#33 グランダに走り出す
八時間の哨戒飛行を終えた小艦隊は、グランダの第四宇宙港に入らんとしていた。
『ドッキングする。ちょっと揺れるよ』
私室でヂオウの報告を聞いたセイトは、まもなく振動を感じることになる。ズゥン、と船全体が震えた。
『ボーディングブリッジ接続開始。あと三分もあれば作業は終わる。よかったね、エイダー。またグランダだよ』
『あんなシケた場所に帰りたいわけねえだろ!』
言い返すエイダーの声が、モバイルモニターから流れる。が、そこに意識は向いておらず、視線は専らラップトップの画面に注がれていた。
あの時──所属不明機として襲来したマリンクを捕えようとした時。何をどうするのが正解であったか。リアクターをオーバーロードさせて自爆するなら、防ぐ手段はないかもしれない。
(両手両足を捥いだって、胸にあるリアクターは止められない……俺に、何ができたんだろう)
ギシッ、と椅子を軋ませながら背凭れに体を預ける。
(死ぬより酷い目にあう……そうならない、って思わせないと捕虜にはできない)
だが、彼の脳裏にハイスクールにいた頃の法学の講義を思い出す。海賊は捕虜とは呼ばない。ただの犯罪者だ。その処遇は、捕縛した国家、乃至自治政府の司法に委ねられる。
最悪の場合、処刑だろう。そうでなくとも、暫くは娑婆の空気を吸うことはできない。
(それなら、死ぬことを選ぶ。素面でできることじゃないよな)
どうしたって止められなかったかもしれない。そう思う度に、キーボードを叩く指が止まる。画面には、ヲッチ号に備わる中央サーバーの戦術データが映し出されていた。頭のメインカメラをやられても死のうとした、マリンクの姿。
目が渇いている。瞼を降ろし、腕を組む。入港の手続きが終わるまで、目を休めるつもりだった。
しかし、扉が開く。重くなった頭を右に向ければ、桃色の髪が揺れていた。
「セイト、寝てたの?」
「休憩してただけ。ずっと画面見てたら、疲れてさ」
「……何か、迷ってる?」
言い当てられて、セイトは前傾姿勢になった。顔を隠すような、俯き具合。
「ゼロアニマに乗る以上、誰かを殺すのは当たり前だと思ってた」
ゆっくりと語り出す。
「両親を探すために、マフィアや海賊を征伐するのも日常になるんだと覚悟してた──つもりだった」
「でも、今は迷ってる」
「降伏すれば殺すような人たちに動かされて、自爆を選ぶ末端のパイロット。ああいう人が、どこまで自分の意志で動いてるかわからないだろ? だから、ただ殺すだけでいいのか、って」
ニコの指が、セイトの肩に乗る。
「正規軍のパイロットも、自分の意志だけで動いているわけじゃない。だから、変わらないと思う」
「海賊で生まれたから海賊をやっている、なんてルートもあるだろ? 一方的に殺すんじゃ、何も解決しない……」
「セイト一人じゃどうしようもない」
容赦ない一言に、セイトはますます表情を暗くする。
「それに、あっちは殺しに来る。殺さないとしても、リーベルを奪おうとする。生かしても、情報を流すかもしれない。だから、セイト」
「そうだよな、俺にできるのは、これだけだ……」
一緒に戦うと誓った身。自分勝手に降りることは叶わない。彼の苦い決意が、固い外皮に覆われた果実となった。
さて、グランダ第四宇宙港への道は繋がった。格納庫と密着した、蛇腹のある通路へ、セイトらパイロットは一斉に入る。一ミリの穴でもあれば、あっという間に空気がなくなる狭い道だ。
これに命を託している。何度も宇宙機動訓練で通った時にはなかった不安が、彼の中で生まれた。きっと、戦場を知ったから。
彼の横には、トライクがある。まだまだ新車、使い倒したい所。
「セイト、観光でもするのか?」
エイダーが尋ねる。
「毎度車出してもらうのも、バスとか地下鉄に乗るのも面倒なので」
「どうせ見るものないぜ?」
「だとしても、です」
ブリッジを出ると、セイトとニコは別の道に入る。車両を持ち込む際の検査場がある、と看板に出ていたのだ。
つなぎ姿の働き盛りの男たちが、黒いトライクに群がった。スキャン機へと通される間、セイトとニコはスーツ姿の男に呼び出された。取調室にも似た、狭い部屋だ。
「ID」
死んだような呼びかけに応じ、セイトは財布からIDカードを取り出す。ピッ、と読み取り機の電子音の後、返された。
「車検は通ってるね。レビトン粒子技術や軍用規格を使った部品がないか、調べさせてもらっても?」
「構いません」
面倒だなあ、と彼は隣のニコを見下ろす。
「軍用の部品を使うと、違法なの?」
そのニコが訊く。
「バッテリーとかモーターとか、そういうのを軍用バレウスのものに変えるって改造が流行ったことがあってさ。とんでもないパワーで爆走して事故が頻発したから、ストラトじゃかなり厳しく管理されてるんだ」
「乗りこなせない方の責任だと思う」
「そうはいかないんだよね……」
数分して、二人は解放された。トライクも綺麗なそのままだ。つなぎの作業員が、サムズアップを見せる。
「いいトライクだ。彼女さんとデートかい?」
「そういうんじゃないです。でも、褒めてくれてありがとうございます」
特殊プラスチックと月面の砂でできた天井の下、半径三十キロの街がぼんやりとした光に包まれていた。ヘルメットを被り、指紋認証で起動する。
ルルル、とモーターが動く。二人を乗せた車両は、幹線道路に入った。
「どこに行くの?」
「特に決めてないよ。ちょっと走り回るだけ」
セイトは、この街がどうできたかを思い起こす。
「半径三十キロ、深さ三百メートルのクレーターを炭素繊維強化プラスチックとレゴリスの層で覆い、その下に都市を築く……」
昔の講義で習った内容を、口に出してみた。無線を通して、後ろのニコに届く。
「どうして、人はそこまでして月で暮らしたいの?」
彼の腹に手を回すニコが、静かな声で尋ねた。流れる車列にあって猶、そこに満ちる音はタイヤがコンクリートの道路を擦るものや、カーステレオから漏れ出る重低音くらいだろう。
「レビトンリアクターの製造には、低重力環境が必要なんだよ。だから、月に拠点を作った」
「でも、それなら工場関係者だけでいいはず。都市を作る必然性はない」
「もし、工場しかない街をここに作ったとしても、それじゃ暮らせない。人が暮らすための人が必要で、そうやって増えた人がここで生活を完結させないと、結局は母星から資源を打ち上げるコストが財政を圧迫するんだ。一つの経済圏を作る方が、安上がりってこと」
液晶ディスプレイの看板が、ギラギラと輝いて情報を売る。ソープランド。個人経営のクリニック。若しくは、新型の警備ボット。続いて、一つ街頭テレビが見えてきた。政見放送だ。赤信号の間だけ、見ることにする。
『あらゆる性風俗をこの街から排除し──』
三つ揃いのスーツを着た男が語る。その前に置かれたネームプレートには、野党であることが書かれていた。
「性風俗も、人が暮らすための人?」
「どうなんだろうね……」
セイトは答えを出せない。行ったこともないから、わからない。
青信号。走り出した彼は、視界の端に防衛旅団の募集広告を見た。
(正規軍、か)
賞金稼ぎより実入りは少ないが、ある程度安定した暮らし。セイトは、それを目指していたはずの己を見つめた。どこか、賞金稼ぎという自由の利く仕事を楽しんでいるのでは、と思えてきた。
(正規軍なら、気が向いたからそこまでドライブ、ってわけにもいかないもんな)
巨大な空調が、人工の風を地下都市に巡らせる。喧しい街だった。
「セイトなら、正規軍でもやっていけると思う」
「無理だよ、ハイスクール中退を取ってくれる部隊なんてない」
だから、ここしかない。後悔と覚悟の入り混じった黒い目で、薄らぼんやりと照らされる街に消えた。
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