#37 ジーベンのマスプロ、その脅威

「ヘルト、リミッター解除だ!」


 エイダーがオレンジのザンクトの中で叫んだ。


「ジーベンは、素面じゃ勝てねえ!」

「十二秒待ってよね、すぐ終わらせるから」


 緑のジーベンが放つビームの連射を、彼は右へ左へ飛び回り、どうにか躱している。が、それがいつまで続けられるか。彼我の距離は縮まっているし、ある程度の距離になれば、ビーム砲はほぼ必中と言える。


 遂に、一発貰った。左肩がフレームごと融解し、腕は虚空に流れていく。


「セイト、急げよ……!」


 その祈りが届いたのか、白い機体が赤い尾を引いて、戦場に舞い戻らんとしていた。





 ヲッチ号のパイロットルームから、セイトとニコは飛び出した。ヘルメットの通信機が、ナービの声を彼らに伝える。


『リーダーから増援の要請。急げよ、セイト』

「軽く言ってくれますね……!」


 真空で無重力の格納庫。ふわり、二人の体は浮く。キャットウォークの手摺で半回転したセイトは、ニコを柔らかく受け止めた。


「カノエさん、リーベル、動かせますか!」


 短距離通信を飛ばす。


「放熱は済んだけど、パーツのチェックが手付かずなんだ! でも行くんだろ⁉ ウチが何言ったって!」

「はい、行きます!」


 重い溜息が、彼に届いた。


「行ってきな。でも、気を付けるんだよ。今度オーバーヒートしたら、スラスターは全部分解整備が必要になる。だから、スラスターの使い方に気を払うんだ」

「わかりました。やってみます」


 コックピットハッチからシートに降りていく二人を、カノエは静かに見上げていた。


「整備が間に合わなくてパイロットと感応者が死にました、ってのは御免だよ」


 その呟きは、通信には乗っていなかった。


 さて、リーベルはカタパルトに足を接続した。


『カタパルトデッキ開放。格納庫のシャッターを開くぞ』


 音がないはずの真空。ゼロアニマのコックピットでは、ゴウンゴウンという機械の作動音が後付けされ、立体音響で再生されている。上までシャッターが開かれれば、まるで空気圧でも使っていたかのように、プシューという音が再生される。


 彼の視線の先には、戦場。ビームと爆発の混じり合う、命を紙屑のように消費していく、真空の地獄。


 だとして、彼はそこへ向かわねばならない。生きるために、死にに行く。


「セイト、怖いの?」


 ニコが問う。


「怖いよ。でも、ここで何もできない人間になる方がずっと怖い」


 セイトは、スウッと深呼吸をした。


『カタパルト、充電完了。射出タイミングはそっちに一任するぜ』


 ナービの一言を受けて、彼の手は武器管制スティックを握った。


「リーベル、セイト・イミバシ。行きます!」


 グン、とかかるGに耐えて、数秒。放り出された機体は、艦艇からの援護射撃を背後より受けながら戦場へと直進する。


「戦闘エリアまでの距離、七キロ」

「なら、撃てる!」


 単射モードのカービンを、一発。秒速十キロを超えるスピードで飛翔した赤い光は、徒花と咲いた。


 距離が縮まれば縮まるほど、戦場は克明に見えてくる。オレンジのザンクトがジーベンに追われていた。その左肩を撃ち抜かれ、バランスを崩す。


「エイダーさん!」


 止めの照準を定めたジーベンに向け、セイトは半ば反射にも近い勢いでビーム弾を連射した。粒子シールドを展開し、防御の体勢に入った敵機。そのビームカービンを、エイダー機の反撃が撃ち抜いた。


 爆発が起こり、粒子が散らばる。その間に、エイダーは撤退を開始していた。


『セイト、悪い。あいつはお前に任せる』

「託されました!」


 ジーベンのカービン。そのアンダーバレルにあるマルチランチャーが、カタンと回った。一瞬の回想をしたセイトは、すぐさまニコに指示を出す。


「ニコ、閃光弾が来るかもしれない! 対応は前と同じ!」

「わかったよ」


 放たれた六十ミリの擲弾が、カッと太陽のような光を放つ。可視光に頼ったカメラでは、真っ白に塗りつぶされていただろう視界。今の彼は、赤外線で敵を捉えていた。


 三秒の、緑の視界。連射に次ぐ連射でジーベンの動きを封じる。ピーッ、と警告音が鳴った。


「セイト、カービンの粒子残量が十八パーセントまで減ってる。補給できてなかったみたい」

「なら、要らない!」


 防御に徹するジーベンへ、彼は単射モードで一撃。遂に粒子シールドを打ち破ったが、武器もただの金属の塊に成り下がる。ならば、とその銃を投げつけた。


 激しい衝突音が、彼の鼓膜を揺らす。一瞬姿勢を崩した敵に対して行うのは、ビームソードを両手に握っての突撃だ。


 スラスターは、限界に近いかもしれない。その思考は、彼の中に確かにあった。ありはしたのだ。だが、目を背けた。無理を通すタイミングだ、と確信していたから。


 バチン、とビーム刃のぶつかり合い。エネルギーフィールドに割れ目ができて、高エネルギー粒子が飛散する。装甲の表面にできる、無数の凸凹。


『リーベルのパイロット、賞金稼ぎに甘んじるつもりか』

「甘んじる? 俺は俺だ、俺の意志でここにいる!」

『自由が欲しくはないのか、何にも縛られぬ、欲望のままの戦いが!』


 ビーム刃を作るフィールド同士が、濡れた紙がくっつくように癒着する。斬り結んだまま、両機は回転し始める。


「お前は何だ、デンド・ファミリーの仲間か!」

『ああ、そうさ。この機体も、ファミリーから手付金として頂戴したもの。貴様の持つリアクターを手に入れれば、たんまりと報酬を頂く次第さ!』

「そういう! 嫌いだ! マフィアも海賊も、奪えばいいと思っている!」


 距離を取って連装ビーム砲を放つジーベン。粒子シールドによる防御を行う彼は、押し固められたように動けなくなる。


『甘さ! だからお前は死ぬ!』


 高揚に身を任せるリッパーの女声が、セイトを襲う。が、彼女を赤い扶桑が蹴り飛ばした。追撃のビームは、虚空に消える。


『セイトくん、随分と苦戦しているね!』

「リンダさん、こいつのビームブレイド、リーベルでも打ち破れません」

『ふむ……君の感応者と話してみるといいかもしれないね』

『私と同族の、カワイ子ちゃんとね』


 リンダの感応者、アルトが、あどけないと言えるほどの声で付け加えた。


「だってさ、ニコ!」


 射撃を避けながら、彼はニコの判断に委ねる。無言が、二十秒続いた。


「……オーバーロード寸前まで、パワーを供給してるのかも。多分長時間はもたない。こっちのパワーも上げてみる。それでぶつけてみよう、セイト」

「上等!」


 唸る左の刀身。狙うは、真っ直ぐにコックピットだ。受けるために構えられた直刀型のブレイドは、異常なまでに高出力なソードに巻き取られる。


 が、無理は無理だ。電撃が両者の剣に走る。爆ぜる、二つのビームソードユニット。秒速何十キロにもなった破片の嵐が、ジーベンの頭部カメラに突き刺さった。装甲の角度の違いが、リーベルに無事を齎す。


 殺したいか。隙だらけの敵を前に、一瞬セイトは逡巡した。ここで殺しても、襲い来る海賊を追い返すだけの螺旋に放り込まれて、終わりではないか。


「セイト、急いで!」


 ニコの呼びかけで、彼の思考は急速に現実へと引き戻される。


『また会おう、リーベルのパイロット!』


 3DCGのノイズめいたものが、ジーベンにかかる。ビームソードを突き出したセイトであったが……間に合わない。敵は、消えた。


「ゼロアニマ単独の、レビトンジャンプ……」


 顔を上げれば、ニベルング級も消えていた。残るは、ヲッチ号の原型となった船、シュピーデ級の一隻のみ。


 セイトの脳裏に、古代の戦争に関する記憶が浮かび上がった。木馬を残し、そこに兵士を満載しておく。戦利品だと思った敵軍は、それを城に引き込んだが、中に潜んでいた兵士たちに制圧される……。


「セイト?」


 敗北か勝利か。ニコの声に揺らされて、彼の視線は月面に落ちる。一つ、都市が破壊されていた。

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