#22 ジーベンの脅威

 粒子ビームの過ぎる、ヒュウンという音をセイトは何度も聞いた。ジーベンの腕部から放たれる真っ赤な光が、リーベルの粒子シールドを一撃で吹き飛ばす。そこに来る追撃を躱して、彼は相手のコックピットに狙いを定めた。


 が、駄目。ジーベンのパイロット、カッタのマヌーバは、セイトが引き金を引く前に行われる。結果、虚空にビームが消えるだけだ。


「セイト、相手が速すぎる。多分、銃じゃ勝てないよ」

「なら、斬る!」


 セイトは、カービンを背部スラスターユニットに下げる。それから、両手にビームソードを握った。右は糸めいて、左は縄めいて。


 相手の打ち下ろしたビームブレイド。左のソードでそれを弾いた彼は、右のソードで胸を狙う。突きだ。


 しかし、ジーベンは腰背部のスラスターを前に向け、勢いよく後退する。空を穿ったビームソードが素早く振り抜かれるも、これまたカッタは回避する。急降下で、セイトの視界から一瞬消えた。


「下!」


 ニコの助けを得たセイトは、機体をバク転させる。先程までいた場所を、血のような剣が過ぎ去った。そうなれば、反撃だ。二振りのビームソードを握り締め、並列に構える。狙うはコックピット、それだけ。


 モーターが唸って、粒子の剣が同じものを打つ。今回は、通った。リーベルのパワーで強化されたこともあって、ザンクト用のソードも出力が強化されている。それ故、受け止めたジーベンのビームブレイドを巻き取ったのだ。


 ブスン、とブレイドの柄が煙を吐き出す。粒子剣も消える。それを、カッタが投げ捨てた。


「あと、何本……ある⁉」


 後退を見せる相手を、セイトは声を荒げながら追う。ジーベンの持つビームブレイドらしき物体は、首元の右側と、両腿。三本全てを無力化できるか。


「やるしかない、ってことだろ!」


 長刀と短刀の二刀流となった相手に、彼はスラスターを全開に持っていって突っ込む。赤い光の尾を引く、白と青の巨人の斬撃は、簡単に逸らされた。


 短刀の防御から、長刀の攻撃が繋がる。両腕を高く跳ね上げられたリーベルは、胸を無防備にする恰好だ。まるで一秒が十年に感じられるように、セイトの世界はスローモーションになる。死を身近に感じた彼の知覚は、どこまでも時間を引き延ばしていたのだ。


 思考がリーベルに伝わる。肩部のスラスターがレビトン粒子を噴射、空間構造を乱して力場を生成し、数十トンの機体を横っ飛びに吹き飛ばす。結果、カッタの繰り出した止めを避けることに成功した。


 視界が揺れる。耐Gスーツと、呼吸法、そして何よりハイスクール時代に培い、今日まで維持してきた下半身の筋肉で耐える。


「セイト、回り込まれてる!」


 振り返った彼は、背後に黒と赤、マリンク・ハイマニューバがついていることを理解する。左のビームソードを仕舞い、機体を回転させつつビームカービンのロックを外す。宙に舞った銃を掴んだ彼は、横方向に転がりながらマリンクのコックピットを撃ち抜いた。


 この時、彼の脳内にあったのは獣のような闘争本能だけだった。津波のように押し寄せるマリンクに向け、カービンの引き金を絞り続ける。一機、二機と爆ぜていくのだ。


 それでも、羽のようなスラスターを持った敵が、後九機。エイダーに向かっているものが三機あるので、セイトが対処しなければならないのは六機だ。それらが一斉に彼へと腕を向けた。


「何を!」


 訝る暇もなく直進した彼へ、ビームカービンの連射が襲う。粒子シールドで防いだ──はずだった。


「熱源接近!」


 ニコが叫んだ刹那、小さな突起物がシールド発生器に突き刺さった。次いで、電撃。動力部が炸裂し、装甲が弾ける。


「ニコ、何があった!」

「わからない。でも、大電流が流れて、シールドは壊れたみたい!」

「腕の駆動部は!」

「生きてる!」


 それなら戦える、と彼はマリンクに銃口を向けた。圧縮粒子を電磁力で加速する、一種のレールガン。秒速十キロにも及ぶ初速の射撃だ。兆候を捉えなければ、回避は不可能だろう。


 事実、ニコが齎す敵機動の予測と、セイトの獰猛な闘争心を前に、黒と赤の機体は次々に射抜かれていった。


 残る三機が、大きく高度を上げた。馬鹿正直に照準で追ったセイトの目を、太陽光が焼く。一瞬のホワイトアウトだ。


 まさに一瞬。三秒にも満たない時間で、三機編隊を組んだマリンクがリーベルに向けて謎の突起物を放った。


 ビームカービンに食い込んだそれが、電流で機能不全を発生させる。プスン、と煙が上がった。


「電流武器! 鹵獲のつもりだよ、セイト!」

「捕まるものか!」


 ピピッ、と電子音がなる。ニコが、下方から迫るジーベンの存在をセイトに告げたのだ。


 両手に握ったビームソードを、紫の敵機に向けて、彼は振るう。短刀にいなされてしまう。横に回ったジーベンの長刀が、リーベルの右腕を切断せんとする。


 荒い呼吸の中、セイトはどうにかこうにか、それを弾いた。左の剣を逆手に握り、頭を潰しに行く。だが、これもまた、短刀で軌道を変えられるだけだ。


 そうやって伸び切った左腕が、瞬時に焼き切られる。ジーベンの蹴撃が右腕に入る。ビームソードが手から離れ、水蒸気爆発の後に海中へと没していく。


『セイト!』


 されど、エイダーから通信。同時に、ニコも声を発する。


「空間の揺らぎが大きくなってる。セイト、何かがジャンプしてくる!」

『正規軍が来るぞ!』


 直後、虚空に紫電が走った。厚みのない円。空間を引き裂くようにして、三胴船のアパラード級が一隻、現れた。


『こちらアパラード級イオーン! これより援護を開始する!』


 ブルーで塗装されたザンクトが続けざまに出撃し、その手に握ったビームカービンで弾幕を張る。


『潮時だな、リーベルのパイロット』


 セイトの耳に、カッタからのレーザー通信が届く。


『また会おう。その機体は、必ず頂く』


 飛び去るジーベン。片腕を失った機体で追撃するべきではないな、という理性で、セイトは機体を動かさなかった。


 もう一隻のアパラード級がジャンプアウトした。だが、遅かった。


 一時間後、ヲッチ号は第六宇宙港に入港した。レビトン粒子の力で着底した船の中で、セイトは傷ついたリーベルを見上げていた。


「ほら、どきな!」


 そんな彼を、カノエが小突く。


「そんなに愛の巣が気になるなら、ヘルメットでもつけてきな! 帰った帰った!」


 追い出されるようにして、彼は格納庫を後にする。左腕を失い、銃を壊され、ビームソードを喪失せしめられた。


(負けだ)


 完全なる敗北。性能で勝っているはずの相手だというのに。


 頭の中で渦巻く、黒い蛇。それを振り払いたくて、八階へのエレベーターに乗った。行き先はスポーツジム。体を動かせば、きっと楽になると信じて。


 更衣室で軽い素材のトレーニングウェアに着替えて、機材を探す。パイロットに必要なのは下腿部の筋肉だ。したがって、やるべきはレッグプレス。壁際にあるものを見つけた……のだが、三つあるうちの一つを、エイダーが使っていた。


「よお、セイト」


 先に気付かれて、声が来る。


「エイダーさんのザンクトは、どれほどダメージを受けたんですか?」


 重りをセッティングしながら、彼は問う。大体、負荷は体重の百七十パーセント。


「カービンぶっ壊れたし、背部のスラスターにも一発喰らった。俺の奴は特注品使ってるからな、ノービードに一回戻らなくっちゃならねえ」


 四十五度のシートに深く座った彼の呼吸が、静かに整えられる。


「どうせリーベルの修理もしなくっちゃならないし、戦闘データの回収だって依頼されてる。いいタイミングだったんだろうな」

「……俺が負けたことは、責めないんですか」

「別に、生きてりゃ負けることくらいあるだろ。パイロットも感応者も死ななかったし、機体だって奪われなかった。むしろ、負けたのに失うものがないってのは、幸運だと思うぜ」


 幸運。生きているのだから。


「何なら、敵の戦力を推し量れたんだ。依頼は完遂! ゼロアニマも撃墜した報奨金も入る。収支はプラスだろうな」

「まだ挽回できる。そうですよね」

「おうよ。んじゃ、俺は上がるぜ」


 エイダーが器具から離れる。


「報酬の送金手続きを終えたら、すぐ出港だ。ノービードに戻って、休暇でも楽しめよ」


 敗北は確かに噛み締めて、前に進むしかない。そう割り切れない若さを、セイトは持っていた。

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