#25 海から、宇宙へ
トライクとバンの二両が、宇宙港に入った。太陽はかなり西へと傾き、真っ赤な光を投げかけてくる。ヲッチ号の格納庫に愛車を固定したセイトは、ヘルメットを脱いだ。隣のニコは、何も言わずに空を見上げるだけ。
「セイト、戻ってきたか!」
近づいてくるのは、カノエ。白い髪に碧い目だ。黄色い整備ボットが、その背後につく。
「カノエさん、リーベルの整備は?」
「パーペキ──とは言っても、ウチがやったことはほとんどないんだけど」
彼女が指差す先を、セイトは見上げる。十八メートル、白と青の巨人が、魂宿らぬままに屹立していた。両腕揃って、五体満足。
「ビームソードは、純正品に交換してありますよね?」
「勿論。今度は、投げたり捨てたりするなよ?」
「状況によります」
もしジーベンがまた来たら、という思考の中に彼はあった。ビームソードを投げつけるような奇策一つで、実力差は埋められないかもしれない。
「へえ、一日で終わったのか」
エイダー率いる男たちが格納庫に入ってくる。黒く焼けたセイトに対し、エイダーの肌は赤く、火傷したようでさえあった。
「ザンクトの修理費は、経費として落としておく。後でヂオウに申請しとけよ」
「一回ウチの財布経由するシステム、変えろよな。ザンクトだって、純正改造パーツ結構高かったんだからさあ……リーダー、リーベルの修理費は誰持ち?」
黒い肌のアサリが、カノエに敬礼。会話は一時中断された。
「軍が一部負担してくれるそうだ。確か、五百万クレジットまでは、無条件で公費から出る」
「ああ、だから軍の整備員はウチに請求しなかったのか」
金の話を始めた二人を横目に、セイトはニコと並んでリフトに乗った。天井近くのキャットウォークに移り、そこから更にリーベルへと歩く。バイザー状のセンサー素子。胸部上面に作られたコックピットハッチ。非常用の開閉レバー。
「無理をさせたよな」
セイトは、自然と機体に語り掛けていた。
「ゼロアニマは喋らないよ、セイト」
「浸らせてよ、カッコつけたかったんだから」
が、彼の顔には柔らかい笑みが浮かぶ。
「ねえ、セイト」
少し熱を孕んでいた装甲に触れる彼へ、ニコが話しかけた。
「ジーベンは、次いつ来ると思う?」
「そう遠くないと思うな。こいつが欲しいなら、間髪入れず仕掛けるのが定石だ。でも、あいつらはマリンクをかなりの数失った。補給も含めて……どんなに早くてもあと三日はかかる筈」
「自信はないんだね」
思考を読まれ、彼の笑みは苦いものへと変わる。腰に手を当て、溜息。
「ないよ。もしかしたら、速攻動くかもしれない。あいつなら、やれる」
「会ったこともないのに?」
「俺の勘が言うんだよ」
首を傾げたニコ。
「感応者じゃなくてもわかるの?」
「なんでだろうね。俺は、感じ取ってる」
それ以上の問いかけは行わず、ニコもリーベルの顔を見上げた。
「なら、私もそう思うことにする」
二人が沈黙の中に納まった時、突如としてブゥン、という音がした。スピーカーがオンラインとなったのだ。
『こちらブリッジ! 正規軍から緊急出動要請!』
ヂオウが声を張り上げる。
『ナービはとっととブリッジに戻りな、出港だよ!』
「マジかよ!」
途端、船は騒がしくなる。整備ボットが格納され、カノエたちも居住区へ退避する。セイトらパイロットと感応者はパイロットルームの更衣室に駆け込んだ。
「セイト、今度は機体を大事にしろよ」
エイダーに揶揄われながらも、セイトはヘルメットを被る。
「できる範囲で、気を付けます」
白と青のパイロットスーツに身を包んだ彼は、キャットウォークでニコと合流。コックピットに飛び込んだ。
『ヂオウ! 正規軍からの詳細は来ているか!』
エイダーの通信が、セイトの耳にも届く。
『静止衛星軌道付近で、ニベルング級二隻を捕捉したそうだ。今、駐留艦隊が応戦しているけれど……既に四隻沈められてる。付近の賞金稼ぎも、現時点で五つ召集されてるよ』
『四隻も? とんでもないエースだな……』
全天周囲モニターが光を宿し、ヘルメットの無線機能ではなく、機体の無線機能へとチャンネルが切り替わる。ブツン、という一瞬のオフラインを経て。
「セイト、起動完了だよ」
「武装チェック。最速で終わらせよう」
ニコと手分けして、彼は武装へのパワーサプライシステムを調べ始めた。手掌部コネクターも、ソードのそれも、一切問題ない。オールグリーンと判断して、タッチパネルから視線を外した。
『これからヲッチ号は最大加速に入るよ。多少揺れても我慢しな!』
船は、レビトン粒子を大量に放出することで、空間の揺らぎを生み出す。それによって生成される力場が、百五十メートルを超える金属の塊を浮上させるのだ。
続く船も多数。敵の二隻という数が、戦力の寡少を示すものでないことをセイトは理解していた。ニベルング級が運用できるゼロアニマは、三十六機。二隻ならば七十二機だ。
一方で、ストラト共和国のアパラード級は、二十四機しか運用し得ない。
(数で負けてる戦だ)
戦力の逐次投入を避けた正規軍の英断だけは評価できる、と彼は深呼吸を繰り返しつつ思考を回す。
(俺に、やれるか?)
武器管制スティックを握る手に、力が籠る。
「やれるよ、セイト」
ニコの発した一つの言葉を受けて、彼は前を向く。ブリッジから転送される映像は、いつの間にやら黒い空のものとなっていた。中間圏を抜けようとしているのだ。
あっという間に宇宙。遥か彼方に、ビームと爆発の光が描かれていた。
『こちらブリッジ。現在加速中。秒速十五キロに達した時点で射出だ。ビビるんじゃないよ、セイト!』
「誰が!」
ヂオウに言い返す。母艦の速度計が、急激に数値を変える。秒速五キロ、十キロ。ついに、十五キロを超えた。
『リーベルから発進。カタパルトへの充電は終わったぞ!』
セイトは機体を動かし、カタパルトに機体を固定する。足を包む、シャトルという部品が機体に触れる、ガシンという音がコックピットに届く。
『格納庫、真空状態への移行を完了。カタパルトデッキ解放。セイト、戦果を持って帰ってこい!』
シャッターが開く。十数メートルの短いカタパルトデッキが、光の方へ向かっていた。
「リーベル、行きます!」
レールガンと同じ原理で加速された機体は、時速十八キロに達し、戦場へと飛翔する。
「慣性航行に移行するよ、セイト」
スラスターは使わない。加速しすぎれば、今度は減速にエネルギーを割かなければならないからだ。レビトン粒子を用いた慣性制御を以て猶、秒速二十キロに達すればまともに戦闘行動はとれないだろう。
静止軌道までは、凡そ三十五分だ。あの戦闘の光に、ジーベンはいるのか。
◆
アパラード級三隻を沈めたニベルング級のブリッジで、カッタは戦場を眺めていた。
「行かないのか?」
宇宙服の弘道艦長に問われ、彼はフッと笑った。
「もうすぐ、あちらから来てくれる」
「リーベルか?」
「そうだ。感じるんだ、あの若い殺気を」
クルリ、踵を返したカッタ。真空の格納庫へ向かう。
「対空砲火は緩めるな。もう一隻の存在を悟らせないためにも、多少派手なパフォーマンスだとしてもやるんだ」
「そうですか……」
皮肉の一つでも言いたくなった弘道艦長は、しかしその返事しかしなかった。
「僚艦に通達。前進しつつ、敵艦の撃沈を試みる」
何が悲しくてテロリストの艦長なんてやってるんだ、と彼は自嘲する。捨てた故郷に帰ることは叶わない。せめて、生き延びたい。妻も子供もいない人生を、空しく終えるわけにはいかないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます