#8 小惑星帯への侵入
ヲッチ号は、小惑星帯に突入せんとしていた。ニントウから星図上右に進み、ストラト首都星との間にある、N-008小惑星帯。パッ、パッと爆発の光が連続して起こる。ビームの駆ける、赤い光も。
コックピットでモバイルモニターを眺めていたセイトは、ハッチを開いてブリッジからの声を聞いていた。
『こちらブリッジ。リーダー、小惑星とそこに仕込まれたリアクターに阻まれて索敵は難しいぜ。ザンクトも動けるようにした方が、いいんじゃないか』
『そうだな。俺のザンクト、発進用意だ!』
おそらく私室にいるのであろうエイダーは、数分もすれば格納庫にやってきた。革ジャンではなく、オレンジ色のパイロットスーツを着用し、ヘルメットを脇に抱えている。
「カノエ! リーベルも行けるか!」
「ばっちりに決まってんじゃん! ウチらのこと舐めないでよね!」
「そうだそうだ!」
アサリとシジミの同調する声。それを受け流しながら、セイトはモニターをスワイプする。ブリッジが捕捉した外の映像だ。無数の小惑星が浮かび、流れ、見通しは利かない。オレンジ色で塗装されたシングル──単座作業用機械の破片が、音速を遥かに超えたスピードで流れていく。
(ここなら、確かにゼロアニマだって隠せるな……)
静かに、去年の講義を思い出す。
(ゼロハチ連合は、小惑星をくり抜いて宇宙船にしている。だから、外見で見つけることはできない。電波もレーザーも無意味。サーモグラフィーで、スラスターの排熱を見つけるしかないんだ)
その記憶の通りに、ブリッジでは赤外線を用いた探査を開始した。そういう会話が聞こえるのだ。
『イズモ、赤外線探査で妨害装置を見つけられるシステムを作っておいてくれ』
『吾輩に命令をするのか!』
この仕事が終わったら、と彼は考える。機体がダメージを受ければノービードに帰るのだろうし、そうでなければ別の仕事に向かうのだろう。
長い旅路。ノービードからニントウまでは、凡そ十五光年。レビトンジャンプで裏世界を通らなければ、人の寿命では到達できない距離だ。世界は広い。宇宙は、無限にも等しいほどに広がっている。
(もし、宇宙で機体の脚を失ったら……)
慣性の法則に則って浮遊。いずれは銀河に存在する航行不能領域──次元断層に落ち、誰にも観測できなくなって息絶える。次元断層の中がどうなっているかは、誰も知らないのだ。
(やめだ、もっと前向きにならないと)
パシン、と頬を叩いた。負けることばかりを考える軍人はいない。それは、賞金稼ぎも同じことのはず。そう言い聞かせ、彼はモバイルモニターを、シートの横の収納スペースに入れた。
そこで、上から声が降りかかる。
「何してるの、セイト」
「ニコ……」
ニコが、牛乳パック片手にコックピットをのぞき込んでいた。
「コックピット、好きなの?」
「落ち着くんだ。狭くて暗いと、居心地がよくて」
「暗いんだ」
「それは物理的に? 性格的に?」
返事をしないまま、ニコは後部座席に入った。
「変だね、セイト」
「変って、何さ。調整をしないのに乗り込んでるのが、変ってわけ?」
「うん。それに、私を呼びもしなかった」
「一人になりたい時だってあるよ……」
セイトは、そう言いながらも自分の服を見た。白に青の、パイロットスーツ。リーベルのシート下に収納されていた専用のものだ。それを仕立てボットに預け、調整してもらったのが、ノービードからの出航前。
今では体にぴったりフィットしてくれる。膝の上に置いたヘルメットも、悪くない。
「ニコは、幾つ?」
「わからない。でも、ゾバ先生は十六くらいじゃないか、って言ってた」
「二つ下、か」
それが、道具となっていた。彼の腹の辺りで、どうしようもない怒りが湧いた。
「怒ってくれて、ありがとう」
「また心を読んで……」
呆れるセイト。
「セイトは、学校にいたの?」
「うん。ハイスクールの、パイロット科にいた」
「ハイスクールって、何をするの?」
何、と彼は口の中で音を鳴らした。改めて言葉にしようとすると、説明が難しい。
「こう、専門的な仕事に就くための、知識とか技術を手に入れるための勉強、って言えばいいのかな。俺の場合は、パイロットになりたかったからゼロアニマの構造や操縦技術とか、リアクターの原理とか……そういうものを、三年間みっちりやるんだ」
「お金はかかるの?」
「俺は孤児だし、ジュニアハイスクールの成績もよかったから、奨学金で全部賄えたよ」
「ジュニアハイスクール? 奨学金?」
更なる問いに、彼は苦い顔をする。
「こういう時こそ心を読めばいいのに。わかるんじゃないの?」
「セイトの中で固定された概念は聞こえる。でも、説明を頭に思い浮かべないと、私は聞き取れない。ゼロアニマの装甲だけ見て、パイロットを当てるみたいなものだから。それに……」
続きの言葉を、彼は待つ。
「セイトの声が聴きたい。脳波じゃなくて、音波で会話がしたいの。私は」
「……そうだね、ジュニアハイスクールっていうのは、ハイスクールに入る前の学校なんだ。そこで勉強やスポーツでいい成績を出したり、そうでなくても何か止むを得ない事情があるなら、進学する時に、専門の機関からお金が貰える。それが、奨学金」
「じゃあ、セイトはお金持ち? お金が貰えるんだよね?」
「奨学金は勉強代に消えたよ。候補生としての給金も、大して多くない。除籍になったらその給金も奨学金も返還しないといけない所だったよ。賞金稼ぎになれたから、ギリギリ返還を回避できたんだ」
武器管制スティックを握って、話して。セイトの手は落ち着かない。本来なら、正規軍で士官教育を受けてからパイロットとなる、エリートコースに乗っていたはず。後悔は、ある。
「でも、セイトのお陰で、私はいまここにいる。セイトがいなかったら、エイダーはリーベルに撃退されて死んでいたかもしれない」
「なら、いいんだけど」
クルリ、彼は手の中でヘルメットを回す。脳波を増幅し、機体により明確に指示を出せるようにするコンタクトメットという、フルフェイスのヘルメットだ。
何度も何度も被って、何度も何度も磨いた。正規軍のエースならマーキングもできる。そう思って、ずっと綺麗にしていた。
静かに過去の思い出に浸る彼の耳朶に、けたたましい電子音が届いた。続いて、放送。
『こちらブリッジ! 不審な熱源体を確認した! ゼロアニマは発進用意!』
『戦闘配置だよ、全乗組員は宇宙服を着用しな!』
俄かに、格納庫は騒がしくなる。三人の整備員はヘルメットを被り、扉の中へ避難。ボットも、壁際のハンガーに収まった。それから、内部の空気が壁に備わるダクトに吸い込まれる。
『格納庫、真空に移行! カタパルトデッキの解放準備よし!』
ナービが言う。
『オーケー、エイダーから出るぞ。俺は右舷、セイトは左舷の警戒に当たる!』
格納庫正面のシャッターが上がる。暗い宇宙が、遥か彼方まで広がっている。
『エイダー、ザンクト・ライトアーマー、出る!』
カタパルトは使わず、そっと船の右側に回ったエイダー機。
「セイト、リーベル、出ます!」
セイトは、左側に回った。
『こちらブリッジ。レビトン粒子を戦闘濃度で散布する。以降、通信及び索敵は可視光レーザーで行う』
何度も聞いた通告だ。不思議と、セイトの心を落ち着かせる。
『セイト、宇宙での実戦は初めてだろうが、訓練でやったことをトレースすればいい。何かあったら、俺がカバーする』
エイダーからの通信が届く。
『ま、任せなさい! ヘルトお姉さんもいるからね!』
『三十路超えたらお姉さんじゃねえよ』
『なっ、エイダー! セイトもニコもなんか言ってやってよ!』
戦場とは思えない柔らかい雰囲気に、セイトはヘルメットの中で苦笑する。
「ねえ、セイト。お姉さんじゃなくなったら何になるの?」
「……その答えは、自分で見つけるべきなんじゃないかな」
ヲッチ号はゆっくりと進んでいく。宇宙規模の、『ゆっくり』で。
◆
小惑星の間、黒い機体が浮かんでいた。肩には赤いユニット。頭部には、長い耳のようなアンテナが立っている。
「こちらロンドツーワン。ヲッチ号を捕捉。次の指示を乞う」
そのパイロットは、静レーザー通信を行う。
『部下と合流した後、急襲せよ。沈めずに、ブリッジだけを無力化。わかっているな?』
黒で塗装されたそれは、ザンクトに似ている。だが、名前は『ロンド』だ。
「わかっているさ……正規軍に対処するのが精一杯の奴らに伝えておけ、こっちはこっちで仕事を熟す、とな」
右手に持ったショートライフルを、そっと小惑星を支えにして置く。狙うのは、装甲の薄いオレンジの機体だった。
後書き
ロンド 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603735983808
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