#12 放熱、僅かな休息

 パイロットの控室──パイロットルームとでも呼ぶべき場所で、セイトとニコは格納庫の様子を眺めていた。天井近くのディスプレイに、放熱作業を行う黄色い整備ボットの姿が映る。


 まずリーベルの周囲にヒートポンプを搭載した機械が配置され、展開した各部装甲のメンテナンスハッチに挿入。内部と表面に溜まった熱は、冷媒となるガスによって排除されていく。


「凄いよな、ゼロアニマって」


 セイトは、重力のある部屋で、椅子に座った状態で口を開いた。


「装甲表面の温度は、最大稼働を行えば六百度まで上昇する。宇宙空間での作戦を終えたら、こういう処理が必要になるんだ……」

「どうして、私にそれを言うの? セイトはそれを最近知ったの?」

「最近、と言えば最近になるかな。でも、恐ろしいよ。俺は、そんな兵器を当たり前みたいに使ってる」


 機体を冷やしたガスは、船体外縁に集積されていく。


「ビームカービンも、数千度の高熱を持つ粒子弾を、レールガンの原理で秒速十キロまで加速させる兵器。戦艦の装甲だって、直撃を貰えばただじゃ済まない」

「セイト、何が言いたいの?」

「人間は、強すぎる兵器を作ったってことさ。十八メートルの巨人を意のままに操る、なんて百年前の人類は想像したのかな」


 牛乳パック片手に、ニコが彼の隣に座る。何、と問いかけた時、空いているもう片方の手が、彼の顔をべたべたと触った。


「……平らで面白い?」

「うん。面白い」

「悪かったな、平らで」


 美人なんだけどな、と彼は無言のうちに考える。この変なところがなければ、もう少しマシなんだが、と。


「なんで、ニコはいつも牛乳を飲んでるの?」


 顔を撫でるような、細い指を引き剥がしながら何でもない質問を投じる。


「美味しいから。セイトも飲む? 身長伸びるんだよ」

「ニコは伸びてないじゃん」


 軽口のつもりで出た、半笑いの声。その直後、セイトは脇腹に突きを貰った。


「何さ!」

「私のこと小さいって言ったから。許さない」


 そこから何発か、彼は拳を喰らう。


「痛いってば」

「私は小さくない。認めて」

「小さいよ。十六歳の人間の平均身長は、百五十七センチ──ニコはどう見たって百四十と少しさ」


 機嫌を損ねたニコは、セイトの隣で牛乳に集中してしまった。


 彼の目は、またディスプレイに向かう。冷却作業の進捗は、四十パーセントと言った所だろう。コックピットで使う酸素の補給も、並行して行われている。思考の中で視線は動き、パイロットルーム入り口付近に置かれた、宇宙服のバックパックへと移る。


(ああやって、酸素を溜め込んでる……)


 単独での宇宙飛行を可能とするための、多少の酸素。万が一機体の酸素供給システムが異常を起こした時、母艦に帰る間耐えられるだけの、些細な保険。己にとって、それは何より重い命綱なのだ、と彼は感じていた。


(そうだ。俺は今、戦場にいる)


 理解すればするほど、口の中が渇いていく。立ち上がって、水のボトルを自動販売機で手に入れる。販売機、と言っても金は必要ないのだが。


 ロボットアームで差し出されたそれには、既にストローが刺さっている。その蓋を開けて、口に運んだ。味気ない水だ。生きている、と感じさせてくれるだけの存在だった。


「牛乳、飲んでいいよ、セイト」

「勝手に思考読まないでほしいんだけど」


 とは言え、口が寂しいのも事実。彼は、自動販売機横の冷蔵庫を開いた。牛乳がケースで入っている……のはいいのだが。


(なんで缶ビールが入ってるんだよ)


 呆れながら、白地に赤文字で『WEST SIDE MILK』と書かれた紙パックを取る。口に含むと、柔らかな甘さが広がった。


「ニントウの、ちょっと高い牛乳だってエイダーは言ってたよ、セイト。贅沢品だね」

「幾らだったんだろう。結構高そうだけど……」


 じろじろと紙パックを視線で舐め回してみる。端の方にメーカー希望小売価格が記載されていた。


「一個三百Scサブクレジット……三百⁉」


 整備の音が入ってくるこの部屋に、彼の吃驚が木霊した。


「高いの?」

「普通、一リットルでも二百Scだよ。これは二百五十ミリリットルだから、とんでもない高級品ってことになる」

「セイトは色々知っているんだね」

「日常生活送ってれば、これくらいは知ることになるよ」


 値段を知ると、何故だか味も一層よくなった気がしてくる。錯覚であるのか、現実であるのか。そのどちらにせよ、彼に提示された選択肢は、飲み干すことだけだ。


 勿体ないかもな、と思って、最後の一滴まで吸い出そうとする。もしかすれば、数十分後には二度とこの味を感じられないかもしれない、とも思う。


「セイトなら、勝てると思う」


 また思考を読んだニコが、抑揚に欠ける声を発した。


「あの鈴の音を聞き取れるから、射撃は躱せるよ」

「鈴、か……なんだと思う? 俺は、ああいうものがあるってハイスクールで習ってないんだけど」

「私も、確証を持てているわけではない。でも、候補はある」


 壁に凭れ、セイトは続きを待つ。


「感応者は、特殊な脳波を発するだけじゃなくて、人の思考が放つ特有の脳波……シエル波を感じ取れる。それは、知っているよね、セイト」

「まあ、一応。それが、鈴とどう関係するのさ」

「デンド・ファミリーの感応者の中に、『鍵』を設定する人がいたのを、覚えてる」


 セイトの眉が、ピクリと上がる。


「シエル波の受信能力を拡大するための、ルーティーンみたいなもの。鍵、という呼び方は正式なものじゃないかもしれない。だけど、そうすることで、より広く世界を感じ取ることもできる……そういう、優れた存在なのかもしれないんだよ、セイト」

「つまり、鈴を鳴らすと、灰色のパイロットの認知能力が拡大されて、ずっと遠くの敵を捕捉できる、ってこと?」

「うん。わかりやすく纏めるのが上手いね、セイトは」


 煽てられているような気もして、彼はニコから視線を外す。それから、壁に掛かった送受話器を取った。


「リーダー、こちらセイト。スナイパーの攻撃の兆候が、掴めるかもしれません」

『兆候? なんだ、言ってみろ』

「……鈴の音です。ヘルトさんは、聞いているかもしれません」


 そこから、ザンクトに乗る二人の会話がノイズにも近い音量で聞こえてきた。


『こちらヘルト。セイト、確かにボクも鈴の鳴るのを聞いたけど……関係があるっていう根拠は?』


 セイトはニコを呼び寄せ、送受話器を渡した。


「感応者には、ルーティーンで自分の認識能力が届く範囲を拡大できる人がいるの。だから、今度の敵もその一人」

『なるほどねえ、じゃ、耳を澄ましてみるよ。ありがとうね!』


 そうして、通信は終わった。同時に、ポーンと電子音が響いてくる。


『こちらカノエ! 点検と補給は終わったよ! セイトはとっとと戻ってきなよ!』


 少年少女は視線を交わし、頷き合う。ヘルメットで頭を包み、真空の格納庫へ。


「しっかりウチに感謝しなよ、完璧に仕上げたんだからさ!」

「ありがとうございます、カノエさん!」


 短距離通信を行いつつ、彼はコックピットに再び収まる。武器も再装備されている。


「ニコ、今度はシステムエラーを起こしてないよね?」

「オールグリーンだよ、セイト」


 コックピットハッチが閉まり、酸素濃度二十パーセントの大気が密室に満たされる。


「リーベル、出ます!」


 またも、超極低温の世界へと白きゼロアニマは飛翔した。聞こえてくるのは、鈴の音。





 グレイは、フルサイズのビームライフルを右手に、ヲッチ号へと接近を試みていた。


「お兄様、鈴の音が聞かれているかもしれないのに、まだつけているのね」

「宇宙漂流刑で得た、この力……活かさなくては、奴を仕留められないからな」

「懐かしいわね、二人きりでポッドに詰め込まれ……」

「三日間宇宙を漂った。あの時見た、灰色の神が俺たちに力を与えてくれたんだ」


 そっと、スティックのトリガーに指が掛かる。


「さあ、リバイア。鈴を鳴らしてくれ」


 次の狙撃でも、ヲッチ号を射抜けなかった。

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