#34 過去を想って不安を消して

 星図上、ストラト共和国から見て左上。デンド・ファミリーが支配する宙域。その事実上首都と言えるデンド星にて、技術者が集められていた。


 緑のつなぎに緑の帽子。コンピューターと睨めっこをする者もいれば、組み立て機械を前に唸る者も、転がったパーツに首を捻る者もいた。


 デンド星、地下機密工廠。月面都市にも似た、密閉空間だ。


「つまり、現段階での組み立てはできない、と?」


 サン・デンドは、工廠を視察しながら担当者からの話を聞いていた。真っ赤な肌と、真っ赤な髪。そこに立つだけで威圧感のある風体だ。


「カッタ、お前の目論見は外れたな」


 サンの嘲笑う言葉に、呼びかけられたカッタは何も返さなかった。表情も、仮面に隠されている。


「部品だけを持ってきても、設計データなしではまず不可能かと……」


 背の低い担当者は、頻りに手を擦り合わせながら、震える声でサンを見上げた。


「AI解析を利用すれば、パーツの組み合わせ方はわかるはずだ。今すぐにでもやれ」


 カッタの合成音声は、冷酷に指示を下す。


「や、やっております! ただ、AIで解析するだけでは大まかなパーツの組み合わせしかわからない上、内部の配線もダミーが多くてですね。万が一敵に情報が渡っても、製造を遅延させるように仕組まれているのです」


 チッ、とサンが舌打ちした。


「カッタ、リーベルは諦めることだな。ジーベンで勝つ手段でも考えろ」

「いや、何としても組み上げてもらう」


 サンの紅の瞳が、カッタを睨む。


「ストラトを討つには、リーベルが必要だ。俺を傷つけ、妻の肉体を奪ったストラトを」

「お前は立派な男だよ。俺は地上に戻る。話したいなら、勝手に話しておけ」


 ファミリーの実行部隊を率いる男は、迷いない足取りで工廠を後にした。


「カッタ様は、何ゆえそのような仮面を?」

「……多くは、語れない」


 顎の短い髭を撫でながら、カッタは静かに過去を想った。自分でも見通せない、過去を。


「今、俺がやらせようとしているのは、説明書も無しに模型を組み立てろ、と言うようなものだ」

「模型? カッタ様にそのような趣味が?」

「息子がいた。俺が乗っているから、ザンクトの模型を買わされたよ。ああもねだられてはな……」

「かつて、ストラト軍に?」


 男に問われた刹那、カッタの脳内に電撃のようなショックが走る。脳味噌が膨張して頭蓋骨と押し合っている、とも言える、凄絶な頭痛だ。膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。


「ど、どうされました⁉」

「触れてはならぬ記憶に、触れたやもしれない。気にするな、すぐ落ち着く……」


 ザンクトの模型。青い機体が組み上げられていく様が、眼裏に流れて止まらない。息子は喜んでそれを持ち上げ、飛行させている。


「見て! ここから急降下してマリンクを仕留めるんだ!」


 黒髪と黒い目。典型的な黄色人種の息子。真っ直ぐ地面に向かったザンクトは、緑の機体にクリアパーツのビームソードを押し当てた。


「あんまり振り回すと壊れるぞ、■■■」


 息子の名前を思い出せない。そこだけノイズがかかって、聞き取れない。


「俺は、誰だ……?」


 その呟きは、工場の喧しさに掻き消される。


 そんな苦悩も、一時のものだ。カッタはゆっくりと立ち上がって、歩き出す。


「だが、説明書がなくとも、パーツ同士の噛み合わせ方を精緻に調べれば、組み立てることはできる。だから、やれ」


 瞬時に平静を取り戻した彼は、温かみのない声音で命令した。


「だから、先程申し上げた通り、配線がぐちゃぐちゃなのですよ! それに……」

「それに? なんだ、言ってみろ」

「リアクターが、ないのです」


 カッタが眉を見せていれば、それはピクリと動いていただろう。空気が、僅かに揺らいだ。


「おそらく、リーベルに使われているリアクターは、既存の個人宇宙船用リアクターを転用したものではありません。戦闘データから解析する限り、単機でザンクト一機分のパワーをサプライする、特注品。それは、ご存知ですね?」

「ああ、無論だ」

「そして、我々にそれを製造する技術はない。性能を再現しようとすれば、フレームの設計を変更する必要さえあるのです」

「レビトンコンデンサで賄うことは?」


 担当者は、弱々しく、首を横に振った。


「軍用規格のRLV再使用型宇宙往還機向けコンデンサでも、リーベルを支えられる性能に達しているものはありません。既存の部品の性能を向上させたとしても、稼働時間はかなり制限されるでしょう」

「RLVか……改造ラバルティに乗せるためのリアクターではパワーが足りない。そうだな?」

「ええ。一朝一夕には埋められない技術力の差、と言えましょう。ストラトの技術者を攫っていただければ、早急に対処できますが」


 カッタの指が、頻りに顎髭を撫でる。


「どこでリアクターを製造しているか、まずは突き止めねばならんな。いいだろう、サンに検討させる。明日にでも、とはいかないが」

「頼みます」


 何があって自分がマフィアなどというものをやっているか。彼は、その答えを用意できなかった。己の胸に開いた、大きすぎる欠落に気付くことも……。





 遠く離れて、グランダ第二宇宙港。そこで、一機の小型宇宙船がリフトに運ばれ、月面へと運び出された。その様は、まさに二等辺三角形。極端な後退翼を持つ、再使用型宇宙往還機、略称RLVの一機種だ。


 機体の先頭には、コックピットがある。並列複座式の操縦席に着くのは、セイトとニコだ。


「こちらRLVラバルティ。登録番号146-0048、コールサインはスワロースリー。発進準備完了」

『こちら第二宇宙港コントロール。デートに宇宙旅行をプレゼント、ってのは随分イカしてるじゃないか。式に呼んでくれたっていいぜ』

「発進の許可を」


 相手の顔は、操縦席端のディスプレイに出ている。青い肌、ナービにも似た容姿を持つ中年男性だ。


『ちったあ話そうぜ。退屈な仕事なんだよ、こっちは』

「俺がいつまでもここにいたら邪魔ですよ。ますます退屈になります」

『ケッ、口の達者な奴!』


 エヘンエヘン、と咳払いが起きる。


『第二宇宙港コントロール、スワロースリーの発進を許可する』

「出ます!」


 リフトから、ふわりと宇宙船──ラバルティが浮き上がる。レビトン粒子の力だ。尾部のスラスターから赤い光が出て、あっという間に秒速二キロまで加速した。


 操縦席は単純なものだ。大型ディスプレイと、操縦輪。コンタクトメットも対応しているため、操縦輪は補助的なものだ。セイトの思考に応えて、ラバルティは宙返りや急旋回を繰り返す。


 彼の横では、ニコがGで潰されそうになっていた。久しぶりの曲芸飛行を終え、月面スレスレに降下した機体の中で、ニコが口を開く。


「セイトは、ラバルティの操縦に慣れてるの?」

「パイロットの宇宙飛行は、まずこういうRLVから始まるんだ。ラバルティを操れないと、ゼロアニマに乗り込むなんて夢のまた夢」


 そう語る彼の顔に、充実した笑顔が浮かんでいる。それが、ニコにとっては嬉しかった。


「やっぱり、ゼロアニマと違って操縦がかなり軽いな。久しぶりだけど、俺の勘と腕は鈍ってないみたいだ」


 レビトン粒子が空間を歪め、その歪みから生じる斥力が機体を前進させている。月の山に向かった彼は、その寸前で一気に機首上げ。スラスターに頼らない姿勢制御が可能であるのも、レビトン粒子のお陰なのだ。


 ヒュルルッ、と機体はロールしながら高度を上げる。そこから月に対して背面飛行を行う。グランダが見える。管制塔や、多数の宇宙船が繋がれた降着場。半径三十キロのクレーター。その周囲には、十数個の小さなクレーターがある。それらもまた、管制塔が並んで、宇宙船を係留するという光景を見せていた。


「あの一つ一つが街なんだね、セイト」


 チカチカと、灯台からの光が月面を舐めていく。


「グランダの衛星都市は、確か十八個。名前も覚えてないけど……」


 クルン、機体の姿勢が百八十度転換する。頭上には無限の星々だ。そして、赤い光の尾が混じる。宇宙船やゼロアニマ、シングルの軌跡だ。


「セイトは、星は好き?」

「一人で見ると、哀しくなる。両親のことを思い出して」

「でも、二人なら哀しくないんだね」

「ああ。いつかは、あの星の近くまで行けるって思えるんだ」


 ニコが黙ってバイザーを上げた。


「ねえ、どこかに停めて」

「停める……っていうか、バイザーは下げたままにしといてよ。万が一デブリがぶつかったら即死だよ」

「ちょっとだけ」


 薄々何が起こるか理解しながら、セイトはラバルティを山の影に降ろした。顔を露出した瞬間、無重力に飛び出たニコとキスを交わす。またも、粘つくような接吻。口の中に入り込んでくる舌に、彼はいつも新鮮な驚きを覚える。


「なんでそんなキス魔なのさ」

「安心できる。セイトがそこにいる、って感じられる」

「不安?」

「かもしれない。私に自由を教えてくれたセイトに、いなくなってほしくないから」


 気恥ずかしいな、と思って、彼は顔を隠した。そこで、アラームが鳴る。


「こちらスワロースリー。何か問題が?」

『こちらヲッチ号! セイト、帰ってこい』


 通信の主は、ナービ。


『海賊が来やがった。戦艦四隻揃えてな!』


あとがき

ラバルティ 設定資料

https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051605861806589

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