#14 灰色のエース
「ニコ、灰色との相対速度は」
加速も落ち着いて、慣性で飛ぶリーベル。その胸の中で、セイトは暫し体が軽くなるのを歓迎した。
「プラス秒速五百メートル。もう少し加速しないと、追いつけないよ、セイト」
「スラスター、持ってくれよ!」
スラスターが出力を上げる、ドクンという音がコックピットで再現される。グレイの放つビーム弾をシールドで受けるリーベルは、敵との距離を詰めていく。
「一発でも、当たれば!」
ビームカービンを単射モードで、数発。真空を突き抜け、小惑星を灼くばかり。四機のロンドを相手にした時のような、どこまでも鋭い勘は鳴りを潜めている。
正面右側に出ている、カービンの残存粒子を確認したいのだが、グレイからの反撃を躱すことで手一杯となり、叶わない。
「あと六十三パーセント。まだ戦えるよ、セイト」
「ありがとうねッ……!」
一瞬、敵機が岩に隠れる。それでもスラスターのパワーを下げた訳ではないが、見失ったそのごく短い間に、彼へと鈴の音が届く。咄嗟に構えた粒子シールド。ビームを防ぐ。されど、次に来た実体弾までは、想定していなかった。
「グレネード!」
爆発する。そう思って、退いた。炸裂。放たれるのは破片でも高熱でもなく、眩い閃光だった。リーベルのモニターはホワイトアウト。
「ニコ、光学センサーの復帰までの時間は!」
「三秒後」
その三秒の間に、グレイは次の一手を打っていた。視界が戻ってきた瞬間に見たのは、ビームアックス。振り上げられて、迫っている。
セイトが選んだのは、体当たり。灰色の機体にぶつかったリーベルは、小惑星の一つへと、躊躇うことなく突き進んだ。最新鋭機の加速と小惑星の物理的強度に挟まれたグレイの左手から、ライフルが離れる。
それから、彼は一挙に後退。ビームを連射して、仕留めようとした。が、見え透いていたのだろう。グレイの左腕から展開された粒子シールドが、防御を行う。
「セイト、相手は近接戦闘を仕掛けてくると思う」
「なら、こっちもやるしかないか!」
ビームカービンを背部のスラスターユニットに懸架し、両手でビームソードを抜く。斬り合いなら勝てる、という甘えた信念と共に。
ゴォン、とグレイは逃げの体勢に入る。ならば追いかければいい。単純な思考で、彼の機体は増速した。
宇宙空間に漂うライフルが、グレイの左手に収まる。その射線は、確かにリーベルに向いた。彼に届く、鈴の音。
「セイト!」
破壊と殺意の塊が、赤い光という形をとって襲来した。防御に思考が動く前に、セイトはまたも前進を選択していた。頭と左肩の間を突き抜けていったビームが、飛散粒子で無数の凹凸を作り出す。それは、止まる理由にはならない。
「ニコ、ビームソードを手放してから、エネルギー切れになるまで何秒ある?」
「リーベル用のパワーだと……五千五百ミリ秒」
「上等! 閃光弾が来たら、赤外線センサーの捉えた情報だけをモニターに投影してほしい!」
次の一射が来る。アンダーバレルのマルチランチャーから、何かしらの弾頭も放たれた。太陽が現れたような、激烈な光が生まれた。
光学センサーが沈黙する前に、モニターの表示が切り替わっていた。コックピットには、緑の物体が無数に浮かぶ映像が表示されていたのだ。目が潰れたと思って近づいてくるグレイに対し、彼は左手を引くことで答えた。
「お兄様、相手は見えているかも──」
灰色のコックピットの中で、妹にそう告げられる前の、パイロット。リーベルの左手から飛び出したビームソードが、回転しながら飛翔する。三秒としない内に、グレイの左前腕とビームライフルが、同時に断たれた。
『機転の利く奴!』
グレイからのレーザー通信を聞いている間に、モニターは光学映像へと回帰。投げ捨てたビームソードの回収を諦めた──いや、考えもしていなかったセイトは右腕の一本で仕留める腹積もりで急接近した。
防御のために振るわれたビームアックスが、リーベルの斬撃を逸らす。僅かに揺れたリーベルの胸を、グレイの蹴撃が襲った。
武器だけは手放さない、とセイトは機体に思考を送り続けた。レビトン粒子の噴射で、減速。Gに揺れる視界に、赤い斧が煌めく。
「パワーをスラスターに!」
絶叫にも近い指示を、彼は出した。
「リミッターを外すつもりでさ!」
「わかった。外すから、十五秒稼いで」
斧を避け、珪素の塊に身を隠す。が、その岩は何かに引っ張られ、リーベルの在り処を露わにする。グレイの腕部ロケットアンカーが、小惑星を引き寄せたのだ。
同時に、それに仕込まれていたスラスターが噴射。巨大なハンマーとなって、セイトに向けて振るわれた。回避行動に入った彼だったが、ハンマーは執拗にその背を追う。
「ニコ!」
「できたよ、逃げて!」
正面タッチパネルに、赤い文字が浮かぶ。『LIMITER REMOVED』と。一瞬の警告音の後、リーベルはハンマーを置き去りにした。グンッ、とセイトに伸し掛かるG。狙うのは、グレイのコックピット、ただ一つ。
『素早いな、白いの!』
灼熱に貫かれるコックピットの中で、グレイは過去を振り返った。高圧縮状態のレビトン粒子が、それをニコの脳内に流し込む。
そして、グレイは大爆発を起こした。カカカン、と破片が白い装甲を打つ。
「やった……」
セイトは、深い呼吸を繰り返し、思う。勝てた。
「ニコ、ヲッチ号と合流しよう。対要塞戦なら、専門分野らしいからさ」
が、ニコは返事をしない。
「ニコ?」
「……少し疲れた。航法システムはセットしたから、船には戻れると思う」
「なら、そうするけど……」
出撃時のヲッチ号の航行ルートと、それから自機がとった機動、予測される母艦の航路を組み合わせたシステムが、彼を母艦へと導く。
「こちらリーベル。灰色は墜とした。着艦する」
そう通信を送った時、一際巨大な岩石が、ヲッチ号の舳先が向かう場所に浮かんでいた。T字に近いそれの結合部が撃ち抜かれ、爆発でも起こしたように抉られている。
更に、その周囲には、ストラト共和国軍の主力艦──アパラード級が二隻停泊。ゼロアニマや単座作業機械シングルを使って、海賊の構成員や物資を運び出していた。
『遅かったじゃねえか、こっちは仕事を終えたぜ』
エイダーのザンクトから通信。
「あそこに、妨害装置があったんですか?」
『おう。中央の妨害装置を、重ビーム砲でズドン。後のことは正規軍に任せるさ』
正規軍が掛けた圧力を利用し、小回りの利く部隊で妨害装置の位置を特定、破壊する。その依頼は完了した。セイトは話さなくなったニコを案じながら、ヲッチ号の格納庫に入った。
広大な空間の端に機体を置いた彼は、コックピットハッチを開く。まだ真空状態の格納庫だ。ヘルメットは外せない。そこに、三人近づいてきた。
「ちょっと!」
「カノエさん、何か?」
「『何か?』じゃない!」
カノエは、セイトの胸倉に手を伸ばす。
「ビームソード! 片方ないんだけど⁉」
「あ、投げました」
「投げたアッ⁉ あの最高機密の塊を⁉」
気の強い大声に圧倒されて、彼は体をのけぞらせた。
「規格上はザンクトのを使えるから、当分はそれか……ウチには作れない代物だからね、補充は先だよ」
「す、すみません」
十分な返事を待つ前に、カノエは腰のスラスターを噴射して、キャットウォークに移った。端末からボットを操作し、リーベルの整備作業を始めさせたのだ。
それを認めたセイトは、後部座席のニコを引っ張り出す。バイザーは宇宙線を防ぐために、金でコーティングされており、表情は見えない。だからこそ、彼は不安になる。僅かな震えだけが、命を証明していた。
あとがき
アパラード級強襲突撃母艦
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051604790678990
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