#17 休息は終わりを告げて

 ニントウ星の宇宙ステーションに、一隻の船が連結した。


『こちらニントウ第七宇宙ステーション出入星管理局。搭載シングルの検査を完了した。通行を許可する』


 円盤状の船は、ステーションから離脱し、大気圏突入を開始する。


「楽なもんですねえ、ストラトのセキュリティってのは」


 先頭に張り出した操縦席で、浅黒い肌の男が言った。


「入管の偉い人にちっと金を積んだのさ」


 艦長の男が、酒瓶片手に応じる。


「デンド・ファミリー様様って所さ。バレウスでひと暴れして、ファミリーの部隊が来たら撤退! 簡単な仕事だぜ」


 青い肌の艦長は、送受話器を取る。


「バレウス各機、装備換装の用意だ。もうすぐ地上だからな!」


 船の後部にある格納庫で、赤茶けた色で塗装されたバレウスが十数機待機している。それらにビーム砲が与えられるのは、もう少し先のこと。





 積み込み作業を終えたセイトは、バレウスを返却してヲッチ号に戻った。


「あのバレウスは、武装していないんだね。襲われたら、セイトはどうするつもりだったの?」


 食堂にて昼食を摂る中、ニコが言う。宇宙港周辺で手に入った食材で作られたのは、ローストポーク定食。箸で切れるほど柔らかい肉だ。


「軍の港だよ。ここまで武装したシングルが入ってくるなら、もう船で逃げる方がずっと楽」


 ズズッ、とセイトは味噌汁を啜った。


「それにな、武装シングルってのは基本的に正規軍の治安維持部隊か、警察の特殊部隊しか保有できねえ」


 エイダーがビール片手に言う。


「星間紛争に武装シングルを使わせちゃ、何でもありになるからな。賞金稼ぎが持つことも禁じられてる」

「でも、デンド・ファミリーは持っていたよ。色んな星でシングルを武装させてた」

「それが問題なんだよ、ニコ」


 ヂオウも話し出した。


「通常仕様のシングルを船に乗せて降下。地上で改造して武装シングルにするってやり口が、広まっちまってるんだ。ゼロアニマにとっても脅威になる武装を積んで……」

「不穏分子に引き渡す。マフィアや帝国の常套手段ですね」


 セイトが言葉を引き取る。


「ハイスクールでやりました。一年目の課程で、武装シングルの操縦訓練があるんです。二年目では、それをゼロアニマで鎮圧する訓練も」

「なら、シングルの輸入を制限すればいいと思う。簡単なことだと思うよ、セイト」

「シングル──というか、バレウスはインフラだよ。どこかの星で大量生産して持ってくる方がずっと安いんだ」


 難しいね、とニコが小さな声で言った。


「ほら、さっさと食べちまいな! いつまでも話してちゃ、片付けられないんだから!」


 ヂオウに急かされて、十四人は白飯や肉塊を胃に納めた。パイロットとしての体力が必要。そうはわかっていても、セイトは腹にずっしりとくる重みを前に、苦笑するしかない。


 部屋に戻った彼は、ヘルメットを手にする。パイロットの用いる脳波増幅ヘルメットではなく、もっと一般的なものだ。


「これでゼロアニマに乗っても動かせるのかな、セイト」


 後ろにいるニコが、ヘルメットを手の中でくるくると回転させながら言う。


「人によるよ。動かせる人もいる」


 部屋から格納庫に移ると、先んじて降りていたカノエが子分の二人を連れて何やら話していた。


「姐さん、これってリバーストライクって奴ですよね」

「おうよ。悪くない代物だ。バッテリーを軍用規格に変えて、サスもゼロアニマ技術をフィードバックすれば……」

「俺のなんですけど」


 そこ、セイトが声を掛けた。


「なんだ、初任給でデカい買い物したもんだ! なな、ウチにいじらせておくれよ。勿論、タダでとは言わないからさぁ……」


 白い髪に碧い目、カノエは掌を擦り合わせながら、セイトを見上げた。


「まだ新車なんです。それに、聞こえてましたよ。軍用規格の部品積んだら、車検どころか警察の御用になっちゃいます」

「何とか誤魔化すからさあ!」

「イ・ヤ・で・す!」


 小刻みな発音でメカニックをトライクから引き剥がす。三輪バイク、とも言う。前後に並んだ座席に、セイトとニコは乗り込んだ。


「じゃ、ちょっと観光してくるんで。また後で!」


 指紋で個人認証をして、起動。徐行運転で格納庫から出る。


 カタパルトデッキの横、エレベーターに車両を置くと、オートで地面まで下げてくれた。その間に、ハンドル中央の凹みにスマートフォンをセット。車両のシステムが道案内の情報を読み取ると、とある展望台へのルートが、立体映像として現れた。


 モーターの駆動音と、人工音が混ざり合って、よく晴れた宇宙港の中に溶けていく。


「セイト、幾ら貰ったの?」


 後部座席でセイトに掴まるニコが、風を体で感じながら問う。


「依頼報酬から経費を差し引いて手元に残ったのが、大体三万クレジット。こいつが八千くらいだから……まあ、少しくらいなら遊べる」

「それって安いの、高いの?」

「まともにパイロットやっても、稼げるのは年に十八万クレジットくらい。僕なんかが一回の仕事で稼ぐって考えると、正直異常だと思う」


 黄色と黒のストライプで塗られた腕木が、彼らの前を阻む。正規軍の基地であるが故に、出るにも身分証がいる。衛兵の、


「ID」


 という短すぎる一言に応え、セイトとニコは、賞金稼ぎという立場を証明するIDカードを出した。


「ああ、エイダーさんの所の。通っていいよ」


 ライフルを肩に下げた衛兵に見送られ、二人は街に出た。


「一回で稼ぐにしては異常、って言ってたけど」


 ニコから会話を再開した。


「デンド・ファミリーは、色んなテロ組織に一万クレジットくらいで中古のバレウスを売りつけてる。武装が可能な、高出力仕様。だから、おかしな額じゃないと思う」

「マフィアのシノギと比べないでよ……」


 適法なんだから、と小さな声で彼は付け加えた。


「でも……依頼報酬の総額ってどれくらいだったのかな。俺も、詳しくは聞いてないんだ」

「ざっと五百万クレジット。セイトの貰ったのは一パーセントにもならないね」

「なんで知ってるんだよ、そういうのってエイダーさんとか、経理やってるヂオウさんしか知らないだろ」

「昨日の夜、部屋のパソコンからヲッチ号のデータベースにアクセスしたんだよ、セイト」


 彼は苦い顔をする。


「賞金稼ぎの防諜システムは、正規軍と同じ最新型のものが使われているはずだけど?」

「外部からはそう。でも、内部からの接続に関してはかなりザル。私は、十分で突破できた」

「エイダーさんに怒られた方がいいよ、一回」


 電動自動車の行き交う幹線道路に入る。立ち並ぶビル群。セイトは少し神経質になる。二人なのだから、と。


「一人ならピリピリしないってこと?」

「そういうわけじゃないけど……っていうか、また勝手に頭の中読んでる」


 あれそれ話して十数分。街中に聳える、五百メートルの塔が二人の視界に入った。


「あそこに行くの?」

「その下に、水族館があるんだ」

「スイゾクカン? 海賊の仲間?」

「街中に海賊の拠点がある訳ないでしょ……」


 見上げれば、降下中の船らしき、小さな光が空を走っていた。


「あれは、民間船かな」

「あの角度なら、軍港には入らないと思うよ、セイト」


 ややあって、水族館へ。セイトは大人料金で二十クレジット。ちらり、隣のニコを見る。


「どうされましたか?」


 受付の者が問う。


「ああ、いや、なんでも。大人料金でもう一人」

「かしこまりました」


 入場すれば、人であふれていた。逸れぬよう、ニコはぎゅっと彼の手を握っている。


「よかったの? 私、大人じゃないのに」

「多分学生証がいるよ。ハイスクールにいることを証明する、IDカードがさ」

「IDカードって、いろんな所でいるんだね。私、最近まで戸籍もなかったから知らなかった」

「……そうなの?」


 軽い驚きを見せたセイトは、看板を頼りに見て回る。中でもニコが視線を向けたのが、ペンギンだった。ガラスの向こう、白と黒の飛べない鳥の群れ。


「変な生き物」


 小さな声で、彼女が声を零れさせた。


「ヲッチ号で飼えないかな、あれ」

「無理だよ。水族館にいるようなのは、個人じゃ難しいから施設で管理して、見せられるようにしてるんだから」

「じゃあ、写真撮って」


 仰せのままに、と言わんばかりにセイトはスマートフォンを取り出し、ニコに向けた。フラッシュを炊かないよう注意を払いながら、一葉。


「船に戻ったら印刷しとくよ。人形もあると思うけど、買って帰る?」

「セイトの奢り?」

「勿論」


 ペンギンのぬいぐるみを抱えたニコが水族館を出たのは、もう夕飯時となる頃だった。赤い空が、二人を出迎える。


 駐輪場へ向かうセイトの耳に、サイレンが届く。立体駐車場から外を覗くと、警察用の白黒バレウスが、パトランプを輝かせていた。後方にホバーするその横を、赤いビームの光が通り過ぎる。白黒は、背後に回っていた赤茶けた同型機に持ち上げられ、水族館の近くに転がされる。


 動きが止まった。赤茶けたバレウスが腕をその機体に向けたが、止めは刺さずに立ち去ろうとする。続く、背中に二挺のビームカービンを背負ったカーゴタイプバレウス。


「……ニコ、一緒に来て」


 ニコが質そうとした時、既にセイトはスマートフォン片手に走り出していた。敷地に横たわる武装シングルのコックピットハッチを、彼は横のレバーを押し下げて開く。中では、オレンジのベストに身を包んだ警察官が意識を失っていた。


「すみません、借ります!」


 ヘルメットを外し、自分の頭へ。周りにできる人だかりに警察官を預ける。


 ヘルメットから聞こえてくるのは雑音ばかり。


「もうレビトン粒子濃度が……!」


 なら、単機で。やれることをやる。腕部内臓のビーム砲だけで、どれだけ戦えるか。ゼロアニマが来るまでは時間を稼ぐ。


「セイト、粒子が濃いから相手の思考が読める。私の指示に従って」

「わかった。頼んだよ!」


 動き出した白黒。意図しない戦が、幕を開けた。

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