#9 海賊たちの輪舞
『ヲッチ号から展開中のゼロアニマへ。熱源未だ近づく。警戒してくれ』
小さな石がリーベルの装甲にぶつかり、機体の立体音響システムが低い音を伝える。セイトは、その中でヲッチ号から送られる熱源位置を確認していた。
船から見て、左舷。彼とは反対側から、少しずつ赤外線を放つ物体が接近しつつある。ライダーが示すのは、隕石然としたもの。
(あの中に、人がいるんだ……)
ピッ、ピッと電子音が鳴った。そこで、ライダーが新たな反応を捕捉した。
『左舷からゼロアニマ! リーダー!』
『あいよ、セイトも来い!』
そうエイダーが指示を出す。刹那、真っ赤な光が飛来した。ヲッチ号のブリッジを狙ったであろう射撃は、間に入ったエイダーのオレンジ色で塗装されたザンクトに阻まれる。
『ヲッチ号は、粒子シールドを最大出力! 被弾すんなよ、修繕費を全額負担させるぞ!』
『そっちこそ、死ぬんじゃないよ!』
ワッ、と隕石の裏から黒い機体が六機、一斉に現れた。リーベルのコンピューターは、それを『ZANCT-THTLAT REPUBLIC』、つまりはストラト共和国のザンクトだと判定する。だが、セイトは違和感を覚える。各部の形状が、ストラト共和国軍のものとは違うのだ。
脚部は横に大型化しているし、肩にはレビトン粒子をばら撒く赤いユニットが外付けされている。更には、全身の装甲が分厚くなっている、と彼は判断した。
その胸部へ、彼はビームカービンを向ける。トリガーを引こうとすれど、ロックが掛かって動かない。
(セーフティー!)
識別信号を変えないことで、敵だと機体に認識させない作戦。あまりにも卑怯だ、と彼は呟いた。
敵が、銃身のかなり短い、ショートライフルでビームを浴びせてくる。粒子シールドで受けたセイトだが、それがいつまでもつか。撃っては逃げ、逃げては撃つ。小惑星の影を使って、まともな捕捉をさせないつもりの敵だった。
「ニコ、あれが何かわかるか⁉」
「ロンドだよ、セイト。ゼロハチ連合が改造した機体。システム、書き換えとくね」
カタタタン、とキーボードがコックピットで鳴らされる。彼がビーム砲を避けて四十秒、ディスプレイに表示された機体名は『LOND』へと変更された。所属も『08UNION』へ。
「これなら!」
彼は銃口を敵に向けた。一射、二射とビームが飛んで、小惑星に大穴を開ける。一発が、ロンドの左肩を奪った。駆動系の爆発。カッ、と光が生まれて、すぐに消えた。
姿勢を崩した敵に照準。が、すぐに楕円形の小惑星の裏に隠れてしまった。
「軌道予測!」
彼は鋭く声を挙げる。すると、ニコがシステムを立ち上げ、彼の視界に隕石の大きさや、敵機が直前に持っていた慣性から予測される軌道を投影させる。それに従い、小惑星の左下へ、彼はカービンを動かした。
「そこ!」
血のような破壊の奔流が、小惑星の一端を掠める。同時に、飛び出したロンドは、胸部に直撃を貰って爆ぜた。
『セイト、一機生け捕りにしろ! レビトンジャンプ妨害装置の位置を吐かせたい!』
「了解!」
エイダーからの指示。セイトは、ビームカービンをスラスターユニットに下げ、ソードを抜いた。ブゥン、と糸のような刀身が形成される。
「ニコ、リアクターのクーラントは!」
「九十七パーセント。リアクターの出力にも余裕があるよ」
「よし、近接戦に移行する!」
スラスターを全開で吹かし、隕石渦巻くベルトへと飛び込んだ。手が震えるほどの加速度に襲われながらも、セイトは真っ直ぐ前を見据える。その先には、飛び回るロンド。
距離は、急速に縮まっていく。音速の数十倍まで加速した彼の機体を前に、ロンドでは到底逃げ切ることなどできなかった。十数秒の追跡の末、彼の繰り出した刺突が、ロンドの頭を穿ち抜いた。
おそらく、敵のコックピットは一瞬のブラックアウトを迎えただろう、と彼は推測する。ぐわしと相手の右肩を掴み、刃を消したビームソードを背後から当てる。
「こちら賞金稼ぎエイダークラン所属、セイト。投降せよ。殺しはしない」
『海賊が大人しく捕まると思うか?』
野性的な声が届く。
『こちとら前科が山ほどある。お前が殺さなくたって、どうせ一生ムショの中さ』
ロンドの右手が、ライフルを捨て、右腿のビームソードに伸びる。
「セイト! 敵が動くよ!」
ニコの助言を受け、セイトは大きく後退した。つい数秒前までいた個所を、赤い刃が斬り裂く。
『むしろ殺したくないのはこっちさ! どこの何とも知れねえ新型、ぜひ欲しいもんだ!』
ロンドのビームソードがリーベルのそれと打ち合う。
「セイト、ビームの収束率はこっちの方が上。正面から攻めれば勝てると思う」
ニコはそう言うが、セイトの脳内では、先日相対した紫の機体が思い起こされていた。真正面から斬撃を受け止めるのではなく、弾くように動かして接触する時間を最小限に抑える、あのテクニックだ。それを相手が持っているのなら、と。
事実、目の前のパイロットは手慣れていた。セイトの繰り出した横薙ぎは、至って未熟なビームソードに軌道を逸らされ、何でもない所を過ぎゆく。ただ、既に壊れた頭部に止めを刺しただけ。
そうやって開いた胴体に、左手のビームソードが突き刺さろうとしていた。
「殺さないと、殺される!」
咄嗟に叫んだセイトは、左手にも剣を握った。逆手に持ち、出力最大。左手首の関節を回転させ、相手のビーム刃を絡め取る。そして、機能不全に追い込んだ。
「なんか、上手くいった!」
歓喜の声を挙げる彼の狙うは、コックピット。
「セイト、相手のビームソードはエネルギーの逆流で壊れてるんだと思う。だから、攻めるのは今」
「なるほどッ!」
逃げの体勢に入った、ロンド。だが、彼の思考によって機体構造上の上限に達する加速を掛けたリーベルは、最早一瞬と言ってもいい時間で、敵のリアクターとコックピットを貫いた。
巨大な爆発。小惑星に破片が突き刺さり、流れる方向を僅かに変える。やった。それを噛み締める彼の耳に、通信が入る。発信元は、エイダーだ。
『セイト! 生け捕りにしろって言っただろ!』
エイダー機が、慣性に任せてセイトに触れる。
「すみません、生かす余裕がなくて」
『新米には厳しいか……』
新米。己の小ささを、セイトは実感した。少し落ち着いて、ヲッチ号からの索敵情報を確認する。船から離れる反応が、複数。
『敵は撤退した。だが直掩をなくす訳にはいかねえ。しばらくは、飛ぶぞ』
「了解」
両機は、そっとヲッチ号に追いつく。傷らしい傷はなかった。
『こちらヘルト。ブリッジ、ダメージはある?』
『こちらブリッジ。被弾無し。あいつら、船を拿捕したいのか、積極的には攻めてこなかった』
オレンジのザンクトが母艦と通信を行っている。セイトは黙って聞いていた。
「セイト、怖かったの?」
そんな彼に、ニコが声を掛ける。
「そうだね。今度こそ死ぬかもしれない、と思った。俺は、まだまだひよっこなんだ……」
宇宙を駆ける、白と青のリーベル。それに狙いを定める、灰色の機体があった。
◆
灰色の腕から、突起物が飛ぶ。
『こちらグレイ。ロンド部隊、撤退したそうだな?』
その肚の中で、パイロットは嘲るような声を出す。
『敵の性能が予想以上だった。グレイ、お前の砲撃で脚の一本でも奪ってやれ』
グレイと呼ばれた機体は、小さなロケットを持つアンカーを小惑星に撃ち込み、ワイヤーで自身をそちらへ近づける。
「やるさ、ゼロハチのスナイパーとして、な……」
肩と胸には、センサーユニット。右腕には大ぶりなビームバズーカ。スラスターを吹かさず、両腕に備わったアンカーで小惑星の間を移動する。
「だが、その前に船を抑えなくっちゃなあ」
リィーン、と鈴の音。照準は、定まった。
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