#26 宇宙、激闘の欺瞞

 モニターに映る敵機へ、セイトはズームを行う。右手に握ったビームカービンを向ける。


「単射モード、当てる!」


 頭部のセンサー素子が光り輝く。凡そ八キロの距離から敵機を捕捉した機体を信じ、彼はトリガーを引いた。粒子を飛散させながら飛んでいく赤いビームは、一つ爆発を咲かせた。


「セイト、戦闘エリアとの相対速度、秒速五百メートルまで低下したよ」

「なら、もうすぐか」


 周囲には戦闘エリアに向かうザンクトの隊列。皆蒼で塗装されている中に、エイダーのオレンジが目立つ。ビームカービンから光弾を放ち、緑色のマリンクへと攻撃を仕掛けるのだ。


 坊主頭のようなマリンクが、そのカービンの照準を、セイト周辺のザンクトに定めた。当然ながら察知した一般パイロットたちは、粒子シールドで受ける。乱戦までは、あと数十秒だった。


 セイトの目は、赤外線センサーの示す3D映像に移る。熱源があちらこちらに入り乱れて、とても索敵できるものではない。


「ニコ、光学観測で索敵してくれ。背後に回られたら、すぐ連絡だ」

「わかったよ、セイト」


 スラスターが赤い粒子を放出し、力場によって機体を加速させる。マリンクとザンクトがダンスを踊る戦場の只中、彼は一機のマリンクにビームを放った。


 彼は横滑りの惰性をレビトンの慣性制御で打ち消し、敵の正面へと減速。そこから再度加速し、爆発にも近いスラスター音を周囲の機体に再生させながら、敵機に銃口を押し当てた。


 だが、すぐには発砲しない。


「ジーベンはいるか」


 レーザー通信で、短く問う。


「ああ、いるさ。すぐ出てくる!」


 それがわかれば、問題ない。引き金が絞られた。緑の機体は、パイロットと共に宇宙の藻屑と散る。


 まず何をすべきか。セイトの思考はクリアだった。船を沈めて、投降させる。それだけのことだったが、未だ成されていないということの意味も、わかっている。


「ニコ、単機でニベルング級を沈められる確率は?」

「大体十二パーセントくらいだと思う」

「上等……!」


 六十機のマリンクと、五十機ほどのザンクトがビームの戦を繰り広げる中、彼が目指すのは緑と灰色で塗装された、鋭角的な船だ。ジーベンが出てくる前に沈めれば、それで終わることなのだから。


 敵母艦の、三連装重ビーム砲が火を噴いた。粒子シールドを構えたザンクトだったが、一秒、いや一ミリ秒も耐えられず、機体丸ごと消滅する。更には奥にいた、ストラト共和国軍のアパラード級母艦にまで達する。最大出力のシールドで防ぐも、そのリアクターが発するエネルギーの大半は、シールドの修復に当てられる。


 これが、重ビーム砲。ゼロアニマを遥かに凌駕する、エイエンズ銀河に於ける艦隊戦の基本武装だ。


 掠めれば四肢を持っていかれる。セイトはそんな恐怖を押し殺して、敵母艦の背後に回ろうとする。船を沈めるなら、まずスラスターの噴射口から。装甲表面にビームカービンを浴びせても、大出力のリアクターに支えられた粒子浸透装甲は穿てないのだ。


 が、しかし。その彼を追う、紫の機影があった。


「セイト、ジーベン!」


 ニコの声を受けて、彼は機体を反転させ、減速。腕部から粒子弾を放ってくる紫のジーベンを認めた。ビームの応酬を数秒経て、両者の距離は限りなくゼロに近づいていく。リーベルの右腕が振るったビームソードは、ジーベンのビームブレイドに軌道を変えられるだけ。


 それなら、慣れている。セイトは連撃を仕掛けるのではなく、敢えて間合いをとった。左手にビームカービンを持ち、乱射。当たる弾は少ないし、当たったとてそれは粒子シールドだ。


 されど、彼にとっては、その僅かな成果だけで充分だった。


「なぜ、なぜお前は孤児院を撃った!」


 会話をする一瞬が、欲しかったのだ。


『お前に、剥き出しの怒りを持たせたかったのさ。殺し甲斐のある熱をな!』


 ジーベンの腰背部にあるスラスターユニットが、前を向いた。そこから伸びる、砲身が。


「セイト、撃たれる!」


 ニコの叫びに呼応し、セイトは機体を側転させた。一瞬前までいた地点を、エネルギーの暴力が過ぎ去っていく。援護しようとしたザンクトは、シールドごと射抜かれて消えた。


「威力……!」


 驚きつつも、彼に止まるというチョイスはない。


「ニコ、さっきのビーム、威力はどれくらい⁉」

「艦艇用単装重ビーム砲の、三十パーセントくらいだと思う。気をつけて、リーベルでも耐えられない」


 それほどの威力なら、と彼の思惟は発展する。あの二つのスラスターユニットの動力源に、個人用宇宙船のリアクターを転用している可能性が、彼の中で最も大きな可能性として浮上する。リーベルのような小型高出力リアクターを、マフィアが持っているとは考えられないのだ。


 いや、持っているならリーベルを求める必要がない、と言うべきだろう。


(つまり、あれを撃てばパワーダウンを起こすはず!)


 右手に握り締めた、糸のような刃を作るビームソード。左手のビームカービンで牽制しつつ近づき、袈裟斬りを繰り出した。弾こうとするジーベンのブレイドを、関節のパワーに任せて抑えつける。


 ビームの刃を作るフィールドから漏れた粒子が、まるで彗星のように光を撒き散らした。


 ジリジリと、ジーベンのビーム刃が崩れていく。力場の出力が違うのだ。遂に断ち切られる。それだけではない。逆流したパワーが、ブレイドの基部を爆発させる。破片がカンカンと装甲に当たる音。


『この短期間で学んだか、リーベル!』


 カッタは、ジーベンの鎖骨部にあるビームブレイドを抜く。同時に、腿にあるものも握った。大刀と小刀の、二刀流となる。


『俺と共に来い! お前なら、銀河を手にできる!』

「マフィアなんかに、なるもんか!」


 セイトも、二振りのソードを構えた。振り抜く方向は同じ。水平に並べられた二つの赤い刃。が、受ける方も、二つの刃だ。


 ジーベンの受け流しは、腕だけのものではなかった。機体全体を回し、スラスターの推力も重ねてブレイドを振り抜く。結果、セイトの斬撃は敵に至らず、虚空に軌跡を残すだけだ。


 慣性が死ぬ前に、リーベルへと蹴りが入る。


「セイト、対空砲が向いてる!」


 ニコの声に呼応して、セイトは機体を思い切り回転させる。対空ビーム砲の連射は、何とか粒子シールドを以て防ぐことができた。


 結局は、船を沈めなければ何にもならないか。彼は、ニベルング級の一隻に集中した。対空砲をビームソードで刺し、何度も斬りつける。バッテリーが砕け、ズゥンという爆発が生まれる。


 そこから幾度も、幾度もビームソードをぶつけるが、戦艦全体に比べれば、その程度の攻撃は微風にも等しかった。数百メートル単位の船なのだから。


 スラスターに回りたい。それを許さないジーベンの圧力。戻ってきたマリンクの群れを斬っている内に、ザンクトの数が減っていることに気付く。


(負け戦なんて、やるもんか!)


 後方に回り込む鋭利な殺意。彼の肌を、ピリリと引っ掻くような感覚が過ぎて行った。


「セイト、後ろ!」


 そうニコが言った時には、彼はもう振り返っていた。左手のビームソードには、粒子が十分に詰まっている。確認してから、機体を回転させる勢いを乗せて、投じた。ジーベンの右肩を貫く。小さな筒は、宇宙の彼方に飛んで行った。


「まだやるか、ジーベン!」


 セイトの声は、走り回った後の犬めいた荒い呼吸の中にあった。


『決着はつけたかったが……残念だな。俺の勝ちだ』

「何を! 言って!」


 引き下がっていくニベルング級に、マリンクの部隊が追いすがる。


『我々は目的を完遂した。ではな、若いパイロット!』


 船に掴まったジーベン。追撃のために彼がビームカービンを握った次の瞬間、レビトンジャンプが行われた。


「エイダーさん、あいつら、目的を達したって」

『ああ。今、ヲッチ号から通達があった』


 セイトは、ヲッチ号に向かいながらエイダーの言葉を待った。


『リーベルのパーツを製造していた工廠が襲われ……予備パーツがいくらか盗み出された』


 つまり、これは陽動だった。負け戦。セイトは、奥歯を軋ませた。

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