#10 スナイパーを撃て!

『こちらエイダー。ヲッチ号、敵は捕捉したか?』


 エイダーのオレンジ色をしたザンクトから、可視光レーザーによる通信が行われる。ヲッチ号が中継して、セイトの耳にも届いていた。


『駄目だ、小惑星が多すぎてレーザーじゃ索敵できない』


 ナービがお手上げだ、と言わんばかりの声音で応じる。


「赤外線センサーではどうですか?」


 と言いつつ、セイトは視線を忙しなく動かす。


『それができればいいんだが──』

「熱源もかなり増えてる。赤外線でも無理だよ、セイト」


 ニコがナービの言葉を奪い取った。


「熱源……小惑星をくり抜いたものなんだよな、これ」

「うん。レビトンリアクターの出す熱を、敢えて隠さないことで赤外線探査を妨害しているんだよ、セイト」


 母艦から送られてくる赤外線センサーの情報は、真っ赤な熱源に塗りつぶされた球として、彼の視界に映る。


「だとして、全部が全部船ってわけじゃない。ダミーもある。だろ、ニコ」

「きっとそう。私も詳しくはないけど、レビトン粒子は感じないよ、セイト」


 ニコのキーボードを叩く音が、コックピットの中で反響する。いつ奇襲が仕掛けられるか、とセイトは何度も深い呼吸を繰り返しながら、それを聞いていた。レーザーも電波も赤外線も封じられて、信じられるのは光学観測のみ。


 リーン、と鈴のような音が、彼の脳に届く。何故か、と思考する前に状況は動き出した。


「……こちらリーベル」


 ニコが、パイロットたる彼に無断で通信を開始する。


「敵意を感じる。ヲッチ号は、粒子シールドを全開にして」

『そ、そうなのか⁉ 了解──艦長、防御だってさ!』


 赤い粒子が半透明の膜を作り、ヲッチ号を包んだ、刹那。小惑星を撃ち抜きながら右舷へと飛来したビームが、シールドに衝突した。エネルギーの礫が飛散し、紫電が走る。


『イズモ、ナービ! 砲撃の方向と威力から敵の位置を推定! ヂオウは回避運動を行え!』


 エイダーからの鋭い指示が飛ぶ。


『リーベルは船からの情報が届き次第、スナイパーを潰しに行け!』

「了解!」


 次々に届く、ヲッチ号からのデータ。それを捌くにはニコに任せ、セイトは武装管制システムのチェックを行っていた。


(オールグリーン。今度こそ、生け捕りにするんだ)


 リィン、また鈴の音が彼の脳内で響く。


「来るよ、セイト」


 空間を鳴かせるような、赤い光の到来。粒子の束が、ヲッチ号の粒子シールドに突き刺さった。彼の耳に届くのは、空間を揺るがすような轟音だ。リーベルのセンサーが捉えた映像に、システムが音を付け加えたことで、彼は音として現実を理解する。


「あれ、ゼロアニマが喰らえば消し飛ぶんじゃ……」


 ごくり、彼は唾を呑んだ。


『こちらブリッジ! あと三発喰らえばシールドは破れるぞ! 吾輩を守れ、人間ども!』


 イズモの悲鳴も混じった。


『で、どうなのよ! 距離と方向は!』


 ヘルトの悲鳴にも近い声。


『五時の方向、距離二百二十キロだ、人間!』


 到来した粒子量と、直前に観測された到達する前の粒子量。それらを比較し、収束率を仮定した上で距離を推測しているのだ。セイトは、それがどれほど正しいか、とは考えなかった。動かなければ、ここで死ぬのだから。


 思考を機体のコンピューターに流し、急加速をかける。レビトン粒子を用いた慣性軽減システムを以て猶、彼の体には特殊な呼吸法が必要なほどのGが襲い来る。


 あの鈴の音。それを砲撃と無関係と断じるような、本能と直感に抗い続ける愚かな理性を、彼は持っていない。戦士として、パイロットとして、何かが答えとして判断を迫る。


「セイト、多分、鈴の音は感応者の思考をセイトが拾っているんだと思う。考えすぎないで」

「だと、いいんだけどさあァッ!」


 あと三発。それで、ヲッチ号のシールドは撃ち破られる。そう思えば、強迫観念的に彼の思考は急かされる。一刻も早く、敵を捉えなければ、と。


 小惑星との相対速度は、秒速五キロに到達しようとしている。加速の衝撃に、セイトの指は震えていた。それでも、それでも。


 リィーン。鈴の音が鳴る。秒速十二キロの粒子の塊が、赤い軌跡を残して船へと飛んで行った。


『こち──一時──』


 小惑星が壁となり、レーザー回線は途切れ途切れだ。だが、セイトは理解した。


「一時の方向、ってことなんだろ、ニコ!」

「うん。敵意を感じる。近づいてるよ、セイト」


 二人が敵を見るまで、あと幾許か。そこにあるのは、灰色の狙撃手だった。





「ねえ、グレイお兄様。鈴の音を聞かれたかもしれないわ」


 グレイ──そう呼ばれる灰色のマリンクの胸の中で、後部座席の感応者が前部座席のパイロットに告げた。どちらも灰色のパイロットスーツに、真鍮製の鈴を身に着けていた。


「まさか。あれを聞き取れるほど、鋭敏な者はそういないさ」


 グレイ。パイロットの名でも、機体の名でもあるそれ。どちらにせよ、灰色の兵隊は、拠り所としていた小惑星から離れ、次の狙撃ポイントに左腕を向ける。ロケットアンカーが放たれ、固定。引き寄せられて、鋼鉄の兵士は巨大な岩に身を隠す。


 機体の右手には、ビームバズーカ。右腿にはアックス、左腿にマルチランチャーつきカービンといった武装構成だ。


「ビームバズーカの粒子残量は?」


 グレイは、後方の妹にそう尋ねた。


「四十五パーセント。あと二発、って所かしらね」

「あのオンボロ船を沈めるには一発足りない、か……」


 彼の小さな声が、コックピットを満たす。同時に、通信コンソールをシートの横から取り出す音も鳴る。


「リバイア、中継ステーションの位置を確認。本部と連絡を取る」

「わかったわ」


 カタタン、とキーボードが叩かれる。数秒、待つ。


『こちら本部。グレイ、何があった』

「糞みたいな船を沈めるには、火力が足りない。もう一機、俺と同仕様のものは派遣できないか」

『帝国の連中が物資を出し渋ってな。ビームバズーカの替えがないんだ』

「豚どもが……ッ!」


 グレイは短く罵倒の声を漏らす。


「なら、ロンド隊をもう一つ派遣しろ。それでブリッジを潰せば、物資をふんだくれて──」

『ロンド隊も稼働率が下がっている。あいつらは新型を持っているんだろう? 帝国にデータを送って、暫く食い繋ぐだけの金を稼げば、それでいい』


 舌打ちした彼は、通信コンソールを投げるように椅子の横に仕舞った。


「リバイア、次の狙撃ポイントを探せ。あいつらに粒子を使わせた後、バズーカのコンデンサをどこかで回収するぞ」

「沈めるのね、お兄様」

「このグレイ・オード、目標を撃ち漏らせる理由はない。手に入れると決めたなら手に入れる。それが、ゼロハチのスナイパーということなのだから」


 プシュン、と短くスラスターを吹かし、遥か彼方を過ぎるヲッチ号を感じる。まるで脳味噌が拡大したような、明晰な認知能力が二百キロの向こうを見せるのだ。


 アンカーを隕石に突き刺し、引っ張り、抜く。繰り返しながら、まるでジャングルを移動する猿めいた速度でヲッチ号の前に出る。


「鈴よ、鳴れ!」


 リィーン、リィーンと、音波でもレーザーでもないもので、鈴の音が宇宙空間に響き渡る。それは、遠く離れたセイトらの頭にも到達した。


「捉えた!」


 ニコが珍しく語気を強くする。


「セイト、航行ルートを表示する。合わせて飛んで。そしたら、きっと見つけられる」

「信じるよ、ニコ!」


 スラスターは全開。フレームの剛性が許す限りの速度で飛翔する白い機体は、灰色の狙撃手を目にした。


「あれか、鈴の音のゼロアニマ!」


 ビームカービンを、その敵へ向ける。


「単射モード、威力重視!」


 引き金を引けば、灼熱の光弾が解き放たれた。間に流れてくるアステロイド。だが、それごと射抜いたリーベルの射撃は、グレイのビームバズーカを溶かした。


『この俺に、カービンを使わせるか!』


 レーザー通信がリーベルに届く。まだ、これからだ。


あとがき


グレイ 設定資料

https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051604257899077

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