#15 帰路、終えた者と往く者
「ニコ、歩ける?」
重力ブロックに入ったセイトは、傍らにいる少女にそう声を掛けた。
「……無理」
短い返答を受けて、彼はパイロットルームに入る。医者と看護ボットを呼んで、廊下に出れば、ニコの傍で待機だ。
「Gかけすぎたかな」
「違う」
ニコの声色には、いつもの平坦なものとは違う、頭蓋骨を歪められているような苦しみが浮かんでいた。
「少し、見たくないものを見たの」
「見たくないもの?」
「……落ち着いたら、ちゃんと話すね、セイト」
すぐにやってくる白衣のゾバ先生と、青いストレッチャーを持つ人型看護ボットの二体、手ぶらの一体。ニコは流れ作業めいてそれに乗せられ、エレベーターに運ばれた。
(ニコ、何があったんだよ)
小さな体は、八階の医務室へと消えていった。
◆
星図上、N-008から丁度真上に移動した地点に、ツックン星というものがあった。その宇宙ステーションに停泊する船に、赤髪赤目、赤い肌の男が移った。
船とステーションを結ぶ通路の終わり際、アサルトライフルを持った二人の衛兵が、その銃を以て行く先を阻む。
「私だ、わからないのか」
男が短く言うと、衛兵は慌てて銃を引き戻した。銀の装飾が施された黒い服で、彼は一隻の宇宙船に、吸い込まれるように入っていく。その後ろには、五人の部下が金魚の糞のように従っていた。彼らもまた、赤い肌だ。
艦橋に直結した蛇腹状の通路を抜ければ、十体ほどの人型警備ボットが、電撃銃を腰だめに構える形で出迎えた。
「網膜ヲ 認証 シマス」
黒い警備ボットは、男と視線を合わせる。赤外線がその網膜の血管を走査していく。ピピッ、と電子音が鳴ると、ボットたちは一斉に銃を縦にする。所謂、捧げ銃だ。
「ヨウコソ サン・デンド 様」
サンと呼ばれたその男に続いて、金魚の糞どもが次々に認証を受け、迎えられる。重力ブロックに足を踏み入れ、艦橋下層から上層へ、エレベーター。
「サン様、先程ステーションにレビトン通信が届いたそうです」
付き添う者の一人が、静かな声で告げる。
「送信元と、内容は」
「ゼロハチ連合から……拠点を特定され、正規軍が接近しつつあり。ジャンプ妨害装置の破壊も、時間の問題である、と」
「全く、帝国とのパイプを提供してやったのは無駄だったな」
真っ赤な肌のサンは、チッ、と舌打ちも漏らしていた。
「ゼロハチに伝えておけ。私はお前たちの尻を拭うつもりはない、とな」
「御意に」
その会話をしている内に、ブリッジの最上層に到着した。コの字型に並んだ座席と、中央後方にある艦長席、といったレイアウトだ。が、サンは艦長に挨拶することもなく、艦長席の前で宇宙を眺めている人物に近づいた。
「カッタ、成果のほどはどうだ」
カッタ、という名前の人物。そのがっしりとした肩幅や、顎に残る髭のお陰で男ということはわかる。だが、その顔は仮面で隠されていた。
「孤児院を一つ焼き尽くした。だが、リーベルは墜とせなんだ」
「何? お前の腕を以てしてもか?」
合成音声の無機質な声を先程発した彼は答えることもなく、星々を見つめるだけ。休めの姿勢に、一切のブレはない。
「俺の機体は、所詮マフィアの浅知恵で作った玩具。同等の機体も用意せずして、腕の問題を提起するのは、筋が通らない」
「なっ……貴様、ファミリーを侮辱するのか!」
サンの側近たちはそれぞれに語気を荒くする。が、その主人が手を挙げたことで、黙った。
「確かに、お前の言葉にも一理ある。あのジーベンも、仮想敵はザンクトだものな、最新鋭のリーベルを相手にするには、格闘戦能力が足りないやもしれん」
カッタの仮面は、目を隠す。宇宙の冷たさに魅了されているように、首は真空の世界に向けられたまま一分とも動かないでいる。
「だが、言葉選びはもっと慎重に行うべきだ。私の権限であれば、お前の首を胴体と切り離すことだってできるのだからな」
「それを行える根拠は、どこにもない」
そこで漸く、カッタの顔が動いた。サンが見せる苦い顔を、見下すように口元が歪む。
「俺を殺せば、デンド・ファミリーの戦力に取り返しのつかないダメージが入る。そうだろう? 俺こそが、ファミリーのトップエースなのだから」
「随分と自信過剰なものだな」
フンッ、とカッタは鼻で笑った。
「俺が見るに」
彼の目は、宇宙に戻る。
「あれ──リーベルのパイロットは、若い。おそらくハイスクールを出て間もないか……パイロット資格を得てすぐ、と言った所だろう。あまりに真っ直ぐ過ぎる」
「だから、孤児院を焼いたのか。挑発して、隙を作るために」
「そうだ。案の定、怒りに任せて動いてくれた、とは言えるが、横槍を入れられた」
「先に艦隊を潰せばよかったものを」
遥か彼方、ストラト共和国は次元断層の向こうにある。レビトンジャンプ無くして飛び越えられない、次元の裂け目の向こうに。
「そうすれば、リーベルに逃げる暇を与えることになる上……正規軍の警戒態勢が厳になりすぎる。あれを手に入れても逃げられなければ、無意味だからな」
「ジャンプを使えば逃げられるだろう? 三隻なら、裏世界からの脱出時に生じる誤差も、三百キロ圏内に収まるのだから」
「無論、レビトンジャンプで逃げたさ。だが、大気圏内で裏世界に入るのも、誤差を大きくさせる要因だ。おかげで、丸三日通常航法での移動を余儀なくされた」
サンは、漸く艦長に顔を見せた。帽子で薄い髪の毛を隠す、中年男性だ。
「
「秒速十五キロで三日ですからねえ、約二十六万秒かかったわけで……大体四百万キロ弱って所です」
「それほどになるのか」
カッタの口の中で、嘲笑が鳴る。
「さて、サン」
瞬く世界に視線を惹かれ続ける彼は、振り向きもしないで話し出す。
「リーベルを手に入れるのだろう? 次はどう動く」
「そうさなあ……何も、機体を直接手に入れる必要もないかもしれんぞ」
「どういうことだ」
カッタの問いかけに、サンはほくそ笑む。
「ノービードを襲う。予備パーツが手に入るやもしれん」
「自前で組み立てる、と?」
「そのためにも、まずはノービードまでのルートを精査しなければな……ニントウ星の正規軍の動きを鈍らせ、その間に物資をN-444に移動。そこからノービードを襲う。これでいいか」
カッタが軽く頷いた。
「こちらの補給が終わり次第、動くとしよう。暗愚ではないようだな、ファミリーの跡取りというだけのことはある」
そうして、彼は艦橋を出る。硬質な足音を響かせながら、艦側方にある格納庫へと向かった。
「サン様、いいんですか?」
弘道艦長が、シートの肘掛けで頬杖を突き、言う。
「タメ口に、まるで容赦のない物言い。ふざけた仮面。何者なんです、あのカッタってのは」
「いずれ、仮面を外す時を待て。楽しめるさ、その時にはな」
左舷の格納庫にて、カッタは紫の機体をそっと撫でた。
「ストラトのリーベル……お前は、誰に駆られている?」
無重力で真空状態の格納庫。彼もまた、紫のパイロットスーツに身を包んでいた。
「俺の子を奪ったストラトで、なぜお前は生まれた?」
『あなた、憎しみに囚われないで』
機体から通信が入る。
「ナホード、休んでおけ。いつ出撃になるか……」
『どうせ動けないんだもの、会話くらいさせてほしいわ』
彼はくるりとコックピットハッチに滑り込む。その機体は、単座であった。ただ、赤く光るカメラアイのようなものが、背後にあるだけの。
◆
さて、ニントウ星に向かうレビトンジャンプの最中。ヲッチ号の医務室では、ニコが上体を起こしたところだった。
「セイト、ごめんね」
彼女は、ベッドの横に座るセイトに、平坦な声で謝罪した。
「見たって、何をさ」
「……あの、灰色の機体に乗っていた人たちの過去。死ぬ寸前に思い出したものが、流れ込んできたんだよ」
どう声を掛ければいいかわからないセイトは、下唇を噛むしかなかった。
「ストラト共和国でパイロットをしてたのが、兄のグレイ。妹のリバイアが犯されたから復讐をしたみたい。二人で相手の家族、十二人。全員殺したの」
ニコの声音に、色はない。恐怖も憐みも、そこには見えない。
「その罪で宇宙漂流刑になった二人は、小さなポッドに押し込められて、どこかに流れ出した。酸欠や飢えで苦しんだ二人が見たのは……灰色の神。同時に現れたゼロハチ連合に回収されたから、恩返しのためにスナイパーを始めた」
冷たくさえある語り口。だが、手は震えていた。セイトは、それにそっと自らの体温を重ねる。
「ニコ、船を降りよう」
彼の言えることは、それだけだった。
「殺す度にこうなるんじゃ、やっていけない。リアクターのロックを解除するプログラムを、イズモに作ってもらって──」
「嫌」
「嫌って、なんでさ」
「セイトは私を助けてくれた。だから、私はセイトを助ける」
赤い瞳は、揺るがない。
「お願い、セイト。私と、一緒に戦うって言って」
セイトの脳内に浮かぶ、孤児院。ビーム砲で消し飛ばされ、シェルターまでもが焼き尽くされた、あの家。討たねばならない。デンド・ファミリーが、そこにいるなら。
「……わかった」
力がいる。何をするにも。
「俺と一緒に、リーベルに乗ってくれ。ニコ」
ニコの顔が僅かに綻んだ。そう、彼には思えた。
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