第一部第三章カッタ、リーベルを求める者
#16 ニントウへの降下
『こちらブリッジ。地上とのダイレクトな電波通信が可能な速度まで減速した。センサーのシャッターを開放するよ』
その声が聞こえたセイトは、窓代わりのディスプレイに顔を向ける。遥か彼方まで続く、巨大な海が見えてきた。緑色の大地も。
「海だね、セイト」
ニコが、彼の私室にある本を置きながら言う。ページを開いたまま、伏せる置き方だ。
「それ、痛むからやめてくれない?」
「でも、どうせすぐ読むよ」
「だとしても! 結構高い本なんだからさ」
ピッ、とベッドに腰掛けていた彼は、手元のリモコンのスイッチを押す。斜め下への視点に切り替わる。まだ地面は遠い。詳細な地形を見ることはできない。
「『Comprehensive ZeroAnima Systems』。大体六千サブクレジットくらいなんだ。大して高くないと思うよ、セイト」
「マフィアの稼ぐ金に比べたら、ね……」
裏表紙を読み上げるニコには、視線を送らない。が、パタンという音で閉じたのだと理解する。同時に、傍らに置いていたモバイルモニターを持ち上げる。ブリッジのそれと連動しているために、詳細な速度や高度が表示されていた。
「高度十二キロ。もうすぐ、地上だ」
「セイト、いつもそれ持っているけど、大事なの?」
「学生の頃から勉強のお供だったんだ。軍用規格の通信装置が入ってるから、軍艦のディスプレイにも接続可能。まあ、僕みたいなのが持っていいかは、グレーなんだけど……」
ズズッ、とニコが牛乳を啜る。モバイルモニターからは、地上基地との通信も聞こえてくる。降下する宇宙港について、改めて指示を受けている最中だ。
「セイトは、ノービードに帰りたい?」
頭を読めばわかるだろ、と彼は考える。
「前にも言った。私は、セイトと音で会話したい。だから、ちゃんと答えて、セイト」
「正直、帰る理由はないよ。孤児院のみんなも殺されたし、ハイスクールの嫌な連中とも会いたくない。でも……クラスメイトには、挨拶もできなかったな。それだけは心残りだ」
「クラスメイトって、何をする人なの?」
「一緒に勉強するんだよ。教えて、教わって、切磋琢磨する仲。みんな、いい奴だった」
下がっていく高度を眺めながら、セイトは昔を思い起こす。
「ジュニアハイどころか、プライマリースクールから一緒の幼馴染が二人、ハイスクールにいる。二人にビデオでも送ろうかな。元気にやってるよ、って言わないと」
「レビトン通信で?」
「そうだね。一メガバイトで900サブクレジット、だったよね、相場は」
「私はよく知らない。そういうことは、大人が全部やっていたから」
それもそうか、と彼は呟いた。
「でも、私に訊くってことはセイトも知らないんだよね。なんで?」
「ほら、俺は孤児だから。俺が八歳の時に両親がニントウ星方面のマフィア掃討作戦に参加して……行方不明。自分でレビトン通信をする相手もいなくなったんだ」
ベコッ、と紙パックが潰れた。ヲッチ号は時速七百キロまで減速。高度は十キロを切った。
「着陸したら、セイトは何をするの?」
「どうしようかなあ。ニントウ星のことはよく知らないし……」
そういう会話をしている内に、彼らの家は大地へと近づく。やがて、無数の宇宙船が停泊する宇宙港が明確な姿を現す。真下のカメラから映像を転送させた、セイトの部屋のディスプレイ。
「やっぱり、宇宙港って空から見ると圧巻だな」
巨大な窓のような画面。ぱっと数えただけで、大小様々百隻を超える船が、大地に腰を下ろしている。そのどれもがレビトンジャンプ機能を備えた、科学技術の結晶なのだ。
中でも目立つのは、ストラト共和国軍の主力艦、アパラード級。三胴船だ。ヲッチ号のような翼を持つだけでなく、両舷に格納庫と発着艦デッキを備える大型のゼロアニマ母艦、とセイトは講義を思い出す。
「あの片側に十二機入るんだよな……よく作るよ、あんなデカブツ」
「セイトは、大きいのと小さいの、どっちが好き?」
「前提は? 何のサイズについての質問?」
「この世の全て?」
失笑する彼。
「世の中、適正サイズってものがあるよ。ただただ大きければいい、小さければ悪いなんてのはない」
「じゃあ、身長は?」
顎に手を当て、天井を見る。
「あんまりこだわり、ないかもな」
レビトン粒子の生成する力場が、六千トンの船を、ゆっくりと大地に降ろす。ズゥン、という音と土煙が舞い、ようやくヲッチ号はその全身を休ませる。
『ブリッジから全船へ。降着した。荷物の積み込み、始めて構わないよ』
見物しよう、と思ってセイトは私室の扉を開く。そこで、革ジャンの男の胸筋に跳ね返された。
「え、エイダーさん……」
「ヘルメット持ってこい」
「ヘルメット?」
「手伝え。荷物が多いんでな」
クイッ、とエイダーは親指で外を指差した。
エレベーターで格納庫──引いては乗降のためのデッキへと向かう。
「エイダーさんは、ニコを助けるためにノービード星を訪れたんですよね。何故です?」
「作業しながら話してやる。ちっと待て」
もう、船の傍にオープンカーが停まっていた。何もかもが素早い。デッキから展開された舷梯で降りて、車へ。男二人、後部座席に収まる。
「セイト、ハイスクールでの成績はどうなんだ」
「調べてますよね」
「上から八番目。ゼロアニマもシングルも、操縦技術は高い方。だろ?」
「順位は合ってます。後者は、自分で認めると嫌味になりそうですけど」
すると、エイダーは高らかに笑った。
「安心しろよ。リーベルの戦闘データを見るに、お前は充分やっていける。だから、今から大事な荷積みを手伝わせるんだ」
少し表情を綻ばせたセイトを待っていたのは、格納庫だ。コンテナに納められた貨物の類を横目に入ると、黄色の作業機械が屹立する光景を目にする。単座式作業機械、シングルと総称されるメカ。
「『バレウス・カーゴタイプ』。こいつで、ゼロアニマ用の整備パーツだとか、コンデンサの替えだとか、食料品だとか、お前の注文した足だとか……そういうものを、ごそっと運び込むぞ」
全高五メートルにも満たない機械だ。二機の片方は四本足。もう片方は五本足で、五本目の足は背中の荷台を支えるために使われていた。
セイトは五本足の方に乗る。小さなリフトに乗せられ、胴体正面から大きく開いたハッチへと入るのだ。まさしく単座型のゼロアニマ、と言った様子のコックピットは、全天周囲モニターではなく、正面と左右、計三面のディスプレイがあるだけだった。
「確か、ここがホバーのスイッチ……」
ヘルメットを被り、正面コンソールの下にあるスイッチを押す。すると、機体は僅かに浮かび上がった。
二機揃って外に出て、セイト機の荷台に、エイダー機が次々にコンテナを積み込む。
「それで、ニコを解放する依頼、なんで受けたんですか?」
『レビトンリアクターの染色については、知ってるな?』
「コアになるR鉱石がリアクターにセットされると、最初に起動した感応者の脳波しか受け付けない、っていうあれですよね。鉱石として自然な状態から加工されて、組み込まれるとそういう性質を示す、と習いました」
ズゥン、ガコンと重い音がコックピットに響いてくる。
『ヲッチ号の四基のリアクターは、俺の妻が起動して、染色されたんだ』
「ヘルトさん?」
『あれは違う。ちゃんと結婚した妻が……いた』
過去形。
『だから、リアクターを停止させないでできる作業ばっかりしてたんだが、遂に限界が来てな。ニコはその色を脱色して、他の脳波で再起動できる状態にする、リブーターって存在なんだ』
「リブーターの力があるから、マフィアはニコを監禁していた?」
『そうだ。リブーターってのは貴重な感応者の中でも、際立って希少な存在。リブーターなしの脱色は、結構なエネルギーが必要になっちまう。正規軍でも、リブーターを連れてくるのと無理矢理脱色するのと、結構迷うくらいにはな』
荷物を積み終え、二機のバレウスはヲッチ号にホバー移動を開始する。
『それで、俺はヲッチ号を完全に停止して修理。その後脱色するためにニコの解放って依頼を受けた。リーベルの実戦データを集める前提でな』
「じゃあ、今のヲッチ号は誰の脳波を受けてるんですか?」
『ヂオウだよ。あいつも、一応感応者。昔、帝国で輸送船の艦長をやってたんだ。ゼロアニマを運用するなら、機体数プラス一の感応者が必要、って法律があるだろ?』
セイト機の荷台から、エイダー機は次々に荷物を移す。
『だから、ニコはお前の専属だ。大事にしろよ』
大事に。戦場を駆け抜けるなら、いつか終わりが来るかもしれない。セイトの口に、苦いものが広がった。よく晴れた空の下、何でもない作業。格納庫のキャットウォークに立つニコが、牛乳片手にセイトのバレウスを見物する。
「セイトなら、やれるよ」
その声は届かない。撒き散らされるレビトン粒子が、セイトの心を彼女に届けるだけ。
「私が、セイトを死なせない」
呟きを続ける。視線の先は、リーベルに移る。白と青で塗装された、十八メートルの巨人。彼女の脳には、ずっとセイトの声が流れ込む。
「セイト、リーベルの脱色はできないよ」
煩いな、と思ってもその表情は動かない。
「私が脱色できるのは、他人が染色したリアクターだけ。リーベルは、それさえも困難にするプロテクトが入ってる」
ザンクトのビームサーベルを左に装備した機体は、物を言うはずもない。
「だから、一緒にいてね、セイト」
あとがき
アパラード級 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051604790678990
バレウス 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051604793596726
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