第一部第四章グランダ護衛任務
#28 グランダに入れば
ノービード唯一の衛星、スルト。自転周期と公転周期が一致するという稀な性質を持ったそれの、母星へと向いている表面に、八隻の船が入港した。
「あれが、蒼天共和国製の母艦、雲龍型か……」
ヲッチ号から降り、宇宙空間に出る中、セイトは隣につけた船を見て、呟いた。三連装重ビーム砲三基、単装重ビーム砲も備わる。船の両舷には、長いカタパルトデッキが配置されていた。
船のカタパルトデッキから、港のエアロックに流れる。ヲッチ号の乗員十五名は、すぐに扉の中に入った。空気が入り、加圧。惑星の一気圧に合わせられた後、月面都市グランダの、入星審査場に向かうのだ。パイロットスーツの上半分をはだけさせ、それぞれがラフな格好を見せていた。セイトは、シンプルな緑のTシャツだ。
「あの船、ヲッチ号とは比べ物にならないね、セイト」
隣を歩くニコに見上げられながら、そう言われた。窓の向こう、ボーディングブリッジが鋭利な三角形にも近い形状の、雲龍型のブリッジに繋がっている。
「ゼロアニマ二十四機を抱える、かなりの大所帯らしいからね。俺たちなんて、おまけみたいなものだろうな」
「セイトは、不満?」
不満か、と彼の口の中で言葉が噛み締められる。
「船がデカければいいってわけでもないからね。小回りの利く部隊っていうのは、需要があるから……」
徐々に強くなる人工重力に任せて、床に足を着けた。空気でさえ限りのあるこの空間。宇宙船とはまた違った息苦しさを覚えた彼の目は、大小様々な船から降りる荒くれ者たちを認めた。
そんな所で立ち止まる訳にもいかず、取り敢えず歩き出す。天井から吊り下げられた電光掲示板には、入星審査の窓口がどこにあるか表示されていた。
「セイト、行くぞ」
エイダーに急かされ、彼はカツカツと靴を鳴らしながら進んだ。
「しっかし、なんでボーディングブリッジを繋げてくれないのかね」
ヂオウが不満げに言った。
「差別だよ、こりゃ。あたしらのことを舐めてる」
「数には限りがあるし、ヲッチ号の規格は旧式のものだ。仕方ねえよ、最新の船を買えなかった、俺の問題だ」
エイダーが珍しく力のない言葉を吐くので、セイトはヘルメットを外したばかりの顔で、相手の顔を見上げた。どこか、苦いような表情が現れている。
「月、嫌いなんですか?」
彼の問いかけに、エイダーは弱々しく頷きを返した。
「ま、色々あってな」
電光掲示板に導かれるまま、三分。入国審査のゲートは、二種類ある。
アクリル樹脂で作られたゲート五個と、その横にある電撃銃を持った警備ボット十五体。五つのカウンターで、五人の入星審査官が待ち構えている場所。
もう片方は、一人の審査官が、駅の自動改札のような機械を睨んでいる場所だ。セイトらがまず並ぶのは、前者だった。
「ID」
短く、禿頭の審査官がセイトに告げた。文句の一つもなく、彼はIDカードを渡す。リーダーで読み込んだのち、審査官は暫くコンピューターを操作する。カタカタと、キーボードの音が鳴る。やけに長い。不安に駆られた彼は、振り返る。列ができていた。
「エイダーさんのとこね。彼は、三年前の任務で街に被害を出してる。次はないよ」
ピッ、とリーダーから取り外されたIDがセイトの手に戻る。電子的に情報が書き換えられ、銀河標準歴以前使われていた、紙のパスポートのスタンプと同じ効力を持つようになったのだ。
「次!」
ニコの審査を、セイトは少し離れた場所で待つことにした。
五分ほどして、彼女もゲートを通り抜ける。ちらちらと、審査官が彼女に視線を飛ばしていた。
「見られてるね」
セイトが声を潜めて言う。
「戸籍の登録が最近だから、って怪しまれた。エイダーが保証人になってるから、通してもらえたけど」
マフィアのリブーターだった──そう言えば、通れないかもしれない。現実的な可能性を前にした彼は、誰を責めることもできずに、ニコと並んで歩くことしかできなかった。
少し進んで、審査場を抜ける。待っていたのは、炭素繊維強化プラスチックの天井を持つ、半径三十キロの円形都市だった。高台から見下ろせば、黄昏時程度の明るさの照明の中で、高層ビルの輝きに彩られた無機質な街を一望できる。
「嫌なんだよなあ、薄暗くて」
エイダーがそう言いながら高台を下り始める。麓では、黒いリムジンが停車していた。執事めいた燕尾服の老人が、その運転席の横に立って、深々と頭を下げる。
「ようこそ、グランダへ」
開かれたドアから、一行は後部座席に収まる。ロングシートの車内には、バーカウンターまである。もう一人の燕尾服の男──三十半ば程度の見た目をした彼が、シャンパンの瓶と細長いグラスを手にした。
「どうですか、シャンパンの一杯でも」
セイトは年齢を理由に断ろうとする。が、それより早く、エイダーが口を開いた。
「随分と手厚い歓迎だが、何が目的だ? 懐柔か?」
そう問うも、燕尾服の男はニコニコと微笑むばかり。
「すぐわかりますよ」
セイトの目はエイダーやヂオウに助けを求めるが、肩を竦めることだけが、唯一の返事だった。
どうにも明るくない空気を満載した黒いリムジンは、都市中央のビルの車寄せで停車する。自動ドアの横には、これまた電撃銃を持った警備ボットが控えていた。その間を、三つ揃いのスーツを着用した若い男が通る。
「市長がお待ちです」
セイトは、その男がジャケットのボタンを一切閉めていないことに気付く。その意味する所は、と考えてみた。
「拳銃を隠してるんだよ、セイト」
ニコが答えを述べる。
「すぐに内ポケットから抜けるように、ジャケットの前を開けておく。よくあること」
「まあ、よくあることか……」
若い男に導かれて、エレベーターに入る。向かう先は最上階、二十五階だ。
「それでは、こちらです」
月ではまず手に入らない、チークの扉が待っていた。ゆっくりと開かれ、女市長が顔を見せる。
「お久しぶりです、エイダークランの皆さま」
合成音声が、壮年の女市長から発せられた。両手は金属製の義手で、喉には何かチップのようなものが、喉仏にも似た形で取り付けられている。
「ああ、これですか」
市長は、その指からモーターの駆動音を鳴らしつつ、喉のチップを指す。
「これでもパイロットだったのですよ。マフィア相手に隙を曝し、こんな体になってしまいましたが」
ゆっくりと立ち上がった彼女は、エイダーを無視してセイトに握手を求めた。
「イートン・ラベルット市長です。この街を守ってくださるのでしょう? テイカのご子息」
貼り付けたような微笑みを浮かべるイートンの手を、彼はそっと握った。冷たい。人の温度ではなかった。
「父のことを、ご存知で?」
「テイカくんは、かつて私の部下だったのです。優秀なパイロットだった……マフィアとの抗争が激しいニントウ方面に派遣された時は、私の力不足を感じましたが」
悲しそうな声音だというのに、イートンの表情は全く動いていなかった。
「イートンさんよ、仕事の話じゃないなら帰っていいか?」
「そうだよ、ボクらだって暇じゃない」
エイダーの一言に、ヘルトが加勢する。
「一つ、お願いがありまして」
仮面じみた笑みのまま、イートンは語り出す。
「現状、我々グランダの工廠が把握しているリーベルのデータは、リアクター関連のみ。全体の設計データは、ノービードの第二エリアに置かれた、秘匿工廠に保存されています」
少し、セイトの肌を嫌な予感が撫でる。ニコも、彼の袖口に手を伸ばした。
「そこで、セイトくん。君に、お願いがあります」
断れよ、とエイダーもヂオウも、彼に視線を飛ばす。
「リーベルの設計データを、コピーさせていただきたい」
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