#35 緑のジーベン
セイトの操縦するラバルティが、ヲッチ号との相対速度を落としていく。数分かけて格納庫に入った彼。民間用パイロットスーツで飛び出してから居住区に駆け込み、軍用のそれに着替えた。
ヘルメット片手に更衣室より出た彼を待っていたのは、小柄な少女、ニコだった。
「セイト」
ニコは彼の胸に手を当て、背伸びをする。少し戸惑ってから、彼の方から唇を重ねた。舌までは、使わない。
「行こう。海賊を追い返さないと」
自分に言い聞かせるように、セイトはバディと目標を共有するのだった。
リーベルとエイダーのザンクトが宇宙に上がった時、母艦のライダーは既に敵艦隊を捕捉していた。
『セイト、奴らの狙いは何だと思う?』
エイダーが、セイトに問うた。
「リアクターでしょう。レビトンリアクターの製造には、低重力環境と高度な技術力が必要。海賊風情が作れるものじゃないですから、グランダを襲って新品を奪おうとしているんだと思います」
『ヘルト、セイトに点数つけるなら何点だ?』
『百点だよ。ハイスクール出てると、やっぱり違うねえ』
出てないんですけどね、と付け加えそうになったセイト。彼を囲うディスプレイには、三次元的に索敵情報が表示されている。出現した四隻の戦艦が、一体何型なのか。まだ詳細はわからない。
電子音が断続的に鳴る中、正規軍のザンクトが上がってきた。哨戒飛行中の賞金稼ぎクラン、二つもゼロアニマを展開して高度を上げている。
「セイト、わかったよ」
ニコが言う。
「シュピーデ級三隻に、ニベルング級一隻。出撃してるゼロアニマは二十三機」
「ニベルングがいるにしては少ないな。武装シングルもいる?」
「いる。多分バレウスタイプ。三十二機」
敵としては、そう恐ろしいものではない。銀河全体に広く普及した単座式作業機械、シングル。その中でもインフラと言っていいほど広まったバレウスであれど、ゼロアニマの装甲を射抜くのは容易くはないだろう。
あるとすれば、旧式のビームカービンを搭載した重装タイプがウィークポイントを撃ち抜く程度のこと。
セイトは粒子シールドを展開した状態のまま、彼我の距離が縮まるのを待った。ビームカービンの射程に捉えるまで、あと何秒か。
「捉えた」
ニコの声が出た瞬間、彼の指はトリガーを引いていた。光の塊が真空を突き抜け、一つ爆発を起こす。そして、光弾の雨が返答として贈られた。
「こちらリーベル。突撃します!」
スラスターを全開にした彼のリーベルは、太陽フレアにも似た光を伴う加速で敵陣へと突っ込む。シールドに命を預け、弾幕の只中を押し通る。
ビームカービンを撃って、撃って、撃って。次から次へと敵が爆ぜ、消え去っていく。マリンクが主だ。制式仕様の緑から塗装を変えてもいない、帝国の横流し品そのままの機体たち。
そんなものでは、リーベルの粒子シールドは撃ち抜けなかった。やけに冴えた頭で、セイトは機体を振り回す。向かってきた武装バレウスは、一発蹴られただけでコックピットブロックが凹み、停止した。
『貴様ァ!』
ビームアックスを携えたマリンクが、容赦ないスピードでリーベルに迫る。セイトは何発か射撃を行うも、鋭敏な動きで躱されてしまった。
ならば、やることは単純。両手にビームソードを握り、待ち構えるだけだ。極限まで収束された粒子束で、アックスを受ける。刃を巻き取り、乱し、動力部を溶断。炸裂したコンデンサから撒き散らされた粒子を突っ切り、彼はマリンクの胸部を断ち切った。
来た方が悪い。彼の思考に走った言葉は、それだけだった。殺しに来るから殺された。
「セイト、何か速い物体が近づいてる」
ニコの一声で、彼の頭はクリアになった。
「推定出力は?」
「多分……ジーベン」
あの紫、と黒い瞳に闘争心が宿る。が、爆発を引き連れて接近しつつある敵機は、緑だった。銃も持っている。かなりのザンクトが、乱戦の中でジーベンに破壊されていた。
「……紫のジーベンとは、違うのか」
問うセイトに、返事にもならない言葉がやってきた。
『リーベルだな』
声は合成音声ではない。肉を持った、女の声だ。
『その機体、頂く』
射撃の応酬すら行われず、戦闘はすぐに近接へと移る。二振りのビームブレイドが、セイトの握るソードを受け流す。
(こいつも、やる!)
腕を振り抜いた運動量で、リーベルは少し姿勢を崩す。その胸へ、回し蹴りが入った。敵との距離ができた刹那、彼の目は、ジーベンの腰背部ユニットが動くのを認めた。四連装ビーム砲が、火を噴く。
だが、その射撃は粒子シールドで受けることができた。連射されても、穿たれない。
「こいつ、ジーベンのマスプロか⁉」
量産のために、あの重ビーム砲クラスの威力を発揮できなくなった、と彼は判断する。
「熱量も、紫に比べて少ないよ、セイト。腰の奴は、きっとコンデンサ」
「つまり、劣る!」
驟雨のように降り注ぐビームの中を、セイトは最大出力で飛び続ける。
「セイト、熱が籠ってる」
「だけど、やらなくちゃさあ!」
バレウスを裂き、マリンクを刺し、爆発で視界を遮ろうとする。だが、相手の狙いは正確無比だ。的確に、リーベルを捉えている。
「セイト、攻めないと押し切られる」
「なら、転機を作る!」
彼は、左手のビームソードをスラスターユニットに戻した。空いた手は、宙を漂うマリンクのアックスを握る。
「パワーサプライ接続! 三秒で!」
その無茶な要求は、二秒で完遂された。ブゥン、と幅広の刃が生成される。
「手を放して維持できるのは、何秒⁉」
「二千三百ミリ秒」
「上等!」
バレウスの影に隠れ、射撃を誘引する。爆発で飛び散った粒子。雲となる。そこから飛び出したのは、白ではなく赤だった。
回転しながら飛翔するは、ビームアックス。リーベルの加速力を乗せた一撃である──はずだった。
緑のジーベンは、その軌道をビームブレイドで捻じ曲げる。虚空に消えていった斧。マジか、と驚く前に、距離は縮まっていた。
刺突を受け流したい。彼の右腕が動く。が、遅い。間に合わない。コックピットまで、後五メートル。
救いの一手は、あった。赤い機体が、ジーベンを体当たりで吹き飛ばす。
『セイトくん、油断したね⁉』
「リンダさん!」
赤い機体──扶桑・高機動試験機から、リンダの声がした。
『赤い扶桑、こうも早く投入されるとはな』
ジーベンのパイロットの、死んだような声がセイトにも届いた。
『だが、容易くはやられんぞ』
赤い扶桑が、ビームカービンでジーベンを動かす。ザンクトの破片を蒸発させながら、相手を上方へと移動させた。
それを、セイトは追う。ビームソードで付け込む隙が欲しい。
「セイト、リミッター外す?」
「カノエさんに怒られるから、やりたくない!」
リアクターの寿命を縮めるだけではない。オーバーロードによる自壊のリスクは背負いたくない。
一瞬、ジーベンが加速を緩めた。それが全て。彼はフレームの剛性が許す限りの急加速で、両手の剣をぶつけに行った。ピーッ、とスラスター部の過熱を知らせる警報が鳴る。
グオン、と真空を切り裂いたビームソード。その下を、ジーベンは潜っていた。サマーソルトキックにも似た機動で、リーベルを弾き飛ばす。
無防備に踊った機体に向けて連装ビーム砲を放とうとしたが、どこからか飛来したビームソードにユニットを砕かれる。
『セイト、馬鹿やってんじゃねえ!』
エイダーだ。
『アハ、アハハ! みんな、みんな遊んでくれる!』
ジーベンから聞こえてくる女の声は、まるで燥ぐ子供のようなものに変わっていた。
『ねえ、絵本読んでよ、ネズミさんが買い物に行くやつ!』
薄気味悪さを感じたセイトは、手を止めてしまった。只の人間ではない、底の見えない恐ろしさ。
されど、相手はそれ以上戦わなかった。声を垂れ流しながら宇宙を翔けて、後方のニベルング級に向かう。
「エイダーさん、追いますか」
『いや、お前は戻って放熱だ。オーバーヒート寸前だろ』
「……すみません」
セイトはヲッチ号に戻る。冷媒ガスが、注ぎ込まれた。
◆
一方で、ニベルング級。その格納庫で、パイロットスーツの女が騒いでいた。
「ねえ、絵本読んで! チウポン!」
「そうだな、リッパー。あっちで読んでやる」
居住区に入ってヘルメットを脱ぐ、女。それは三十路寸前の、とても絵本を強請るには歳をとりすぎた、白人の女だった。パイロットルームに現れた裸体には、金属製の侵襲性パーツが二つ。
彼女は、リッパー。人の業が行き着いた、強化人間。
あとがき
緑のジーベン(ジーベンMP) 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051605900148763
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