#20 ヲッチ号、南へ

『ブリッジからパイロットへ。機体の状態は万全にしておくんだよ、偵察と言っても、帝国だとかマフィアだとかが噛んでくる可能性もあるからね』


 コックピットの中で、セイトはブリッジから転送される映像をモバイルモニターで見ていた。


「どんなものがあると思う?」


 後部座席から、ニコが彼の顔に手を伸ばしつつ尋ねた。彼はその細い指を退けて、モニターを座席横に置く。


「ステーションの観測から任務発令までが十四時間。空間の揺らぎが極小ってことから、正規軍はマフィアの幹部が自家用宇宙船で乗り付けた、って推測してるみたいだね」

「違う。セイトがどう思うのか知りたい」

「……嫌な予感がするんだ」


 タッチパネルを触り、システムチェックを走らせる。超小型リアクターに異常は見られない。だが、セイトの肌を、纏わりつくようなくぐもった未来が撫でていく。


「新人だから不安なだけかもしれないけど、何かいそうな気がする。巨大な、何か……」


 どかしたはずの指が、また彼の顔に触れる。


「セイトは、自信がないの?」

「自信とはまた別。実力にないのは事実だけど、この悪寒には自信がある」

『へえ、詳しく聞かせてくれよ』


 不意に入る通信。発信元を慌てて見たセイトは、その主がエイダー機であることに気付く。


『その自信がある悪寒ってのは、何なんだ?』

『そうだよ、セイト。お姉さんに聞かせてほしいな』


 自分の何倍、何十倍の場数を踏んできた相手だ。セイトにしてみれば、少し怯みさえする。だが、呼吸を整えて返事の用意を整えた。


「本当に、予感だけです。ゼロアニマの一機──いや、三機くらいは構えていそうな気がするんです。そこに小規模な宇宙船があって……」

『そんなもんがジャンプアウトすれば、簡単に検知されるはずだ。考えすぎかもな』

「ですが!」

『わかってる。正規軍が動けるように通達しておくから、とりあえず偵察だけして帰るぞ』


 無慮ではない。それはわかっていたが、彼の胸に伸し掛かる不吉な塊を吹き飛ばす、爆弾としての檸檬はない。


 外部動力に繋いでの、各武装のチェックを行う。


(ビームカービンの制御システム、手掌部コネクタ問題なし。右ビームソード問題なし。左ソードは……ザンクト仕様だからパワー不足かもしれない)


 武装がもう少し欲しいな、と望む。セイトは、ゼロハチ連合との──グレイとの戦いを思い出していた。幾ら近接戦闘が得意だから、と言って射撃武装をカービンに依存するべきではない。右腕部にもビーム砲があることはあるが、ソードを使う時のサブウェポンにすると考えると、使いにくい。


 自分が改修するならどうするか、と考えてみる。全身に火器を搭載して、向かう敵全てを押し返す。ビームソードは二本でいいか。いや、四本あってもいい。いざという時、投げられるように。


「楽しそうだね、セイト」


 ニコがその脳内を覗き見て、言った。


「でも、リーベルに手を加えるのは、もう少し先のことだと思う」

「空想するだけならタダだから、いいだろ。いつかこいつと別れるかもしれないけど、その時、もっと強くなってくれたらいいんだ。それだけのこと」


 ピッ、ピッとタッチパネルが電子音を鳴らす。


「ニコ、ザンクト用サーベルに合わせたパワーサプライの自動調整システム、作れた?」

「うん。左のソードを抜いたら、OSが検知した武器のIDから、機体が最適なパワーを供給するようにできた」

「なら、俺のやることはもうないか……」


 フウッ、と息を吐いて、セイトは背凭れに体を預けた。戦場までどれほどか。きっと戦闘になる。彼の案ずるのはそればかり。静かに目を閉ざす。ヲッチ号は、高度をずっと高くとった。


 十数分ほど続いた沈黙を、警報が破る。セイトは慌てて眼を開き、ヘルメットを被った。


『下方に小型艇の隊列! 飛行計画にない船だぞ、リーベル、接触してくれ!』


 ナービの声を聞いた彼は、手元のスイッチでコックピットハッチを閉じる。暗闇になった空間。それも一瞬のこと。ニコがリアクターを起動したことで、全天周囲モニターが点灯し、二人は格納庫に浮いているような状態となる。


「リーダー、謎のジャンプをした船でしょうか」


 セイトはカタパルトを使わないで格納庫を出つつ、問う。


『さあな。とりあえず捕まえて、事情を訊くしかねえよ』


 ビュウオウッ、と風が吹きつける中、リーベルはカタパルトデッキの端に立つ。


「リーベル、出ます!」


 デッキから飛び降りた彼の視界に、センサーの捉えた情報とニコの行った補正とが重なって表示される。前方三キロ、下方九百メートルの地点に、小型艇が四隻ほど固まって飛んでいた。


 二本の円筒型レビトンコンデンサ、兼大型スラスターに挟まれてキャビンのある、全長二十メートルほどのそれ。セイトの知識は、それの大まかな巡航速度も把握していた。凡そ二百キロ毎時ほどだろう。十五メートルほどの全高は、かなりの物資を搭載できるはず。


「相対速度、プラス時速三キロ。セイト、ゆっくり合わせて」


 各部に備わったスラスターからレビトン粒子を放出し、彼は目標の船団に近づく。反撃は飛んでこない。


「ニコ、対空砲はないよね?」

「ないと思うよ、セイト。あったら、とっくの昔に使ってる」


 そりゃそうだ、と呟いた時、リーベルの手は小型艇に触れた。


「こちら賞金稼ぎエイダークラン所属、セイト・イミバシ。貴艦の所属を問う」

『こちらニッカ号。衛星航法システムにエラーが起こって、航行ルートを見失った。先導を頼みたい』


 セイトは、その会話を中継してヲッチ号に繋げていた。エイダーからの指示を待つ。


『セイト、全部拿捕だ。航法システムの修復をやってやる、という名目でな』

「全艦、こちらに続け。母艦にてシステムチェックの後、正しいルートを入力する」


 返事が来るまで十秒ほど。


『いや、ここから先導してくれればそれでいい。そのような手間を取らせるわけにはいかない』


 道理が通らない、とセイトは感じた。エイダーも同じだった。


『セイト、銃で警告して、所属を聞き出せ。こっちでデータを照合する。街で暴れたテロリストの仲間かもしれねえからな』

「了解」


 本当に民間人だったら──そんな心配も、彼の中にはあった。だが、調べられたくないことのあるのが事実であるとも、理解していた。


 結果、彼の思考はリーベルを動かし、ビームカービンを先頭の操縦席に向けさせた。


「警告する。貴艦の所属する港を言え。さもなくば、撃沈する」

『ちょ、ちょっと待て! 俺たちが何をしたって言うんだ!』

「警告はした」


 レーザー回線から、ガタガタと騒がしい音が聞こえてくる。


『……ニントウ星第六民間宇宙港、登録番号84904』


 ヲッチ号側からの返答は、こうだった。


『該当船舶は二か月前に盗まれてるようだ。セイト、拿捕だ』

「了解!」


 やらねばならないのなら、やるしかない。セイトは先頭に浮く船のコンデンサを片方撃ち抜いた。爆発はしないが、宇宙船は不安定になり、落下を始める。


 そこを、彼が拾い上げた。右脇に抱える。エイダー機も降りてきて、引き渡す。後は帰って終わること。そう思っていた彼に、鋭い声が届く。


「セイト、撃たれる!」


 ニコの判断に従い、振り返って粒子シールド。キャビンの装甲をぶち破って、ビーム弾が飛来した。


『武装シングルを積んでやがる! セイト、沈めて構わねえぞ!』

「無駄なことをするからッ……!」


 キャビン上方に姿を現す、赤茶けたバレウス。ビームカービンを連射してくるが、リーベルの粒子シールドは容易く防いでみせる。


「なんで、なんで死にたがる!」


 叫んでも、現状は変わらない。無抵抗にも等しい敵は、ものの数分で全滅した。





 百キロ南方、とある島。地表に停泊していたニベルング級の二隻は、事態の推移を把握していた。


「イヴェーブの脱出艇、ロスト。最期に送信された画像が、こちらです」


 片方のブリッジで、カッタと弘道艦長が、通信員の差し出す画像を見た。白を基調とし、青が各所に配置された機体だ。


「リーベル……!」


 カッタが声音に喜びを滲ませる。


「艦長、出港だ。リーベルを取りに行くぞ」


 二隻の戦艦は、ゆっくりと浮上する。


「なら、何機出すのかね?」

「マリンク二個小隊を率いて私が出る。十二機あれば、捕えることもできよう」


 まだカッタは知らない。セイトに眠る、獣のような本性を。

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