#11 スナイパーを斬れ!

『この俺に、カービンを使わせるか!』


 リーベルに届いたレーザー通信。敵の声と鈴の音が混ざり合うのを、セイトは聞き取った。強引に機体を振り回し、彼は相手のビーム射撃を回避する。後ろにあった小惑星に着弾したそれが、擬装用のリアクターを爆ぜさせ、無数の礫を散らせる。


 横向きの、G。奥歯を砕かんばかりに噛み締め、小惑星を蹴って再加速だ。グレイの放つ赤い光弾を、左腕の粒子シールドで受け止める。二発、三発と撃ち込まれても、貫通の気色はない。


「ニコ、粒子シールドのダメージは!」

「十四パーセント。まだまだいけるよ、セイト」


 なら、前進だ。セイトはそう思ったが、それより速いのが、グレイというパイロットだった。馬鹿正直に照準を敵に沿わせるセイトは、ビームカービンの照準が小惑星を捉えた瞬間、手を止めてしまう。仕切り直しだ、と思ったのだ。


 しかし、失念していた。ここら一帯には、レビトンリアクターを搭載したアステロイドがうじゃうじゃと転がっている。それ即ち、レビトン粒子を吐き出すスラスターを搭載できる、ということ。


 動き出す小惑星に、彼は後退を選ぶ。そのミステイク。小惑星は一気に増速し、リーベルに追いつく。リィーン、と彼の耳に鈴の音が届いた。


 射撃だ。彼はそう考え、粒子シールドの出力を上げつつ、反撃の一射を放とうとする。確かに、それは教科書通りの一手。だが、戦場は教科書通りには推移しない。小惑星は減速の気配も匂わせず、真っ直ぐにリーベルへと突っ込む。


「邪魔臭くってさあ!」


 射撃で目の前の物体を爆散させたい。そう願って引いたトリガーは、むしろ一瞬の視界不良を招く。ガス、粉塵。そういうものが急速に拡散するまでの、一瞬だ。


「セイト、近接が来る!」


 ニコの叫びに、セイトは理性で応えようとした。だからこそ、間に合わない。機体を数メートル退かせることしか叶わない。ビームカービンが断ち切られ、爆発を起こす。


「武器を潰したってェッ!」


 彼の意識は、機体にビームソードを抜かせる。ブゥン、と糸のようなビーム刃が形成された。


『斧を抜いたのは久方ぶりだよ、新型のパイロット!』


 相手はレーザー通信を切ることもなく、高揚のままに叫んでくる。ビームカービンの光弾を躱そうとすれば、その間にグレイは遠ざかる。無理に近づこうとすれば、胸部のガトリングも動いて射撃の弾幕は濃くなる。セイトは二者択一の前に立っていた。どちらのリスクを取るか。


 一方のグレイも、攻めあぐねている現実を、直視するしかなかった。


「お兄様、もっと攻めてもいいと思うのだけれど」

「あのビームソードを見ただろう。あれだけの高収束と高出力。まともに打ち合えば、こっちのアックスは一瞬で潰される。そうなれば、爆発の隙を突かれて終わりだ」

「でも、それでは勝てなくってよ」


 単射モードのビームカービンを何発浴びせても、リーベルの粒子シールドは健在だ。


「地力が違う、か……ッ!」


 グゥンと加速した灰色の機体は、小惑星を踏み台にしながらリーベルへと接近。セイトの近接戦闘の勘は、それを好機だと彼自身に告げた。


 振り抜かれる、糸のようなビーム。何でもない、三ケルビンの空間を切り裂くだけ。惰性の乗った腕が、宇宙に踊る。そこに灰色のサマーソルトキックが入った。リーベルのビームソードが、宇宙空間に打ち上げられた。


「チイッ!」


 舌打ちしたセイトは、それを掴もうとする。が、グレイの方が、初動に於いて勝っていた。スラスターの寿命を削る噴射で、宙に舞うソードの柄を手にしたグレイ。


 どうするか。セイトの思考は、瞬時に答えを弾き出した。先端が尖った実体シールドを、躊躇いなく敵機へとぶつける。ガツン、という衝撃の後、ビームソードがグレイの左手から零れた。


 素早くそれを掴みなおし、発振。コックピットを狙って突きを繰り出す──が、相手の左腕部粒子シールドに阻まれた。


 ジジジッ、と少しずつシールドを削ってこそいるものの、正面から突破せんとするのは、誰が見ても無謀であった。リィーン、と鈴の音。


「セイト、離れて!」


 ニコの叫びを聞くのと、鈴の音を聞くのと、どちらが早かったのかは、セイトにさえわからない。脚部のスラスターを最大出力に持っていき、機体を大きく回転させる。その横を過ぎた、小さな光弾。


「セイト、一旦隠れて。ヲッチ号と連絡を取らないと」

「……確かにね」


 白亜のリーベルは、漆黒の宇宙を駆けて、隕石の裏側へと回る。


「ニコ、ヲッチ号の位置は?」

「移動ルートから算出すると、九時の方向、二千キロ。障害物が多くて、レーザー通信も届かないと思う」


 セイトは、脳内で計算機を回す。


「加速の時間も含めれば、七分か……」


 その間に、何発撃たれるか。逃げるか、墜とすか。


 思考の最中に、鈴の音が混じる。


「来るよ、セイト!」


 彼はスラスターを吹かし、小惑星の影から飛び出る。レビトンリアクターを内蔵していた岩の数々が炸裂する。赤い光が、突き抜けていく。


 だが、そこで弾幕は止まった。


「……弾切れ?」


 セイトは、今こそが機であると判断。スラスターを全開にして、敵の射撃が来るか来ないか、と怯えながら母艦を探した。白と灰色の船は、対空砲をばら撒くこともなく、星図上を右に進んでいた。


「こちらリーベル! ライフルをやられた! 補給を頼む!」

『スナイパーはやれたか?』


 エイダーが問う。


「先にあっちが弾切れしたようです」

『やれたかやれてないのか、と訊いているんだぜ。質問には単刀直入に答えるべきだ』

「……取り逃しました」


 フンッ、と笑みがエイダーから聞こえてきた。


『セイト、敵の襲撃は一旦止まった。お前は休んでおけ』

「エイダーさん一人で、大丈夫なんですか?」

『俺を舐めんなよ。これでも結構稼いでるんだ』


 それに従い、セイトはリーベルを格納庫に入れた。ガン、ガンと足が床にぶつかり、金属音がコックピットの中で合成される。


『整備ボット隊、武器の再装備とスラスター、可動部の作動チェック!』


 カノエの無線が、格納庫の中に響き渡る。人型で、黄色い自律機械がリーベルに電磁アンカーを取りつけ、纏わりついた。腕部の円筒状のユニット──マルチプルポッドからそれぞれの作業に適した工具を取り出し、整備を開始。セイトは、コックピットハッチから顔を出した。


「セイト! 機体ぶっ壊してないだろうね!」

「ダメージはほとんどないはずです」

「武器失っといてそれ⁉」


 カノエ整備長の一声に、彼は微かに怯んだ。


「ほら、どきな! ウチがピカピカにしてやるから、とっとと休んできなさいよ!」


 半ば追い出されるようにして、セイトとニコは格納庫の向こう、重力の働く居住区に入った。パイロットが待機できる小さな部屋で、ニコは迷わず冷蔵庫を開ける。そこから、紙パックの牛乳を取り出した。


「セイト、あの鈴の音、聞こえるんだよね」

「まあ、そうだけど」

「なんで聞かせてるんだろう」


 ニコの小さな問いに、セイトは答えを用意できなかった。鈴の音は、少し遠ざかる。





 ゼロハチ連合本部となっている、一際大きい小惑星がある。灰色の機体が、その格納庫のシャッターを潜った。


『グレイ帰還! 各装備の交換を始めろ!』


 黒く塗られた整備ボットが、グレイの点検にとりかかった。


『グレイ。ビームバズーカに替わりはない、と伝えただろう?』

「あちらの方が上手だった。俺に非はない」

『非はない、と? 貴重な対艦兵器を失ったんだぞ!』


 コックピットの中で、グレイは笑みを浮かべる。


「ビームライフルを用意してくれれば、白い新型のデータを持ち帰って見せよう。それでいいだろう?」


 暫し、沈黙。


「文句がないなら、次の出撃に備えさせてもらう」


 司令部との会話を打ち切り、彼は妹と共にコックピットを出る。冷徹な瞳は、敵だけを映す。二人の手首には、小さな鈴が結ばれていた。

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