#24 ノービードの海にて
ルルル、とモーターの音。セイトの駆るリバーストライクが、車列の中を進んでいく。渋滞という程ではないが、幾らか気温の上がった空気の中で、あまり止まっていたくない、と彼は本音を抱く。
「走ると風が当たるから?」
後部座席のニコが話しかけてくる。
「だから勝手に思考を読まないでよ……否定はしないけどね」
信号が青に変わって、走り出す。青空には太陽が輝く。ヘルメットのバイザー越しに見る陽光は、少しばかり弱められていた。
ビルの窓ガラスが光を反射し、レジャーに向かう者たちに眩しさを届ける。歩道を往く者たちが、薄手のジャケットを羽織ってセイトらと同じ方向を目指している。
「でも、ニントウよりは涼しいと思う」
そうは言いつつも、シート下の収納スペースには、夏に備えたものが納められているのであった。
ニコにそんなこと言わせたのは、濃紺やオリーブドラブのジャケットを着用したライダーが、何人も一路西へ向かっているという事実だ。
「ノービードは少し太陽から遠いし、その太陽の熱も大きくないからね。七月でもジャケットを着る人が多いんだ」
「ハビタブルゾーンのギリギリ、ってことなの?」
「ギリギリってわけじゃない。詳しい数字は忘れたな」
ビル群が終わりを迎える。パッ、と開けた視界。前にあるのは、巨大な海だ。
「あの海は、八十五パーセントの何割?」
駐車場に向かう中、ニコが蒼い水面を指差して言った。
「俺も、この星のことなら何でも知ってるわけじゃないんだ。そんな計算はできないよ」
トライクを止めたセイトは、座席をガバっと開いて、中にあったボストンバッグを取り出す。防水素材のそれは、二つあった。
「ほら、ここに水着とか入ってるから。着方、覚えてる?」
「うん、カノエに教えてもらった。でも、セイトと一緒には着替えられないの?」
「船でも更衣室わかれてるんだから、ここなら猶更厳密にしないとダメなんだよ」
トライクは自動でロックをかけた。指紋認証か網膜認証なくして動かすことはできない。その後部座席下、バッテリー部に、セイトはプラグを差し込んだ。遊んでいる内に充電されるだろう、と。
海水浴場。幾分か気温が低めのノービードでも、海には多くの人々が訪れる。特に危険生物の少ないここ第三エリア、ドレンド市には軍や賞金稼ぎ関係者だけが利用可能な、広大な海水浴場が設置されている。
ゲートでIDカードを見せて、砂浜へ。パラソルが立ち並ぶ。
海の家に入ると、焼きそばであったりお好み焼きであったり、ウインナーであったりを食べる者たちが、机を挟んで話していた。どれも体はよく鍛えられ、男も女も筋肉を惜しげもなく晒す。
その奥で、セイトとニコはそれぞれに別れた。水色のロッカーにボストンバッグを放り込み、スマートフォンやサイフを防水ポーチに入れる。タイミングを計ったように、背後から話しかける者がいた。
「セイト、ニコは攻略できそうか?」
「エイダーさん……攻略って言い方はどうかと思います。ゲームのキャラクターじゃないんだから」
「でも、よく懐いてるだろ。もうちっと押せよ」
二人は並んで服を脱ぐ。エイダーの上半身はびっしりとした筋肉で盛り上がっていたが、セイトはそうでもなかった。下腿部を重点的に鍛えた、若いパイロットの典型的な肉体と言えるだろう。
二人の隣に、青い肌の青年が並ぶ。ナービだ。
「大丈夫なんですか?」
セイトが問う。
「ナービさんがいないと、万が一通信が入った時に対応できないんじゃ」
「おいおい、知らないのかよ」
軽い笑いを浮かべるナービ。
「ヂオウさんは輸送船の艦長だったんだ。通信事業者としての資格も持ってる。何かあれば、一人で船だって出せるんだぜ」
「悪い気は、するけどな」
エイダーの一言が出た頃、彼らは皆水着に着替え終えた。トランクス型の、ゆったりとしたものというのは三人に共通していた。
「遅かったじゃないか、リーダーたち」
浅黒い肌に銀色の髪の偉丈夫が、待っていた。シジミかアサリか、とセイトは記憶のページを手繰る。結論は、でない。
「アサリ、カノエからの連絡はないよな?」
エイダーが訊いた。
「無論。姐さんがいる限り、リーベルもザンクトも完璧になるはずだ」
「それなら気にしなくていいな」
海へと駆け出す、男三人。セイトだけは残って、ニコを待つ。五分ほどして、現れた。
桃色の髪と赤い瞳。今にも崩れそうな細い肉体。そこに、白い水着が纏われていた。
「これ、変な感じがする。裸なのに裸じゃない感じ」
「よくわからないな……」
ニコはセイトの手を取り、歩き出す。
「泳ぎ方、教えて」
煌めく海に、二人は吸い込まれた。
ニコの体を掴んで、バタ足を伝授するセイト。自分とは違う、雪のような肌を見つめてしまう。これが、マフィアで飼い殺されていたことに由来するものなら、とも考える。デンド・ファミリーは、他にもリブーターを飼っているのだろう。
(俺が助けに行く、なんてカッコつけたことは言えないよな)
ニコはあっという間に要領を掴んだ。セイトの手から離れ、一人で泳ぎ出す。彼はそれに並んで、少しずつ岸から離れていく。
「立ち泳ぎって、面白いね」
この短期間で浮けるようになった。彼の驚愕を感じているのかいないのか、ニコは海のずっと向こうを見つめている。
「いつか、二人で海の果てを見に行きたいね、セイト」
「海に果てはないと思うけど」
「ずっと遠くに行きたい。セイトと二人で」
振り向いたニコの顔に、ほんの僅かな笑みが浮かんだ。事実であってもなくても、セイトはそう感じた。
「セイトは、行きたい所はある?」
「俺は、両親を探したいんだ」
ゆるやかに、ニコがビーチへと向かう。彼もそれを追った。
「マフィアと戦うために出撃して消えた、パイロットの父さんと、感応者の母さん。生きていないかもしれない。マフィアに拷問されて、死体なんてまともに残っていないかもしれない。何なら、ビームと爆発で、消え去ったかもしれない」
エイダーが手を振っている。
「それでも、遺品の一つでも回収したいんだ。生きているなら、また一緒に暮らす。だから、ニコ。生き延びよう。少なくとも、俺が俺の夢を叶えるまで」
「もう少し強くならないと、ジーベンに殺されると思う」
「手厳しいね……」
海から上がった二人は、エイダーと話そうとする。が、駆け寄ってくる影が三つ。
「おい、セイトだろ⁉」
聞き馴染のある声だ。セイトは左手から近寄る声の方に視線を向け、パアッと顔を明るくした。
「コウジ、サント!」
駆け出したセイトは、二人の青年と掌を叩き合わせた。
「お前、急にハイスクール辞めて何してたんだよ。人でも殺したんじゃないか、って話題になってんだぞ!」
「いやさ、軍艦に忍び込んだら、色々あって賞金稼ぎやることになってさ」
「そりゃ逮捕だろ……まさか、除籍しないことと引き換えに雇われたのかよ」
「そんなトコ。安心してよ、これでも結構スコアは挙げてるんだ」
青年二人は顔を見合わせて、不安の色を共有していた。
「あと、ニントウからレビトン通信で送られたお前名義の動画。あれ、ホントにお前か?」
「詐欺とかスパムとかって認識した?」
二人の頷きは同時だった。
「なら、見とくけどよ……」
素直に喜べない友人二人を前に、セイトも少々気まずくなる。いきなり目の前から消えて、遠くに行ったのだ。不安も不信も、あって当たり前。
「セイト、この二人が前言ってた友達?」
彼の横に、ニコが来る。
「そうそう。プライマリーから一緒の、幼馴染」
「おまっ……彼女まで作ったのかよ!」
「ずるいぞ!」
「バディだよ! ゼロアニマの感応者!」
弁明も空しく、友人二人はセイトから離れていく。
「よかったの? 嫌われたかもしれないよ、セイト」
「まさか。ここまで含めてじゃれ合いなんだ」
よくわからない、と呟いたニコと共に、セイトはエイダーと合流する。海は、静かに揺れていた。
◆
ノービードから星図上右に進んだ小惑星帯、N-444。二日の補給作業を終えた二隻のニベルング級は、ゆっくりとアステロイドの群れから脱しようとしていた。
その格納庫で、紫の機体が佇んでいたのである。
『あなたは、リーベルが欲しいの?』
カッタは、コックピットの中で女の声を聞いた。だが、彼は一人きりだ。
「ああ。あれを手にすれば、ファミリーの戦力を底上げできる」
『本当は私の為なのに』
「見抜かれていたか。そうだ、リーベルを持ち帰れば、お前の新しい肉体を作ってやれる。こんな十八メートルの怪物ではない、人間サイズのボディだ」
彼が語り掛けるのは、機体そのもの。感応者の脳だけを乗せた、生体コンピューターだ。
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