#19 戦場までは600キロ
ニントウ星第六宇宙ステーション。低軌道上に位置する、軍民共用の出入星管理局が置かれている人工天体だ。
その管制室で、若い男が疑いを表情に浮かべていた。
「空間の揺らぎ?」
惑星地表レベルの重力が生成されている中で、三つ揃いのスーツにネクタイを締めたナイスガイが尋ねた。
「ええ、主幹管制官。微小ながらも、一部地点でレビトン粒子が齎す、特有の空間の揺らぎを検知したんです。軍と民間の飛行計画と照らし合わせると、このタイミングとポイントでジャンプする船はありません。ヒードさんは気にするな、と言うのですが……」
ナイスガイは短く整えられた髭を撫でる。その黒い瞳は、抜き身のナイフのように輝いている。目の前に立つ若い管制官ではなく、外壁の向こうにある大地を見ていた。
「第六エリアの宇宙港に伝達。不審な粒子濃度の上昇を確認、偵察隊を送るべきだと進言するんだ」
「は、はい!」
報告を終えた若い彼が通信機を取る。
「主幹管制官、いいんですか?」
ナイスガイの隣に女性が立つ。
「彼、まだ若すぎます。その立場で進言しても、撥ね退けられるだけかもしれませんよ」
「若いからこそ、さ。勘の鋭い人間が経験を積まなくてどうする?」
事態は、すでにゆっくりと動き出していた。
◆
十四時間後、地上。太陽がギラギラと輝き、停泊する宇宙船を刺すように照らす。ニントウ星第六エリアを統括する宇宙港で、ヲッチ号の乗組員数人が、七人乗りのミニバンで移動していた。
「エイダーさん、なんで俺もなんですか?」
助手席に座るエイダーに、中列のセイトが身を乗り出しながら問う。
「賞金稼ぎってのは、あんぐり口を開けてりゃ暮らせるわけじゃねえんだ。お前に、ちっと現実を教えてやる」
そう言う傍ら、エイダーは大きな欠伸を見せていた。
「リーダー、仕事に向かうなら眠気覚ましでも飲んだらどうだい」
最後列で、ヂオウが声を掛けた。
「問題ねえよ。酔いも醒めた」
「昨日は二日酔いでダウンしてたもんね、あれで酒が抜けてなかったら笑いものだよ」
同じく最後列のヘルトが、揶揄いを籠めて言う。返事をしないエイダーを、セイトは呆れて見ていた。
「セイトは、二日酔いになったことある?」
彼の隣に座るニコが、今日もまた牛乳を手に尋ねる。
「俺は酒飲んだことないからさ……二十歳からだよ、飲酒は」
「でも、ファミリーの人たちは十六から飲んでた」
「犯罪者と比較されても困るよ」
車は緩やかな減速で、八階建てのビルの前に止まる。横にも大きく広がるそこは、ガラスの全てに無言のカーテンが掛けられ、中の様子をまるで窺えない様子だった。
自動ドアを抜けると、スウッと快適な冷房の風がセイトの肌に触れる。天井に掛けられたディスプレイには、リアルタイムで哨戒中の船舶の位置が表示されている。他にも、天気や風向き、ゼロアニマの整備状況なども別々の画面に映し出される。
奥にはカウンターがあり、コンピューターに向かう事務員が十数名、来客を待っていた。
「ちっと待ってろ」
そんな中で、エイダーは一足先に前へ出る。カウンターの前でIDカードを提示し、幾らか会話。その後、親指をクイと動かし、五人を導いた。向かう先は、エレベーターだ。
「何話してたんですか?」
籠の中、セイトが訊く。
「アポ取ってるエイダーだ、って言っただけだ。本番はこれからだぜ」
本番、と問いを重ねる前に、行く先の階に到着した。プラスチック製の壁。長い廊下。等間隔の照明。無機質だ、と彼はハイスクールとはまた違う冷たさを感じ取った。
「それで、本番とは?」
「すぐわかる」
進んでいくと、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。
「こっちは五百五十万で受けられる!」
「いやいや、オレなら五百二十万だ!」
交渉でもしているのか。彼はそう思って耳を澄ませる。が、エイダーが何の遠慮もなく進んでいくので、ゆっくり聞く時間はなかった。やがて、騒がしい扉を、エイダーが力強く開く。
途端、部屋はシン、と静まった。茶色い肌、赤い入れ墨、頭に生えた小さな角。それが荒くれ者たちを威嚇した、というわけではない。見慣れた顔の登場を前に、荒くれ者たちが嫌な顔をしただけだ。
「エイダークラン、遅れてすまんね」
エイダーに率いられ、セイトらも歩き出す。状況は、簡単。依頼の落札だ。数十名の賞金稼ぎを前に、白シャツの軍人が依頼を紹介しているのだ。
視線を集めながら、彼はドスンとパイプ椅子に腰掛ける。セイトたちも、その周りに集まって座った。
「続けようぜ、俺の食い扶持が懸かってんだからよ」
白シャツは一度咳払いをして、背後のスクリーンを指示棒で指した。
「今回の依頼は、偵察だ」
貧乏揺すりや舌打ちの音が、セイトに届く。
「ここから六百キロ南東の地点にて、第六宇宙ステーションが空間の揺らぎを検知した。提出された飛行計画に、このタイミングとポイントでジャンプを行う船は存在していない。それ故、この地点で何が起きているかを調べてほしい」
「正規軍じゃダメな理由でもあんのか?」
エイダーが、脚を乱暴に組んで尋ねた。
「先日の武装バレウス騒ぎは、帝国義勇外征旅団……通称イヴェーブの犯行だ。かなり大規模な集団であるが故、次の事件が発生する可能性を捨てきれない。正規軍は、その対処に戦力を割く。だから、賞金稼ぎを使いたいのだ」
「なるほどねえ……なら、俺は三百万で受けよう」
シンとしていた部屋が、今度はまた喧騒で満たされる。煩い中で、セイトはスクリーンに投影された契約の詳細を読み込む。単に偵察を行って帰ってくれば満額、不穏分子を捕えて連れてくれば追加の報奨金で、ゼロアニマとの交戦があれば手当も出る、とある。
「可能なのか?」
「こっちのゼロアニマは二機ぽっち。船も一隻で済む。他所のクランみたく、三隻も四隻も使うわけじゃないんでね」
「ほう……」
白シャツは口元に指を持っていき、暫し思案した。頷いて、口を開く。
「他、いないか!」
ちらちらと視線を交わし合う他の賞金稼ぎたちから、もう声は出なかった。
「なら、エイダークランに任せるが、よいな⁉」
異論はなく、他の賞金稼ぎはすごすごと部屋を後にした。残るのはエイダークランからやってきた五人だけ。
「さて、エイダー。基本的な報酬は三百万だが、本当に問題ないのだな?」
歩き出した白シャツは、エイダーの前にある椅子をくるりと回し、腰を下ろす。
「ああ、報奨金も含めれば、こっちも黒字さ」
「報奨金を手に入れる確信がある、と?」
フッ、と笑ったエイダーは、隣に座るセイトの肩に手を回す。
「こいつが思いの外優秀でね。相手の戦力が何であれ、情報を掴む程度のことはできるさ」
「随分と若いが……君、歳は」
「十八です」
「ハイスクールも出ていないじゃないか。なんで賞金稼ぎをやっているんだ」
正直に話すかどうか悩んで、セイトは視線を泳がせる。
「まあ、色々あって」
「脛に瑕、か。詳しくは聞かないが、賞金稼ぎの道は楽じゃないぞ」
苦笑いで、彼は返した。
「で、出撃はいつにすればいいんだい。すぐかい?」
ヂオウが質問を投じた。
「ああ。可及的速やかに出撃してほしい。依頼書については、並行して作成する。サインは帰ってきた後で構わん」
「結構グレーなことするじゃん」
ヘルトはそう言いつつも、笑っていた。
「よし! 戻って準備だ!」
勢いよく立ち上がったエイダーに、クランのメンバーも倣う。
「んじゃ、吉報を待っとけよ、トウヒさん」
部屋を出たセイトは、口端を持ち上げる彼を見上げた。
「知り合いなんですか?」
「こういう仕事してると、自然と顔と名前を覚えるもんさ。宇宙ステーションでもやったろ? 俺は顔が利くんだよ」
「リーダーは暴れ回るからねえ。活動を始めた頃なんて、街を壊しまくって他の賞金稼ぎに拘束されかけたことだってあるんだ」
ヂオウの補足に対し、エイダーが言い返す。賞金稼ぎになった。そう、セイトはやっと実感を得られたのであった。
さて、船に戻ったセイトは、更衣室でパイロットスーツに着替えた。脳波を増幅するコンタクトメットに、外界と隔絶されたコックピットで過ごすための酸素を詰めたバックパック。全身を覆う、白い特殊繊維製のスーツなのだ。
「やらないとな」
何が蠢いているのか。わからないのだとしても、それを止める術があるなら止めたい。
更衣室のスライドドアを開き、パイロットルームへ。
「ニコ、着替え終わ──」
何気なく声を掛けた時、そこにはスーツの上半分をはだけさせたニコがいた。
「あ、途中」
「な、なんでここで着替えてるんだよ!」
「牛乳、飲みかけだったから」
確かに、彼女の手には紙パックがあった。それを置いて、地味なインナーを白いスーツで覆う。
「ほら、行こう。六百キロなんて、すぐだから」
「宇宙規模だとね……」
部屋を出ようとするニコに対し、腰を椅子に据えるセイト。
「セイトは、行きたくないの?」
「あのね、ヲッチ号は大気圏内じゃ五百キロしか出ない。到着までは一時間以上かかるよ」
「じゃあ、それまでどうするの?」
「待つだけだよ」
結局、ニコはもう一本牛乳を取り出して、セイトの隣に座った。戦場までは、もう少し。
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