#37 ジーベンのマスプロ、その脅威
「ヘルト、リミッター解除だ!」
エイダーがオレンジのザンクトの中で叫んだ。
「ジーベンは、素面じゃ勝てねえ!」
「十二秒待ってよね、すぐ終わらせるから」
緑のジーベンが放つビームの連射を、彼は右へ左へ飛び回り、どうにか躱している。が、それがいつまで続けられるか。彼我の距離は縮まっているし、ある程度の距離になれば、ビーム砲はほぼ必中と言える。
遂に、一発貰った。左肩がフレームごと融解し、腕は虚空に流れていく。
「セイト、急げよ……!」
その祈りが届いたのか、白い機体が赤い尾を引いて、戦場に舞い戻らんとしていた。
◆
ヲッチ号のパイロットルームから、セイトとニコは飛び出した。ヘルメットの通信機が、ナービの声を彼らに伝える。
『リーダーから増援の要請。急げよ、セイト』
「軽く言ってくれますね……!」
真空で無重力の格納庫。ふわり、二人の体は浮く。キャットウォークの手摺で半回転したセイトは、ニコを柔らかく受け止めた。
「カノエさん、リーベル、動かせますか!」
短距離通信を飛ばす。
「放熱は済んだけど、パーツのチェックが手付かずなんだ! でも行くんだろ⁉ ウチが何言ったって!」
「はい、行きます!」
重い溜息が、彼に届いた。
「行ってきな。でも、気を付けるんだよ。今度オーバーヒートしたら、スラスターは全部分解整備が必要になる。だから、スラスターの使い方に気を払うんだ」
「わかりました。やってみます」
コックピットハッチからシートに降りていく二人を、カノエは静かに見上げていた。
「整備が間に合わなくてパイロットと感応者が死にました、ってのは御免だよ」
その呟きは、通信には乗っていなかった。
さて、リーベルはカタパルトに足を接続した。
『カタパルトデッキ開放。格納庫のシャッターを開くぞ』
音がないはずの真空。ゼロアニマのコックピットでは、ゴウンゴウンという機械の作動音が後付けされ、立体音響で再生されている。上までシャッターが開かれれば、まるで空気圧でも使っていたかのように、プシューという音が再生される。
彼の視線の先には、戦場。ビームと爆発の混じり合う、命を紙屑のように消費していく、真空の地獄。
だとして、彼はそこへ向かわねばならない。生きるために、死にに行く。
「セイト、怖いの?」
ニコが問う。
「怖いよ。でも、ここで何もできない人間になる方がずっと怖い」
セイトは、スウッと深呼吸をした。
『カタパルト、充電完了。射出タイミングはそっちに一任するぜ』
ナービの一言を受けて、彼の手は武器管制スティックを握った。
「リーベル、セイト・イミバシ。行きます!」
グン、とかかるGに耐えて、数秒。放り出された機体は、艦艇からの援護射撃を背後より受けながら戦場へと直進する。
「戦闘エリアまでの距離、七キロ」
「なら、撃てる!」
単射モードのカービンを、一発。秒速十キロを超えるスピードで飛翔した赤い光は、徒花と咲いた。
距離が縮まれば縮まるほど、戦場は克明に見えてくる。オレンジのザンクトがジーベンに追われていた。その左肩を撃ち抜かれ、バランスを崩す。
「エイダーさん!」
止めの照準を定めたジーベンに向け、セイトは半ば反射にも近い勢いでビーム弾を連射した。粒子シールドを展開し、防御の体勢に入った敵機。そのビームカービンを、エイダー機の反撃が撃ち抜いた。
爆発が起こり、粒子が散らばる。その間に、エイダーは撤退を開始していた。
『セイト、悪い。あいつはお前に任せる』
「託されました!」
ジーベンのカービン。そのアンダーバレルにあるマルチランチャーが、カタンと回った。一瞬の回想をしたセイトは、すぐさまニコに指示を出す。
「ニコ、閃光弾が来るかもしれない! 対応は前と同じ!」
「わかったよ」
放たれた六十ミリの擲弾が、カッと太陽のような光を放つ。可視光に頼ったカメラでは、真っ白に塗りつぶされていただろう視界。今の彼は、赤外線で敵を捉えていた。
三秒の、緑の視界。連射に次ぐ連射でジーベンの動きを封じる。ピーッ、と警告音が鳴った。
「セイト、カービンの粒子残量が十八パーセントまで減ってる。補給できてなかったみたい」
「なら、要らない!」
防御に徹するジーベンへ、彼は単射モードで一撃。遂に粒子シールドを打ち破ったが、武器もただの金属の塊に成り下がる。ならば、とその銃を投げつけた。
激しい衝突音が、彼の鼓膜を揺らす。一瞬姿勢を崩した敵に対して行うのは、ビームソードを両手に握っての突撃だ。
スラスターは、限界に近いかもしれない。その思考は、彼の中に確かにあった。ありはしたのだ。だが、目を背けた。無理を通すタイミングだ、と確信していたから。
バチン、とビーム刃のぶつかり合い。エネルギーフィールドに割れ目ができて、高エネルギー粒子が飛散する。装甲の表面にできる、無数の凸凹。
『リーベルのパイロット、賞金稼ぎに甘んじるつもりか』
「甘んじる? 俺は俺だ、俺の意志でここにいる!」
『自由が欲しくはないのか、何にも縛られぬ、欲望のままの戦いが!』
ビーム刃を作るフィールド同士が、濡れた紙がくっつくように癒着する。斬り結んだまま、両機は回転し始める。
「お前は何だ、デンド・ファミリーの仲間か!」
『ああ、そうさ。この機体も、ファミリーから手付金として頂戴したもの。貴様の持つリアクターを手に入れれば、たんまりと報酬を頂く次第さ!』
「そういう! 嫌いだ! マフィアも海賊も、奪えばいいと思っている!」
距離を取って連装ビーム砲を放つジーベン。粒子シールドによる防御を行う彼は、押し固められたように動けなくなる。
『甘さ! だからお前は死ぬ!』
高揚に身を任せるリッパーの女声が、セイトを襲う。が、彼女を赤い扶桑が蹴り飛ばした。追撃のビームは、虚空に消える。
『セイトくん、随分と苦戦しているね!』
「リンダさん、こいつのビームブレイド、リーベルでも打ち破れません」
『ふむ……君の感応者と話してみるといいかもしれないね』
『私と同族の、カワイ子ちゃんとね』
リンダの感応者、アルトが、あどけないと言えるほどの声で付け加えた。
「だってさ、ニコ!」
射撃を避けながら、彼はニコの判断に委ねる。無言が、二十秒続いた。
「……オーバーロード寸前まで、パワーを供給してるのかも。多分長時間はもたない。こっちのパワーも上げてみる。それでぶつけてみよう、セイト」
「上等!」
唸る左の刀身。狙うは、真っ直ぐにコックピットだ。受けるために構えられた直刀型のブレイドは、異常なまでに高出力なソードに巻き取られる。
が、無理は無理だ。電撃が両者の剣に走る。爆ぜる、二つのビームソードユニット。秒速何十キロにもなった破片の嵐が、ジーベンの頭部カメラに突き刺さった。装甲の角度の違いが、リーベルに無事を齎す。
殺したいか。隙だらけの敵を前に、一瞬セイトは逡巡した。ここで殺しても、襲い来る海賊を追い返すだけの螺旋に放り込まれて、終わりではないか。
「セイト、急いで!」
ニコの呼びかけで、彼の思考は急速に現実へと引き戻される。
『また会おう、リーベルのパイロット!』
3DCGのノイズめいたものが、ジーベンにかかる。ビームソードを突き出したセイトであったが……間に合わない。敵は、消えた。
「ゼロアニマ単独の、レビトンジャンプ……」
顔を上げれば、ニベルング級も消えていた。残るは、ヲッチ号の原型となった船、シュピーデ級の一隻のみ。
セイトの脳裏に、古代の戦争に関する記憶が浮かび上がった。木馬を残し、そこに兵士を満載しておく。戦利品だと思った敵軍は、それを城に引き込んだが、中に潜んでいた兵士たちに制圧される……。
「セイト?」
敗北か勝利か。ニコの声に揺らされて、彼の視線は月面に落ちる。一つ、都市が破壊されていた。
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