炭素繊維強化プラスチックとレゴリスで作られた、十メートル近い厚さの、空。
吸い出された空気と、それに流された様々なものが上空に浮いている。たった十五秒。全ての酸素を奪われ、意識を失ったまま息絶える。無数の死体、車、その他諸々。
「なんで、こうなった……」
目が見開かれたまま、動かない。見たくもないのに見てしまう。セイトの耳の中で、低く唸るような音が響く。これは、負けだ。
ヲッチ号に戻ったセイトは、項垂れたままパイロットルームで座り込んでいた。事務的にシャワーを浴びて、事務的に私服に着替えた。
できたことが、あるのではないか。否、何をしたとて間に合わなかった。脳味噌の中を駆け巡る思考と思考に、全ての処理能力を持っていかれる。
「セイト、もうすぐ入港だよ」
隣に座るニコが、引っ付きながら言った。彼の腕は、それを胸の中へと抱き寄せる。震える手、体、脚。
「ニコ、少し、こうさせてくれ」
十数分そうした。モバイルモニターはスリープモード。ボーディングブリッジの繋がる振動が、二人を引き剥がした。
「……行こう」
なんてことのないTシャツで、彼はグランダの宇宙港へと踏み出した。
IDカードをリーダーに翳して、通過。他の賞金稼ぎクランも、主要メンバーを送り出している。総勢四十名と言った所だろう。その只中にあって、彼の視界には真空を流れる死体ばかりが映っていた。
バスに乗せられ、街中へ。都市の中心に位置するとあるビルへ向かう道の中、薄暗い光に満たされた街並みを、彼はずっと眺めていた。『We pray for the souls of the victims.』。町中にある看板には、その文字が無数に並ぶ。犠牲者。守れなかった、人たち。
「防衛旅団司令部でぇす」
運転手が言う。横長のビルが、何も言わずに佇んでいる。これから嫌なことが起こる。セイトの肌を、苦い確信が撫でた。ギュッと握ってくるニコの手も、心なしか冷たいように、彼には思えた。
司令部の上層階、大会議室にて賞金稼ぎの面々は集められた。明るい顔など一つもない。ただただ出し抜かれた己の浅はかさを恥じるばかりで、普段なら威勢のいい声の一つでも上がりそうな処でも、沈黙だ。
パイプ椅子に並んで座った所で、呼び出した本人が現れた。百三十センチほどの背丈。緑の肌。副官がデバイスを操作し、賞金稼ぎたちの視線の先にスクリーンを降ろす。プロジェクターが、映像を産んだ。
「防衛旅団、旅団長、コホー・ナペル少将だ」
皺だらけの顔から、深みのある声が発せられる。
「よく集まってくれた、休んでくれ……と労いたいが、そういうわけにもいかない。少々、私の話を聞いてもらいたい」
映像は、衛星スルトを映した3DCGとなる。徐々にズームと回転を行い、グランダ周辺で止まった。一つ、衛星都市が崩れている。
「この度、四隻からなる宇宙海賊『スリーフォー』艦隊の襲撃を受けた。無事追い返すことに成功したことは、感謝している。ありがとう」
素直な謝辞に、セイトはむしろ不安を増幅させられた。
「だが、事態は急変している。諸君が宇宙海賊と交戦している間に、月の裏側にジャンプアウトした船があった」
ピッ、と副官がデバイスのボタンを押す。シュピーデ級の一隻だ。翼のある、ヲッチ号の原型機。
「所属不明のシュピーデ級が出現。その後、急速に衛星都市ナンバー十四へと接近し……攻撃を行った」
ナンバー十四の管制塔が撮った写真も表示された。重ビーム砲が都市の天井を撃ち抜く、まさにその瞬間だ。
「目的は何だったんだ」
エイダーが待ちきれずに声を発した。そうだ、そうだ、と荒くれ者たちは堰を切ったように同調する。
「落ち着け! 順番に話す!」
コホー旅団長も焦燥しているのか、声を荒げた。
「ナンバー十四は、ノービードの部隊向けにレビトンリアクターを製造している工業都市だ。このシュピーデ級が宇宙海賊スリーフォーの所有するものであるならば、目的は新品のリアクターだったのだろう」
セイトは、ピクリと眉を動かす。もしか、あり得る。
そう思った時には、手を挙げていた。
「セイトくん」
コホーに名前を呼ばれ、立ち上がる。落ち着かない唇で、言葉を紡ぎ始めた。
「つまり、リーベルのパーツを回収したデンド・ファミリーに小型リアクターを流すため、狙ったと?」
安定しない、微細動を伴う発声だ。淡々と状況を報告されることが、却って彼の不穏を強めるのだ。
「その可能性はあるが……ナンバー十四ではリーベル用リアクターを製造していない。奴らはミスを犯したというわけだ」
「で、被害のほどは?」
ヘルトが挙手もせず、険しい顔で問う。
「吸い出された者は三百名ほどと推測される。詳しいことは、これから調べることになるがな」
ざわざわ、その場にいる者たちは囁き合う。
「すまない。これは、陽動に乗った私の責任だ。諸君に、責任はない」
深々と、コホー旅団長は頭を下げた。それを責められる者など、いるはずもない。だが、セイトは余計に苦しくなった。どうにもできなかった、と突きつけられているようで。
「攻撃を受けたエリアは、非常事態宣言を受けて気密隔離を行っていた故、被害は最小限で済んだ。これ以上はない。バレウスによる遺体の回収は、不可能に近いが……」
「僕等賞金稼ぎの任務は、続行かい?」
リンダが脚を組んで尋ねた。
「そうだ。諸君には、引き続き海賊やマフィアからこの街を守り抜いてほしい」
「なら、聞かせてほしいことがある」
続けて、リンダは言う。
「リーベル用のリアクターは、ここ……衛星都市ではなく、グランダで製造しているのだろう? その情報は、流れていないだろうね」
「私が管轄する範囲では、漏洩していない。言い切ることは難しいがな」
もし、この街が本格的な襲撃を受ければ、とセイトは考える。グランダの街をビームが焼き、数えきれない命が消え去る。それだけは、避けたい。
「以上が、こちらからの伝達事項だ。他、質問はあるか」
質疑応答が続く。何も言えないセイトを、置き去りにして。
◆
デブリーフィングを終えたコホー旅団長は、市長室を訪れていた。そこには、やはりイートン市長が三つ揃いの喪服で待つのだ。
「旅団長、計画通りですね」
合成音声が、そう告げた。
「気密隔離したエリアに攻撃を仕掛けさせ、精巧な人形を宇宙に放り出す。犠牲者も、不法侵入していた八人で済みました」
「あまりいい気分ではない。民間人に被害が出てしまったからな……」
「しかし、ノービード本星からの監査は入らないことでしょう。存在しない戸籍も用意できたことですから」
小柄すぎるコホー旅団長の体が、革椅子に収まる。
「これで、リーベルの量産の許可を取り付ける。あれをそのまま生産することは叶わないが、先行量産型の用意くらいはさせてもらえるだろうな」
「グランダで初めて、ゼロアニマの最終組み立てが行われる。素晴らしいことです。パイロットの選定はお任せしますよ、コホー旅団長」
フウッ、と彼は溜息を吐いた。
「できる限り迅速に、議会を動かそう。明日明後日、とはいかずとも、一か月もあれば承認されるはずだ」
「では、その通りに。具体的な設計は工廠に任せますが、よろしいですね?」
「構わんよ。一日でも早く配備してくれることを、願っている」
コホーは静かに立ち上がり、市長室を出た。エレジーが流れてくる窓の外を見て、頭を振る。
(ブラック、だな)
最早グレーではない。だが、故郷に報いるためだ。言い聞かせながら、彼は自宅のあるマンションを目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます