#23 ノービードへの帰路

 二隻のニベルング級戦艦が、その攻撃的なボディーを小惑星帯の中に出現させた。ジャンプアウトだ。


「小惑星帯N-444に到達。各員、補給作業の用意をせよ」


 帽子を直しながら、弘道艦長が全艦に告げる。


「さて、失った分のマリンクは補充できるのだな?」


 彼は、前に立つカッタに向けて尋ねた。


「無論だ。ニントウ各地にばら撒いた武装バレウスの対処に正規軍が追われている間に、輸送船を四隻、時間差のジャンプで到達させている。宇宙海賊も雇えば、戦艦は三隻揃えられる計算となるな」


 弘道艦長の口端が歪む。くるり、カッタが踵を返す。


「ノービードまで四光年。ジャンプ用粒子の貯蔵をやっておけよ」


 ブリッジからの去り際、彼はそう言って、ヘルメットのバイザーを下ろした。


「仮面にバイザー。どこまで自分を見せることが怖いんだか……」


 艦長の呟きに、反応はなかった。





 星図上左に進んで、ノービード。その蒼い星へと、一隻の船が降下を行っていた。


『こちらブリッジ。減速完了。カメラを再起動するよ』


 ヂオウの言葉を聞いたセイトは、自室の窓型ディスプレイを起動した。陸地の少ない、無限にも思える蒼い海が広がっている。キラキラと、陽光を反射して輝く海だ。


「ニントウより陸地が少ない気がする」


 彼の横に並ぶニコが、本から顔を上げて言った。手にあるのは、『Control Engineering Of ZeroAnima: For Beginners』という本。裏表紙に書かれた値段は、七千サブクレジットだ。


「ノービードは水の惑星って呼ばれてる。大体表面積の八十五パーセントが水なんだ」

「じゃあ、人間はみんな十五パーセントに住んでいるの?」

「そうなるね。人口も六十億しかないし……ニントウに比べたら田舎の星だよ」


 故郷の星。降りる先が故郷の街である可能性も高い、と彼は勝手に推測していた。


『こちらシュピーデ級ハレン号。護衛任務は完了したぞ。報酬を口座に振り込んでおけよ!』

『おう。助かったぜ!』


 セイトの傍らにあるモバイルモニターから、通信の声が聞こえてくる。


「動かせるゼロアニマがないから、他の賞金稼ぎに護衛を頼む……俺が、もっと上手く戦えれば、こんなことにはならなかったんだよな」

「セイトは悪くないよ。あの部隊は、サン・デンドの直属。ファミリーの中でも選りすぐりのパイロットが集まっているから」

「でも、それは負けていい理由にはならない」


 立ち上がった彼は、机の上のラップトップを開いた。その傍らには、二つのヘルメットがある。片方は、もう片方より幾分か小さい。机横の本棚に放置されたコードは、様々な規格で様々に絡み合っていた。


「ニコ、解析を手伝ってほしい。ハイマニューバが使った、あの電撃兵器の対策を考えておきたいんだ」


 起動し、指紋認証でログイン。現れる青空の壁紙。


「空が好きなの?」

「じゃなきゃパイロットなんてやらないよ」


 ハイスクール時代からお世話になっている、青いアイコンをダブルクリックした。その下には『TH VNC』とソフト名が表示されている。


「ビジュアルネットワークコンピューティング。どこのコンピューターを使うの?」


 ニコが隣から画面をのぞき込んで問う。


「ヲッチ号のサーバーだよ。機体のシステム解析にも使われるのがあるから……エイダーさんに許可を取って、俺のPCとも繋げさせてもらった」

「別に許可はいらないと思うよ、セイト。ログを書き換えるくらいなら、私にもできる」

「やめようね?」


 数秒後、パソコンはヲッチ号の中央サーバーへのアクセスを完了する。アイコンの中から『TACTICAL DETA』とあるものを見つけ、漁る。リーベルのものがあった。タタン、とタッチパッドを二度叩いたのだが……。


「あれ、暗号化されてる」


 出てくるのは、パスワードを求めるウィンドウだった。何のパスワードか、と彼は考える。生体認証とパスキーが飽和した現代、わざわざ個別のパスワードなんてものを要求してくるとは、彼もとんと思わなかったのだ。


「……そういうこと」


 ニコが何か呟いて、ヘルメットの小さい方を取った。続いて、コードの一本も握る。ヘルメットとラップトップを直結してから、被った。


『CIEL WAVE APPROVED』


 三秒間緑の文字が浮かんで、リーベルが蓄積した戦闘データが画面に現れた。


「えっと、何が起こったんだ?」

「確信があったわけじゃないけど、パスワードに偽装したシエル波認証システムだと思ったんだよ、セイト」

「シエル波って、ゼロアニマを制御するための脳波だろ? それを使った認証は、軍部が独占してるんじゃ」

「その気になれば、機体のOSからデータを引っ張り出して複製できるはず」


 遵法意識が欲しいなあ、と思いながら、セイトは解析を開始した。


「で、この電撃兵器」


 左腕部シールドジェネレーターとビームカービンを襲った、ワイヤー付きの突起物だ。着弾地点には、高熱で装甲を穿たれた痕跡があった。


「ニコは、何か知ってる?」

「詳細は知らない。でも、ヒート・ピアッサーかもしれない」

「と、いうのは?」


 ニコの指が動いて、一瞬のうちにカメラが捉えた画像を全画面に映し出す。赤熱化した、全長八十センチほどのスパイクだ。


「へえ、知ってんだな」


 そこに飛び込む、酒焼けした声。


「エイダーさん」

「サーバーにアクセスがあったからなんだと思ったが……戦闘データの解析か。精が出るな」


 エイダーは無遠慮に踏み込み、ベッドに腰掛ける。椅子を回したセイトと向き合う形だ。


「ヒート・ピアッサー。高熱のスパイクを射出し、着弾地点付近に大電流を流す武装だ。駆動系や動力部を破壊し……機体を無力化するための、な」

「でも、そんなものハイスクールじゃ習っていませんよ。強力なら、対策くらいしないと」

「カリキュラムとしては、卒業間際の実地訓練でやるんだよ。お前は中退したから知らねえだけだ」


 自分の短絡を、セイトはそっと恥じた。


「既存のゼロアニマを捕獲して、修繕。そうやって戦力を増やしたいマフィアにとっちゃ、便利この上ない兵装なわけだ」

「でも、弱点はある。そうですね?」


 セイトの問いを、エイダーは首肯する。


「考えてみろ。自分で辿り着いた答え程、価値のあるものはないからな」


 セイトの目は、ラップトップに戻る。リーベルがピアッサーを受けた一瞬を何度もリピートし──一つ、可能性に行き着く。


「弾速が遅いこと、でしょうか」


 その解答を受けたエイダーが、拍手を送った。


「ビーム砲に比べちゃ、かなりスピードに劣る兵装だ。当てるには的確に隙を探るしかねえ。だから、動き続けて先手を打つことが何よりの対策だな」

「でも、亜音速で飛んでくる。そう簡単には躱せないよ、エイダー」

「だから比較的なんだよ。ま、セイトならやれるさ。俺の見込んだパイロットだからな」


 マッハゼロコンマ三。サーバーが計測した、ヒート・ピアッサーの飛翔速度だ。セイトの目は、そこからピアッサー本体へと動く。ロケットモーターがついている。


(爆発的にレビトン粒子を発して、一瞬で加速させるのか。再使用もできる。上手いパイロットが使えば……)


 的確に、機能を削げる。


「セイト、ピアッサーが怖い?」


 思考を読んだのか読んでいないのか。彼は結論を出さないままに、ニコと目を合わせる。


「俺は、リーベルを守らないといけない」


 左腕とビームソードを奪われ、負けたとしても。


「あのジーベンも墜としたい。だから、怖くても進むよ。やれることは、全部やって」

「いい覚悟じゃねえか。それでこそ──」


 エイダーが立ち上がって何かを言おうとしたが、放送が鳴って邪魔をする。


『リーダー! もうすぐ着陸だよ! 手続するからブリッジに来ておくれ!』


 ヂオウのよく通る声を聞いて、彼は苦笑しつつ肩を竦める。


「んじゃ、また後でな」


 プシュン、と引き戸が開く。


「ああ、そうだ」


 エイダーが立ち止まり、振り返る。


「仲良くするのはいいが、セイト、手綱を握れよ」


 言い返す間もなく、彼の姿は廊下に消えた。


「手綱を握る、ってどういうこと?」


 立ち上がったセイトを見上げて、ニコが問う。


「まあ、相棒以上にならないように、ってことだろうね……」

「でも、キスはしたよ、セイト」


 言葉に詰まったセイトは、解析の作業に戻った。着陸まで、そう時間はかからなかった。

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